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贄の花嫁  作者: 彩世 幻夜
前奏曲
45/111

召集令状

 ――彼女のもとに、正式な招待状が届いたのは、その発表があった当日の、ティータイムのことだった。

 正確に言えば、彼女の父である伯爵の下には既に本人と伯爵夫人、そして娘であるヴァネッサの招待状がそれぞれ届けられたのは、正式発表の前日。それを伯爵が改めた後、使用人の手を介して彼女の手に渡ったのが、その時間だったのだが――


 先日注文した夜会用のドレスは既にヴァネッサの衣装部屋の一番いい場所で、袖を通される日を待っている。


 ……花嫁を選ぶ、夜会。


 「本当に来てしまったのね。……まさか、もう、だなんて」

 手付かずの封蝋で封印された、上品な香りのする封筒を手に、もう片方の手を頬にあて、ヴァネッサはため息をついた。

 「お茶請けには向かないわね。文字通り、カップの中の嵐だわ」


 少なくとも、今は。

 実際に夜会が開かれ、乙女達の耳に戦いの始まりを告げるラッパの音が響き渡るその時までは、小さなティーカップの中のお茶を惑わせるだけの嵐。

 だが、その時が来れば、彼女たちそれぞれの心の中の嵐がぶつかり合って、たちまち巨大な嵐となるだろう。


 ――誰しも、『贄の花嫁』になどなりたくはない。

 どちらの目にもとまりたくない令嬢も少なからず居るだろうが、ヴァネッサのように家や一族、家長に言われてだったり、もしくは個人的な野心から、侯爵の花嫁の座を欲する娘はそれ以上に居るはず。

 ……ただ、今回の次期侯爵は、あの無愛想が服を着て歩いているような人だ。

 あまり良い噂を聞かない彼の花嫁になりたいと手を挙げる者が、家の圧力を受けているのでに限り、居るのだろうか、とも思う。

 逆に、夜会での評判について、他の同年代の男性の追随を許さないダリオ殿下だが、荒事方面に向かない人である事もまた周知の事実だ。他の事なら素敵な人だが、ブリアーニ伯爵としては頼りない彼の贄の花嫁など、これもまた、常にも増してなり手を見つけるのに苦労するに違いない。


 毎度、困難を極める選定を、もちろんこの一夜のみで済ませるはずもない。

 これは、あくまで互の顔見せ。集団見合いのようなものだから、この始まりの宴は、候補となる令嬢の保護者たる両親や、一族の家長なども招待され、どちらかといえば親をはじめとする大人同士の社交がメインとなる。

 ヴァネッサも、当日は父である伯爵に手を引かれ、彼を通して二人の殿下を紹介され、殿下方もまた、父を通してヴァネッサを紹介される。


 その後、殿下方は気になった令嬢数名をダンスに誘うしきたりになっており、次回以降はダンスに誘われた“見込みある”令嬢のみ夜会に招かれることとなる。……いわゆる、“後は若い者同士で”というやつだ。


 つまり、そのファーストコンタクトこそが、家の名誉を望む者にとっても、令嬢本人にとっても文字通りの生命線となる。


 だから、表面上は優雅に穏やかに繰り広げられる社交も、その日ばかりは常に類を見ないほど殺伐としたやり取りが水面下で行われる。


 特に令嬢たちにとって、贄の花嫁に見初められれば、冗談抜きに命にかかわる事態である。

 互いの壮絶な足の引っ張り合いは、他のどんな愛憎劇にも勝るだろう。

 ……それを外から眺めるだけの何も知らない庶民連中には、ただただ他の夜会に比べ数段豪勢で優雅な宴としか映らないだろうが。

 当事者の令嬢たちにとって、そこは戦場に等しい。


 だから、彼女たちにとって、この『招待状』という名の封書は、その戦場へと誘う召集令状のようなものだ。

 ――最も、この公国に徴兵制は存在せず、故に召集令状などというものは存在しない。

 帝国内には一般市民に一定期間兵役を課す徴兵制という制度を採用している国も多く存在するが、人ではなく魔物を相手にするこの国の軍に、素人など受け入れている余裕など無い。

 この国の騎士団は、全てプロの戦士で構成されている。


 だから、そういう意味では一般人に当たるヴァネッサも、こうして安心して優雅にお茶を楽しめるのである。

 一口、口をつけただけで冷めてしまった紅茶をメイドに淹れ直させ、ヴァネッサは熱いお茶を優雅に口へ運ぶ。


 「……ところで、先日頼まれていた件なのですが」


 ヴァネッサがそうして一息ついた隙を見て、ヴァネッサお気に入りの侍女がおずおずと切り出した。

 「あの娘の件について、今、ご報告申し上げても宜しいでしょうか?」

 「そうね、口直しにはちょうどいいわ」

 

 だが、その“報告”を耳にしたヴァネッサは、招待状を手にした時以上に取り乱した。

 「――なんですって? それは、確かなの?」

 貴族の令嬢らしい優雅な仕草も忘れたかのように、乱暴にティーテーブルを拳で叩きつけた。

 

 「……冗談じゃないわ、そんな事、認めないんだから!」

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