勇姿
そう、倉庫内の面々を睨みつけるジルベルトの装いは、と言えば、店の仕入れに出た時の格好のまま、剣も無ければ鎧も無い。
20人程も居る相手は、防具をきっちり身にまとい、剣やら槍やら、それぞれ得意の武器を手にしている。
互いに吸血鬼同士、数でも装備でも、単純に見れば圧倒的にあちら側に分がある。
しかもこちらは“荷物”まで居る。
けれど、その圧倒的に不利な状況にもかかわらず、ジルベルトには余裕がある。
ミリアを人質に取られ、ダリオと刺々しいやり取りをしていた時と比べて明らかに肩の力が抜けている。
「ミリア、しばらくそこを動くなよ。――すぐに終わらせる」
ダリオが、傭兵たちに明確な命令を下す前に、まずジルベルトが動いた。
ふわりと、風と残像だけを残して、ミリアの視界からジルベルトが消える。
消えた直後、一番近くにいた兵士が壁まで吹っ飛び、うめき声を上げながらズルズルと床に臥せった――かと思えば、次の瞬間にはいつの間にか手にした剣の柄で兵のこめかみを打ち、次々と昏倒させていくジルベルトが、その素早さ故に、ぞの残像がまるで影分身のようにミリアの視界に映る。
同時に何人も居るように見える彼が、見ていて惚れ惚れするほど見事な体さばきと剣さばきで敵をなぎ倒していく様は、とてもしなやかで無駄がなく、ある意味とても優雅だ。
吸血鬼としての能力を除いても、彼が優秀な武人であると素人目にも分かる。
本来の有利と不利をその腕一つで完全に逆転させ、圧倒的な能力の差を見せつけるジルベルトの姿に、ミリア自身も圧倒されつつ、その様に魅せられる。――人間の動体視力では、その動きを完全に捉えきる事ができないのが、もどかしいくらいに。
瞬き一つする間に、いくつも見落としてしまいそうで。
実際、あれだけ居た取り巻きが残らず昏倒させられるまでに、1分とかからなかった。
声を上げそこね、今はもうその命令を聞くはずの者たちは残らず床に倒れ伏している状況で、ジルベルトに剣を突きつけられたダリオは、忌々しげにそれを睨みつけた。
優秀な武人として名を馳せる兄と、武人としてはあまりパッとしない弟。
こうなった以上は、もうその勝敗は覆しようがない。
ジルベルトは剣を床へ放り捨てると、おもむろに、ダリオの頬に力いっぱい拳をめり込ませた。
しんと静まり返ったそこに、山と荷を積んだ荷車を屋台に突っ込ませたくらいの凄まじい衝撃音が空気を震わせ、その波動がふわりとミリアの髪を僅かに揺らした。
力いっぱい殴り倒されたダリオは、しかし次の瞬間にはジルベルトに胸ぐらを掴み上げられていた。
「俺が、伯爵位を継ぐ。だから、次期ルカーノ侯爵はお前だと、俺は言ったな。だがお前はそれを信じなかった。……それは良い。あの時は確かにまだ不確定要素のある状態だったしな。俺自身にちょっかいかけるだけなら見逃してもやれたけどな、お前はタブーに触れた」
似ているはずなのに、似ていない双子の兄弟が、互いに間近で睨み合う。
「俺たち兄弟の問題に、他人を――それも守るべき者を巻き込んだ。それもこんな卑怯な方法でだ。……今回の件は、きっちり公爵に報告させてもらう」
弟の首根っこを捕まえたまま、ジルベルトは倉庫の外へと歩き出せば、見計らったようなタイミングで、フッと外の陽の光が陰った。
何かとミリアが外に目をやれば、陽の光を遮ったそれが、ふわりと地面に降り立った。
「騎竜――」
エリートとされる公国の騎士団の中でも、特に優秀な者のみで構成される、騎竜隊。
使い魔にするのがとても難しいとされる竜を手なずけ、その能力を目一杯活用して軍務にあたる、エリート中のエリート。
勿論、ミリアも幼い頃はその勇姿に憧れ、類に漏れずその背に跨って空を翔けてみたいと夢見ていたそれ――。
高速で空を翔けるのに適した美しい体躯を覆う青銀の鱗が陽光にきらめき、見上げるほどに大きなそれが、主であるジルベルトを見つけるなり、甘える猫のようにぐるぐると喉を鳴らして彼にすり寄り、懐く。
そしてその更に後ろに、もう2騎、騎竜隊の制服をまとい、長槍を手にした兵士を乗せた緑と赤の竜が降り立った。
「隊長!」
「ジルベルト閣下!」
2騎の竜の足が地面に触れるやいなや、即座に竜から飛び降り、ジルベルトの前に堅苦しく整列し、ビシリと敬礼しながら直立不動の気を付けをする。
「カーラとレナートか」
「はっ、ディーノが竜舎から突然飛び立って行った様子から、何か緊急事態と見て、ひとまず我等のみで参りましたが、閣下……これは?」
上官たるジルベルトが捕まえているのは、彼の弟、ダリオ。
そして、彼の後ろには人間の少女。
「それについてはよくやった。お前たちのその判断、大いに助かった。――だが、詳しい説明は後だ。まずはその中にいる連中を捕えて官舎へ連行してくれ。罪状は、そこの少女に対する脅迫罪と誘拐罪、傷害罪の現行犯だ」




