求婚
普段の仕入れとは違う時間。牧場や農場はともかく、今の時間ではまだ市は開いていない。
「……魚は、諦めるか」
店の修繕をするなら、もう一度魚を買うためだけに出る時間は無い。
荷車も、テオから仕入れた資材と、畜産物、それに から仕入れた農産物で既に一杯だ。
これ以上積んでしまっては、ミリアの力では荷車を引けなくなる。
「――帰ろう」
港へは下りず、丘を登る道を選んだミリアの後ろを、カーラは黙ってついてくる。
……テオのところを出てからはもうずっとこうだ。
のところでは、テオの時のように自身やジルベルトの事を話したりはしなかった。
テオに簡単ながらも事情を明かしたのはやはり、口止めのためだったらしい。
――だが。
……なんだろう、何故だかずっと、見られている。
護衛対象としてというのではなく、観察でもされているような視線を感じる。
視線に、敵意や悪意は感じない。けれど、好意的な視線でもない。
店に戻り、壊れた棚を撤去し、金槌と釘とを手に新しい棚に付け替える。
ミリアにとって、作業自体はそこまで難しいことではない。だが、作業量の多さと人手の無さはやはり時間を余計に食う。
昼前には戻って作業を始めたのに、気づけばもう西の空が赤くなっている。
「……ああ、もう……、そろそろ明日の仕込みも始めなくちゃ」
文字通り、“取ってつけたような”出来だが――
「……今はここらで妥協するしかなさそうね」
もうじき、テオも来るだろう。
「あの……、夕食は……」
伺うように、ミリアは彼女に尋ねる。
「お構いなく」
しかしやはりすげない返事で断られてしまう。
ジルベルトは――まだ帰って来ない。
台所に立ち、竈の火を熾す。
いつもの仕込みと同時に、夕食の支度を始める。
思えば、いつも店の余り物で済ませているから、一から夕食を作るのもまた初日以来だ。
牛肉をたっぷり入れたシチュー。
豚肉のハーブ焼き。
鶏肉の団子と野菜をたっぷり使ったポトフ。
焼きたてのマフィンと、バターたっぷりのスクランブルエッグ。
テーブルが料理で埋まる頃、店のドアを叩いたのは――テオだった。
「いらっしゃい」
「おう。悪いな、もっと早く来てやれればよかったんだが、今日は色々忙しくて、結局こんな時間になっちまった。――彼も、まだ戻ってきてないのか」
「……うん。昨日の件の事後処理、やっぱり難航しているみたい」
「事後処理が難航、ね。って事は本当に昨日の一件、ヴァネッサお嬢の仕業じゃなかったのか」
「うん。……誰の仕業とは言えないけど」
「――本当に、本気なのか」
肉をつつきながら、テオがボソリと呟いた。
「お前が、一度言いだしたら聞かない事くらい知ってる。……お前が騎士団に憧れていたのも知ってる。けど……、もし俺が行くなって言ったら、考え直してくれるか?」
「え……?」
「……いつか、言おうと思ってたんだ」
食器を置き、テオは意を決したようにミリアの手を掴む。
「本当は、この店がもっとちゃんと軌道に乗って、俺が牧場を継いで……そうしたら言おうと思ってたんだ」
狭い食卓を挟んで、間近に迫るテオ。
「ミリア、お前の事が好きだ。俺と一緒に生きて欲しい」




