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贄の花嫁  作者: 彩世 幻夜
前奏曲
32/111

足りないもの

 色こそ違えど、彼女の竜もタイプはジルベルトのディーノ同様、スピード型で、体格に大差はない。彼女の前に乗り、空へと舞い上がる。

 時間も遅く、街の多方は既に眠りについているのだろう、灯る明かりは随分と少ない。

 対照的に、空に輝く星はちかちかとその存在感を主張しあうように瞬くその中を泳ぐように、竜は舞う。


 しんと静まり返った空気の中、ジルベルトのものよりも白く細い指が、手綱を巧みに操り、官舎のある崖下から街中へと続く通りへ降りると、そこには既に2頭だての馬車が待っていた。

 カーラにエスコートされて竜を降り、その馬車へと乗り換える。

 手綱を離された彼女の竜は翼を広げ、崖上の竜舎へ戻っていく。

 それを見届けたカーラが御者台に座り、馬の手綱を握る。

 軍用の馬車は、これもまた華美な装飾はないが、乗り心地は悪くない。――御者の腕も良いのだろう。


 しゃんとした背中が、馬車の屋根から吊るされたカンテラの灯りに照らされゆらゆらゆらめく。

 寝静まった街が近づくたび、ジルベルトの居る官舎は遠くなる。

 ……それは、当然の事。

 ちらりと後悔がよぎりそうになる頭を、慌てて明日の作業手順でいっぱいにしてごまかす。

 しかし、スプリングの効いた振動に揺られるうち、精神的にも肉体的にも疲れきっていたミリアは次第にまぶたが重くなってくるのを感じ――


 「――おはようございます」

 ふと気づけば、見慣れた自室のベッドの上にいた。

 おそらく、一晩中そこに立っていたのだろう彼女の、ぴしりとした挨拶の言葉が耳を打つ。

 窓からは日が差し込んでいる。……普段を考えれば、大分寝過ごしてしまったようだ。


 「……おはようございます。ごめんなさい、もしかしなくとも私、馬車の中で眠ってしまったのね? ベッドへは、貴女が運んでくれたの?」

 「はい。ウィスカー殿に部屋の場所をお聞きして」

 枕元に置かれた台の上へ運ばれた盥へ一瞬視線をやって彼女は言った。

 「あ、ありがとう。……あの、好き嫌いとかはあるかしら? すぐ朝ごはんにするから」

 「――いえ、お構いなく。緊急時に備え、携帯食料は常備しておりますから」

 「なら、先に仮眠を……。このベッドか……リビングのソファを使っていいから。一晩中、ずっと寝ずの番をしてくれていたのでしょう?」

 「はい、それが私の職務ですから、どうぞお構いなく。日頃、任務や訓練で2,3日眠らない事など珍しくありませんので、お気遣い頂く必要はございません」


 ――例えば敵意とか、悪意の類は感じない。けれど、間に一線を引かれた。


 そんなもの、ミリアだってとっくに気づいていたけれど、それを尚明確に突き放された気がして、つい思わず息を飲んだ。

 しかし、そう言われてはミリアにはどうしようもない。

 ウィスカーの盥を抱えて階下へ降りる。

 

 あの時、抵抗しなかったおかげで、幸いにも厨房はほぼ無傷だし、荒らされた店頭も、散らかされた商品の類は既に片付けられていた。

 だが、壊された棚や台はなんとかしなければならない。

 「棚は……資材さえ調達できればなんとかできるかな……。台は……ちょっと知り合い当たってお古を安く融通してもらうか。その後で、仕入れに回って、下ごしらえして――」


 ジルベルトがいれば、一緒に資材調達に出て、帰ってきたら店の修理は彼に任せ、自分は明日のための下ごしらえに専念できたのだろうが、どうにも一人ではやはり人手が足りない。

 もう一日、臨時休業を伸ばそうか?

 つい、いつもの自分らしくない弱気な考えがふと頭をよぎった。

 

 「……だから、言ったんだ。贄の花嫁なんざ、ロクな事がねぇって」

 しゃがみこんだミリアの頭上から、不機嫌な声とともに水しぶきが降ってくる。

 「流石に、懲りただろう?」

 「え?」

 「え、って何だ、“え”って。剣をもった傭兵に囲まれて誘拐されて、人質にまでされて、まさかまだ懲りずにあいつの花嫁になるってのか?」

 「……それは、もちろん。だって、それが夢だったんだもん。――でも、だから悔しいんじゃない」


 伯爵家にいた時、ミリアはひたすらヴァネッサに虐められていた。辛い思いも、惨めな思いもしたけれど、それでもミリアは自分がヴァネッサに劣っていると思った事はない。

 だけど、今、圧倒的に“足りない”と感じている自分が、悔しい。


 「……とにかく、今は動かなくちゃ。ウィスカー、ご飯食べたら街へ行くわよ」

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