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贄の花嫁  作者: 彩世 幻夜
前奏曲
43/111

内緒のお願い

 そうと決めたら、ミリアが動くのは早かった。

 ――翌朝、臨時の長期休業の張り紙を店頭に張り出し、街へと繰り出した。


 「そういう意味ではラッキーだったわね」


 伯爵家の使用人たちは、週決めで勤務し、それぞれ交代で週一回の休暇を取っている。

 ――そして彼の休暇は今日。彼は、休暇の度に訪れる場所がある。

 それは、彼が騎士時代から今も続けている、彼の習慣みたいなもので、ミリアも何度か一緒に連れ行って貰ったことがある。


 いつも市の立つ通りを抜け、海へと出る道を降り、防波堤へと続く道の前に立つ。


 その道の前に経つのは軍の監視塔と、道を塞ぐ高いフェンス。そして、その前で見張りに立つ兵士が二人。


 海辺は、一般人が近づくには余りに危険が大きい。

 故に、許可のない者はこの先へは進めない。無理に押し通ろうとすれば、罪に問われる事になる。

 何しろ、ここがこの国の、魔物に対する最終防衛線なのだ。


 だが、元関係者である彼は、ここを通る資格を得ている。そして、その彼に連れられていれば、一緒に入ることができる。

 だから、いつも彼がここを訪れる時間より少し早めに来たのだ。

 ここで、彼を待つために。


 余程の悪天候でない限り、いつも決まって同じ時間に、同じ格好で彼はここを訪れる。


 汗をかいても乾きやすく洗いやすいことで庶民の間で人気の淡い黄緑色の襟付きシャツに、カーキ色のラフな長いズボン。それに、ポケットのたくさん付いた、紺色の厚手のベスト。

 肩からは保温性の高い大きめのケースを下げ、釣り竿を担いでいる。


 ……彼の趣味は、釣りだ。

 本職の漁師のように、船を出すわけではなく、ただ防波堤の先で釣り糸を垂らすだけ。

 だから、その釣果は毎度それなりなのだが、彼としては釣果そのものより、ただ海を見ながら釣りをするのんびりとした時間が好きらしい。


 「――ミリアちゃん、か? どうしたんだ、こんな時間に?」


 普通なら、釣りに出かけるならばもっと早い時間に出かけるのがセオリーなのだろうが、そこはいくら元騎士とは言え、この国でそれは褒められたことではないから、日がある程度の高さに昇るまで待ってからやって来た彼は、いつもならとっくに店を開けているはずのミリアがここに居ることに本気で驚いている様子だった。


 「……ちょっと、ね。訳あって、どうしても貴方に相談したいことが出来たの。けど、そのためだけにお屋敷を訪ねるのもアレだから、こうしてここで貴方を待っていたのよ」

 ミリアは、そんな彼に軽く手を振り、軽い調子で持ちかけた。

 「釣りを楽しみながらでいいから、ちょっと話を聞いてくれないかしら?」


 そう言って、彼と共にゲートをくぐり、防波堤の先端まで彼の前を歩く。


 「何、先生を紹介して欲しい、だって?」


 そして、彼がそこで持ってきた荷物から椅子やらバケツやらを取り出し、定位置に配置していくのを見守り、無事椅子に腰を落ち着けるのを待ってから、ミリアは切り出した。


 「先生、って……、わしに頼むんだから料理だの裁縫だのの先生じゃないんだよな。しかし、また、どうして今になって突然……?」


 ミリアに戦う術を教えてくれた当人である彼は、当然ミリアの今の腕前を熟知している。

 少なくとも、街のチンピラごときにどうにかされるような腕ではなく、むしろ彼女をどうにか出来る者と言ったら、本職の騎士や傭兵、そして魔物くらいのものだと。

 この国に居て、戦闘職にも就かない少女がそんなものと戦う必要など無いはずだということもまた、元騎士の彼なら分かっている。

 そして、ミリアが先日惣菜屋を始めたことも、それが割と上手くいっていることも。


 「この間、店を荒らされたらしいって噂を聞いたけど……、まさか本当だったのか? もしやそれと関係あるのかい?」

 「……訳あって、詳しいことは言えないけど、直接は関係ない……けど、全く関係ないわけでもないわね。でも、とにかく今は、少しでも早く、もっともっと強くなりたい。……強くならなきゃいけなくなったの。――だから」


 騎士を続けられない理由を負って、彼は騎士団を退いた。

 その彼から直接教われる事はもうそう多くない事を、ミリアは分かっていた。


 「貴方の知り合いで、どなたかいい先生を紹介して欲しいの」


 だから、その願いを彼にぶつけた。

 「厳しくていい。どんなスパルタな先生でもいいから、私を、もっと強く鍛えてくれる先生のアテ、知らないかしら?」

 騎士団を退いた後も、彼が元の同僚と割といい関係を続けている事も、ミリアは知っていた。

 ミリアの知り合いで、この手のツテを一番持っているのは――ジルベルトと彼の関係者を除けば――彼しか居ない。


 「先日、お嬢様がお気に入りの針子を呼んで、何着もドレスを注文したと聞いた。旦那様や、旦那様のお客様方の様子からも、何かありそうだと思っていた。……それに、そろそろその時期も近い頃合だ」

 その彼が、ミリアの言葉を聞いて、ポツリとこぼし――


 「ミリアちゃん、もしや……」


 ……幼い日のミリアの夢を、彼は当然知っている。


 「……そうか、そういう事か。……本音を言えば、引き止めたいんだが、君が言って聞くような性格でないのは嫌というほど知ってしまっているからなぁ……」


 だから、ミリアが何か答えるまでもなく、察してしまったらしい。


 「仕方ありませんなぁ。確かにそういう事なら、今の中途半端な強さは逆に危険を招きそうだ。分かりましたよ、知り合いに頼んでみましょう」

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