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贄の花嫁  作者: 彩世 幻夜
前奏曲
33/111

彼の居ない一日

 そういえば、この荷車を引いて一人で街を歩くのは初めてだ。

 荷車の中にはウィスカーも居るし、護衛についているカーラも後ろから付いてきてはいる。

 けれど、あの時は隣に居たジルベルトは居ない。


 騎竜隊の官舎が建つ崖をふと見上げても、ここからでは建物までは見えない。

  

 彼は、今もまだダリオと向かい合っているのだろうか?

 でも、下手に心配すると、さっきのカーラのような反論を返される気がしてならない。


 ミリアはまず先に、テオの牧場へ向かった。

 「おおい、ミリア! 昨日は大丈夫だったのか?」

 いつもと違う時間に訪れた今日は、テオは、畜舎の掃除の真っ最中だったが、ミリアに気づくと道具を放って、こちらへ駆けてきた。

 「彼が、助けに来てくれたから。……テオも、店の前、片付けておいてくれたのよね? ありがとう」

 「いや、お前が無事ならそれでいいけど……、ミリア、その後ろの美人は誰だ? あの制服、騎士団のだろ?」


 さて、どう説明したものか。……ジルベルトの素性について、テオに喋ってしまっていいものか。

 ちらりと彼女の顔を伺おうとする前に、彼女自身が自ら名乗った。


 「私は、ジルベルト閣下率いる騎竜隊第一遊撃部隊副長補佐を務めるカーラ・シス。階級は少尉の位を賜っている」

 「――騎竜隊!? そんなエリートがどうしてお前と居るんだよ!?」

 「ジルベルト閣下のご命令です」

 テオの問いに、これもやはり彼女が答える。

 「ジルベルト閣下ってあの例の双子の兄殿下だよな? ……王孫子様だろう、そんな方がどうして?」

 ……生粋の伯爵家のお嬢様であるヴァネッサでさえ滅多に拝謁の叶わない彼が、ほぼ一般庶民なミリアの護衛を命じる。

 普通に考えたら当然出てくる疑問に、テオが突っ込んだ。

 「何より、ジルドの奴はどうした? まさか、お前を助けるのにあいつの方が怪我したとか……」

 

 「――それこそ、まさかです。あの方が、あの程度の傭兵の寄せ集めを相手に遅れを取るはずがありません」

 「……? ミリアを助けに行ったのはジルドだろう? ……あの方って……」

 「ジルドと名乗り、彼女の店で働いていたあの方こそ、ジルベルト閣下。訳あって、身分を隠しておられたのでございます。テオ殿、どうか今回の一件を含め、他言無用に願います」


 「は……、あいつ――いや、あの方がジルベルト殿下?」

 思わずぽかんと大口をあけたテオの肩を、ミリアはそっと叩いた。

 「……えぇと、気持ちは分かるけどさ。あの、資材を分けて欲しいんだけど」

 「ミリアは、知っていたのか?」

 「――うん。あなたのところへ彼を初めて連れてきた、あの時にはまだ知らなかったけど。割とすぐに……」

 彼に、彼の花嫁として求められた。……昨日から揺らぐ心を立て直すように、ミリアはテオに告げた。


 「私、今度公爵家で開かれる夜会に、彼と一緒に出席するの」


 ――貴族でなくとも、この国に住む者であれば、その意味が分からない者は居ない。


 「まさか。ルカーノ侯爵の花嫁なんて……ヴァネッサお嬢ならともかくお前が……?」

 「これも、もうしばらく他言無用にして欲しいんだけど。……ジルベルトは、ルカーノ侯爵の地位をダリオ様に譲って、ブリアーニ伯爵位を継ぐつもりなの」

 「ちょっと待て、ブリアーニ伯爵の花嫁って……!」

 「そうだっ、贄の花嫁にならねぇかって誘われて、こいつ二つ返事でOKしちまいやがったんだ、何とか言ってやってくれよ!」

 たらいの中でウィスカーが喚く。


 「……けど、一度決めたことをミリアがそう簡単に覆すとは到底思えないぜ、ウィスカー。……正直、色々思うところはあるけど――昨日のあいつ……いや、ジルベルト殿下を見たら……なぁ。ただ頭ごなしに否定する気にはなれねぇよ」


 ミリアたちを資材置き場の方へと導きながら、彼は困ったように笑った。


 「……まあ、笑って賛成も、出来ないけどな」


 木造の小屋にかけられた南京錠を開ける。

 「……資材って、棚の補修に使うんだろう? ってことは……ここらの板切れと……角材はいるか?」

 「ちょっと欲しい」

 「分かった、少し待ってろ。軽く形だけ整えといてやるよ。……今からでも俺が手伝いに行ってやれればいいけど、夕方まで牧場を離れるわけにもいかないからなぁ。仕事が終わった後でまた手伝いに行ってやるよ」

 「――ありがとう、助かるわ。昨日のお礼も兼ねて、夕食はご馳走を用意しておくから」

 「……夜には、あいつ――いや殿下は戻るのか?」

 「どうだろう……、明日までには戻ると思うけど……」


 「なら、明日の仕入れ時には確実に会えるか」

 「……彼に、何か用事? 伝言くらいなら預かるけど」


 「いや、いいよ。直接話したい事があるだけだから」 

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