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贄の花嫁  作者: 彩世 幻夜
序章
3/111

遭遇

 「……ここが?」

 四隅に四本、背の高い木を切り出してきたそのままに立て、そこへいい加減に木板を張り付けただけに見える有様の建物。

 一応、体裁だけは一階表側は店舗、二階裏側は住居という店舗兼住居の二階建ての物件であるのだが……。

 「風が吹いたら飛びそうな……、って言うか雨が降ったらこれ、確実に雨漏りするだろ」

 「……仕方ないでしょ、今ある予算で買える中ではこれが一番まともな物件だったのよ」

 眼下一面に海が広がる高台の丘の通り沿い、似たような造りの建物が並ぶ中、際立ってみすぼらしいその様子に不満そうな声を上げる相棒に、ミリアは腰に手を当て胸を張って言った。

 「大丈夫、お金が貯まったらすぐに綺麗に修繕してもらうから」

 「そんなこと言って、お客が来なけりゃお金は貯まらないんだぞ? 本当に大丈夫なのかよ」

 今にも雨が降り出しそうな重たい雲が立ち込める空を見上げて不安そうにパシャリと尾びれで水面を叩いた相棒に、ミリアは小脇に抱えた金盥かなだらいを恨めしげに睨み下ろした。

 「……招き猫、ならぬ招き鯉にしかなれないアンタには言われたくないわ」

 招き猫とは、商売繁盛の縁起物としてよく商店の店先に飾られる置物で、広くルナフィリア大陸の国々の至る所で見られるが、あいにくとミリアは招き鯉、なんてものにお目にかかったことはおろか、そんな名を聞いたこともない。

 しかし、この金盥から一人――もとい一匹では出ることすら叶わぬ身で他に何ができるというのか。

 「私のモットーは働かざる者食うべからず、よ。毎日ちゃんとご飯にありつきたかったら、ちゃんと仕事するの!」

 「あのなぁ、これでも俺の能力は海へ出れば相応にありがたがられるモンなんだぞ。なにせ、海を泳ぐ魚群の探知なら朝飯前なんだからな」

ぱしゃぱしゃと今度は胸鰭で水面を叩く相棒を、ミリアは冷たく見下ろした。

 「そんなこと言ったって、私のような小娘を船に乗せてくれるわけないじゃない」


 ここから見下ろせる一面の海、その空と交わる水平線の向こうには、この国――いや、この大陸に棲まうどんな魔物よりも凶悪で恐ろしい魔物の巣窟たるオーク大陸がある。

 うっかり欲張って遠洋まで出たなら、命を落としても文句は言えない。――そういう土地柄なだけに、船に非力な女が乗るのはあまりいい顔をされない。

 騎士団に入れる資格があるような者なら、また話は違ってくるだろうが……

 「例え海の上だって、ウィスカーはそっち方面に関してはてんで役に立たないんだし」

 「けど、そりゃ俺のせいじゃねえし。そんな俺を使い魔にしたのはお前だぜ、ミリア」

 短い胸鰭で、額に埋まった透明な水晶の玉を指して言うウィスカーに、ミリアは頬を膨らませた。

 「……だって、あの時は他にどうしようもなかったし。そうだよ、今だってもう、他にどうしようもないのは同じだもん。食べなきゃ人間生きていけないし、食べるためには稼がなくちゃいけないんだから」

 ぐっと、ミリアは拳を握り締め――

 「さあ、やるわよ! えいえい、おー!」

 それを空へ高く突き上げ、精一杯声を張り上げた。


 ――と。

 不意にがさがさと葉擦れの音がすぐ背後から聞こえた。

 ミリアが今居るのは、住居側の玄関のある裏通りに面した庭。

 その、通りとの境に一本だけ植えられた家とほぼ同じ高さの木の上の枝が大きくしなり、その先に生い茂る葉が大きく揺すられ、音を立てる。

 「な、何……?」

 猫や、鳥が立てるようなささやかな物音とは重さが違う。


 「おわっ!」

 悲鳴と共に木の上から降ってきたのは――


 「「何? あんた、誰!」」

 いかにもバランスを崩して木から落ちました、とばかりに降ってきた男は、背中から地面へ衝突する直前でくるりと身を翻し、すとんと軽く綺麗な着地をしてみせた後で、ミリアの姿を見とめ、誰何するミリアと全く同じタイミングで声を上げた。


 白磁のような美しい白い肌。絵物語の王子様と見紛うばかりの美貌に、赤い瞳――。彼の持つその身体的特徴は、この街ではそう珍しいものではない。

 「貴方……吸血鬼ね?」

 それに加えて、美しい金髪。

 「それも……貴族階級の」


 このロマーノ公国最大の特徴、それは――吸血鬼が住まう土地である事。

 この地を治めるロマーノ公爵は、代々吸血鬼の長が継ぎ、それを支える貴族階級にも、吸血鬼の一族が多く存在している。

 もちろん、平民階級にも彼らは多く存在する。


 人間が多く住まう国でありながら、それを吸血鬼が統治し、人と共存している。

 これこそがこのロマーノ公国最大の特徴だ。


 吸血鬼たちの多くは、人より優れた見目を持つ。それは位が高ければ高いほど顕著になる。時折、祭事の時に遠目に眺める公爵など、すでにミリアの父より長い時を生きているにもかかわらず、著名な芸術家が生涯をかけ完成させた逸品のようだった。

 白磁のような肌と、赤い瞳は吸血鬼ならではの特徴で、髪色は基本人と同様色は様々ある。黒、茶、銀――その濃淡も様々であるが。

 代々血を繋ぐ公爵と、それに近しい貴族階級の吸血鬼はそれに加えて皆金の髪を持つ。

 

 そして、目の前の彼――さしてミリアと歳も違わなそうな男の髪色は、淡いハニーブロンド。それなりの家格の貴族の子息であると思われる。

 「それが、なんだってこんな所に居るのよ?」

 吸血鬼と共存する国である公国の、公都たるこの港町では、街を吸血鬼が歩いているくらいは別に珍しいことではない。

 彼らは、人間の生き血を摂取しなければ生きていけない種族ではあるが、人と同じ食事による栄養摂取もまた必要としている。

 だから、人と同じように市場へ買い物にやって来る吸血鬼は当たり前にいる――が、それは一般庶民たる吸血鬼の話。

 人間も、吸血鬼も、貴族階級の者が、一般庶民の街へ顔を出すことは滅多にない。


 それがどうして、こんな賑やかな街中から少し外れたところにある商店街の一角、その中でも特に寂れた空家の、それもこんな木の上に――?


 「俺の名は、ジルド・ルアンディ。親父は確かに名の知れたどこぞの貴族だったらしいが、俺はそいつの庶子ってやつでな。つまり、生まれはともかく育ちは一般庶民だ」

 不審な状況に警戒の眼差しを向けるミリアに、彼は少々乱暴な口調でそう告げた。


 「んで、お前は? ここは公爵家が管理する公営街区だ。俺はここが空家だと聞いてたんだが?」




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