彼の望むもの
それは、ごく簡単な願いのはず。
カーラに指摘された力不足な部分を補うため、その技術を磨きたいと、ミリアはジルベルトに願った。もちろん、その点をカーラに指摘された事は伏せて。
剣術および、各種戦闘訓練を受けさせて欲しい――と。
それは、これまで独力での鍛錬は積んできたとは言え、いきなりプロの訓練に参加させろなんて無茶な願いを言ったつもりはない。
誰か、ジルベルトのツテで、いい指導官でも紹介して欲しいと思っただけだ。
……本音を言えば、ジルベルト本人に教わりたいけれど、いくら花嫁候補とはいえ、一人だけそんな特別待遇など受けてしまったら、それこそジルベルトに憧れる軍の女性たちから多大な恨みを買ってしまうことになるだろう。
先のセリフがいささか説明不足だったかもしれない、と、ミリアは改めて自分が望む事をしっかり丁寧に説明した上で、再度願ったのだが、その答えが――
「ミリア、俺はそれを、俺の花嫁に望む事はない」
ジルベルトは、花嫁に――ミリアに、そういう強さを望まないと、はっきりとその願いを退けた。
「我が国の軍には、俺が直接預かる部隊にも、人間の兵士は居る。だが、本当の最前線で、彼らが吸血鬼の兵と同じ場所に立つ事は限りなく少ない」
軍という、身体能力が特にものを言う仕事においては、人間の間でも、男と女の腕力の差は埋められない。だが、男にはない特性を持つ女性だからこその仕事も少なくない故と、この国では本人の力のみならず、彼女たちの持つ使い魔の能力も加味されての評価になるため、一定数、女性も、人間も、男や吸血鬼に混じり、立派に軍人として働いている。
「だが、俺たち吸血鬼は自分で自分を守りながら前線に突っ込んで敵を攻撃できるが、使い魔頼みの人間の場合、自分自身は無防備だ。……無論、一応は軍人として鍛えられてはいるが、その訓練で、吸血鬼並みの頑丈さや治癒力を手に入れる事は不可能だからな。例えば自分の使い魔を前線に送り、その後ろで指示を出している最中に不意をつかれて魔物の攻撃を受けてしまえば、その致死率は吸血鬼と人間とで、歴然の差がつく」
よほど、その人間が従える使い魔の特殊能力を必要とするような任務でない限り、その人間を護衛するための人員を割くくらいなら、初めから吸血鬼だけで前線組みを構成する方が軍全体としての被害が少なくて済む。
「俺たちの軍が相手にしているのは、大陸に棲まう魔物達から見れば、雑魚中の雑魚レベルの連中だ。……そんな雑魚相手でも、そうなんだ。ましてや、島で相手にするのは、そいつらより数段上位の魔物なんだ」
ジルベルトは、諭すように続ける。
「吸血鬼でも、人間でも、軍人として一番死亡率が高いのが、新人と言われなくなった若手連中なんだ。……吸血鬼でも人間でも、敵わないと思う的に遭遇すれば、本能的に生き延びようと逃げ出すのが普通だから、素人同然の新人は、むしろ死亡率は低い。……戦い慣れたベテランよりも、な」
軍も、新人をいきなり危険な任務になど就かせないから、重大な負傷をする機会も少ない。
だが、ベテランの場合は逆に危険な任務に充てられる事が多い分、逃げる事を許されず、死亡率が一定の数字より下がる事は無い――が、経験値の高さから、各種判断能力に優れ、敵わないとわかっている相手に無策で飛び込む様な馬鹿は居ない。
だから、一番危ないのは、戦闘能力が伸び、だが経験値の低いまま少し危険度の高い任務に就いた若手連中なのだ。
「そういう意味ではな、実は人間より吸血鬼の方が、負傷率は高かったりするんだよ。人間より頑丈だからと無闇に飛び出して、怪我をするアホウは毎年必ず居る。……だが、やはり死亡率だけ見ると、人間の方が多いんだ」
同じだけの傷を負っても、吸血鬼なら助かっても、人間は助からない。そういう事は、この国の軍ではそう珍しくなくある事だ。
「そういう数字を管理する立場にある俺が、お前にそんな力を望むと思うのか?」
だから、花嫁は島に赴く前に、代替わりし、その位を退いた公爵の、命を掛けた守護を与えられるのだ。万一の事態を、最小限に抑えるために。
「確かに俺は、俺の花嫁に強さを望んだ。だが、それはそういう強さじゃない。島の生活に耐えられる、そういう精神的な強さであって、それに関しちゃ俺はお前以上の女を今から期限までに見つけるのは不可能だと思ってる」
だから、と。
食事を終え、席を立ったジルベルトは、最後に一言、小さく呟いた。
「お前は今のそのままで、充分最高の、、俺の理想の花嫁だよ」




