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贄の花嫁  作者: 彩世 幻夜
前奏曲
42/111

落胆

 ――彼が帰ってから、しばらく、ミリアは静まり返った部屋の中、食べ終わった後の食器を片付ける事もせず、ぼんやりと腰掛けたまま、動けずにいた。


 一蹴されてしまった、ミリアの願い。

 ……ジルベルトの言った事も、理解出来ない訳ではない。だからこそ、余計に複雑な気持ちのやり場が見つからず、ミリアはあれから動けずにいた。


 彼の言葉は、今のミリアを精一杯肯定してくれていて。きっと、それを素直に受け取って、喜べばいいはずなのに。

 彼から直に貰った言葉よりも、カーラの言葉の方にミリアの心は支配され、それを素直に受け入れらない。


 認めてもらえて、嬉しいはずなのに、認めてもらえなかった事が悔しくて仕方がない。

 その悔しさを、彼に理解してもらえるよう必死に説得したつもりが、それを拒絶された。

 それは、悔しい、というよりもむしろ……落胆、という言葉の方が今の気持ちには合っている気がする。


 「何で……、そんな……」


 自分の意見が通らない、受け入れてもらえない。そんな事、これまでのミリアの日常だったはずなのに。

 あんなにもはっきりとした肯定の言葉を貰えるなんて、滅多にない事だったはずなのに。


 こんな気持ちになる理由が、自分でも分からない。


 自分の意見が通らなかったのだから、悔しいのは当然だろうが、いつもいつでも自分の意見が通るなんて事、普通は無い。

 いつだって、ちゃんと自分の気持ちの整理は付けていた。

 悔しいと思ったことは全ては思い出せないほど何度もあったけれど、こんな気持ちになった事などこれまで無かったから。


 いつもの自分なら、考えられない――。

 つい先日も、似たような事で悩んだばかりで……。


 「……そっか、彼に、分かってもらえなかったから辛いんだ」


 他の誰でもない、彼に認めてもらいたくて望んだ願いを拒まれたから。


 他の誰でもない、彼自身がああ言ったのだから、他の誰が認めなくとも、彼は間違いなくミリアを花嫁に望んでくれるだろう。

 ……けれど、彼は本当なら伯爵位ではなく侯爵位を継ぐべき身だ。

 例え公爵が認めても、他の者達からも認められなければ伯爵位は継げない。


 ……それは、彼の贄の花嫁となる者も。


 選ばれる本人にしてみればとんだ貧乏くじのように言われるその役目だが、その役目を託すその他大勢からすれば、下手な娘を選んで、大事な砦となる伯爵を損なえば、即自身の危険に直結する。

 ――贄の花嫁を差し出した家には相応の名誉と褒賞が与えられ、それを目当てに自らの娘を差し出そうとする貴族たちも少なからず存在するが、それがあまりおおっぴらにされない理由が、そこにある。

 

 花嫁選びの宴に、彼女は必ず来る。――ミリアの父の伯爵と、おそらく義母も共に。

 彼らが招いた客人は……。果たして、貴族の身分にある者たちが、どれほど使用人の顔など覚えているかは微妙なところだが……。


 贄の花嫁は、貴族の娘から選ばれる。

 その慣習を破ろうというのだから、ミリアも常以上に厳しい目を向けられるはずだ。


 ミリアも一応は貴族の生まれではあるのだが、その生家であるあの家で、使用人をしていたと、ヴァネッサが黙っているはずがない。

 そうなれば、よほど誰もが納得するような理由が無ければ、ミリアが彼の隣に居ることは許されない。


 貴族同士、政治家同士の腹芸は苦手だと言っていたジルベルトも、決して頭が良くないわけではない。そんな事くらい、分かっているはず。


 だが、勝手を言いだしたのが彼自身である以上、余計な負担は全部自ら背負おうとしているのだろう。

 自らが望む以上のものを、ミリアに背負わせるつもりはないのだ、彼は。



 ――彼は、守ろうとするひとだから。


 ミリアも……それに甘えてしまえるような性格をしていれば良かったけれど。


 「……悪いけど。そんな風に簡単に納得できる性格はしてないんだよね」

 

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