願い事
ミリアは、改めてスープをよそい、パンと腸詰めの燻製を彼に差し出した。
「……ねえ、ジルベルト。そんな顔、しなくていいのよ」
彼の前に改めて座り、彼の姿を目に映す。
「いや、ダリオの件が片付いたら、戻って店を手伝うつもりだったんだが……。こうなった以上、俺は公爵家の人間として、何より宴の主賓としてその準備にかかり切りになる」
つまり、この食事を終えたら、またしばらく彼と会えなくなる、と……。
「宴当日も……、本当なら最初から最後まで、俺が自分でエスコートしてやりたいが、名目上は俺“達”の花嫁選びの宴だ、そうもいかない。重ね重ね、済まない――」
本当は。その正式な発表がある前に、もっと周りに根回しするつもりだった。
「いや、そんなのは言い訳にはならないな。元々、いつその時が来てもおかしくない、そういうものだと分かっていたのに、間に合わせられなかったのは、俺自身の力不足に他ならないんだから」
目の前に並んだ食事に手を伸ばそうとしないまま、ジルベルトは一人、酷く自分を責めるような言葉を吐き続ける。
「……ねえ、ジルベルト」
そんな彼の名を、ミリアは改めて呼ぶ。
「ダリオ様の件はともかく、ね。……そんな事は、この話を受けた時点である程度、織り込み済みだから。今更、そんな事でうだうだ言わないでよ」
お茶を一気に飲み干し、ミリアは空のカップを少し乱暴に戻した。
「前に、言ったでしょう。私、昔は騎士になりたかったって。……当然、その中でもエリートの騎竜隊は憧れだったの。この間、ほんの少しの間だけでも、竜に乗せてもらって、騎竜隊の官舎にお邪魔させてもらって……凄く嬉しくて、楽しかった。……何より、私の未来の旦那様はその憧れの騎竜隊の隊長様なのに」
うなだれ気味の彼の額を人差し指でぐりぐりつつきながら、ミリアは愚痴る。
そう、なんだかだんだん腹が立ってきて。
「それを、そんないかにも“王子様”な衣装を着たままいじけて、乙女の夢をぶち壊さないでくれる?」
あ、しかも“乙女の夢”とか聞いたとたんポカンとした顔なんかした!
「とにかく。お腹がすくと、人ってだいたい考えが下を向くのよ。……人間も、吸血鬼もね。ほら、さっさと食べなさい」
皿の腸詰めを一本つまみ、無理やり彼の口に押し付けてやる。
ちょうど間抜けに半開きになっているから、不意打ちは難なく成功する。
腸詰めに口を塞がれたジルベルトは、それを咥えたまま、しばし固まっていたが、やがてもごもごと口を動かし、咀嚼し、それを飲み込んで、ようやく諦めたような微笑みを浮かべた。
「……俺が、この地位にいる事で色々言われるのはもう、慣れてたつもりなのにな。……お前にそう言われるのは、以外に悪くないな」
飲み込んだ腸詰めをそのまま胃に流し込むように、スープを煽って、ようやくジルベルトは彼らしい表情で笑みを浮かべる。
「分かった。宴の後で、竜の遠乗りに連れてってやる。だから、今回の事と、宴での事、それでチャラにしてくれ」
宴に出席するのは、当然慣習に倣い、貴族の妙齢のご令嬢達が大半を占めるだろう。
その中で、ミリアが愉快な気分になれるはずもない事は分かりきっている。
ミリアはもちろん、ジルベルトも。
「それも嬉しいんだけど。……ねえ、ジルベルト。一つ、お願いがあるの」
憧れの竜で、遠乗り――。
それは、ミリアにとって垂涎モノの提案だが……。
ミリアは、それを退けて、一つの願いを彼に伝えた。
そのミリアの願いに、ジルベルトは――
「ミリア、俺はそれを、俺の花嫁に望む事はない」
簡潔に、拒絶の意を示した。




