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贄の花嫁  作者: 彩世 幻夜
前奏曲
36/111

不安

 冷たい言葉を投げつけらるなんて、あの屋敷では日常茶飯事だった。

 使用人たちとは比較的悪くない人間関係を築き上げてはいたけれど、彼らも雇われの身だ。雇い主である伯爵、その妻と娘に表立って逆らう事はできない。

 厨房まで押しかけて喚くヴァネッサの前でミリアを庇ってくれるものは居なかった。

 だから、多少の罵詈雑言など、ミリアはものともしない。


 ――しない、はずだったのに。


 その言葉が、とても痛かった。


 「……それは。そんな、現役の騎士と比べたら、それは能力的に見て私が劣るのは当然だけど。彼からこの話を受けたのは、ついこの間なのよ。今は足りなくても、今の状況に甘んじるつもりはないもの。足りない分はこれからどうにでもしてやるわよ」


 彼女の指摘が、ミリアが自分でも感じていた今一番痛い部分を的確に突いていたから。


 「……これから? ――代替わりの時期を告げる一報が島から届いて、それからの猶予が半年以上あった事なんて、数える程もないのよ。早ければ今月中にも、その日は来るかもしれない。そんな短期間で、毎日何時間もの訓練を何年も重ねてきた娘たちに追いつけると?」


 「……まさか。私、そこまでの物知らずでもうぬぼれ屋でもないわ。――でも、そうよ、なら、どうして彼はまずあなたの言うその彼女たちに声をかけなかったの? 貴族でなくてもいいと彼が考えたなら、わざわざこんな街まで降りて探しに来なくても、彼ならいくらだって、手近に声をかけられる相手が居たはずなのに」


 ジルベルトが、自らに与えられた次期侯爵の地位をダリオに譲ると以前から考えていたなら、当然そのために必要な花嫁の事も頭にあったはず。

 “知らせ”が来たのはつい先日だとしても、彼が伯爵位を継ごうと考え始めたのはもっと前からのはずだと、これまでの話から察せられる。

 遅かれ早かれ、その日が来ることは分かっていたのだから、彼のお眼鏡にかなう娘が身近にいたなら、とうに何かしらアプローチしていただろう。

 けれど彼は、街に下りて、ミリアに声をかけた。


 「今の私が力足らずなのも、それが半端な覚悟と根性で埋まるものでないのも分かってる。だから、今の私をあなたが認めたくないのも理解する。……でも、私を選んだのは彼なんだもの。彼に相応しくないと言われない限りは、誰がなんと言おうと、私が彼の花嫁だわ」


 恐怖に震えそうになる声で、相手よりまず自分に言い聞かせるように、ミリアは言った。

 だって、贄の花嫁は、ブリアーニ伯爵の命綱なのだ。

 主である自分が、魔物の言葉に心を揺らせば、それはそのまま使い魔である伯爵の自我を魔に染める事になる。

 この程度で動揺するようでは、本当に花嫁失格の烙印を押されてしまう。


 「私が花嫁として相応しいか、相応しくないか、決めるのは彼よ。その彼の決断の結果である私を相応しくないという貴女は、彼がその決断をするのに相応しくないと言っているも同じだって、気づいてる? ……私より優れた人材が居ると思うなら、まずジルベルトにその人を推薦してみたらいいじゃない」


 彼がどうして、騎士の娘に声をかけなかったのかなんて、そんな理由、いくら考えたってミリアには分からない。もしかしたら、逆に身近すぎて見落としていただけかもしれない。だとすれば、彼女の推薦した娘を気に入る可能性だって出てくるかも知れない。

 せっかく掴めそうだった夢が、また遠ざけられるかもしれない。

 そんな恐怖を感じながらも、ミリアは必死に取り繕う。


 「ジルベルト以外の、誰が何を言おうと、私が彼の花嫁よ。貴女にどうこう言われる筋合いはないわ」

 

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