守るべきもの
黒幕の正体は、分かっている。――ほぼ間違いなくダリオだろう。
実際に何を要求するつもりなのかは知らないが、何が目的なのかは明白だった。
だが、これに彼自身がどこまでかかわっているのかまでは読みきれない。
果たして、この紙切れの指示通りに埠頭へ向かうべきか。もしくは高みの見物を決め込むダリオを直接叩くべきか――。
「……いや、人質を取られている以上は、まずは指示に素直に従うべきか」
店頭の荒らされ具合を見たテオはそれをチンピラの仕業と見たようだったが、ジルベルトの見解は違った。
何しろ、店頭の荒れ具合の割に、調理場など店の内部や2階は全くの無傷だった。
下町のならず者が因縁をつけて暴れて行ったなら、これは少々不自然だ。
黒幕は、ダリオ。――だとすれば、ミリアを捕らえるためにやって来たのはおそらく傭兵。
しかもある程度数が居たのだろう。
先日、己の身で彼女の技を受けて、彼女の実力はおおよそ知っている。
あの腕なら、下町のチンピラ程度の者など容易く畳めるだろう。
だが、彼女自身が認めたとおり、本格的な訓練を受けた本職には及ばない。
丸腰だった上、思い切り油断していたあの時のジルベルトと違い、彼らはしっかり武装していたはずだ。
彼女は、決して愚かではないから、無駄な抵抗をして彼らを刺激するより、大人しく捕まって被害を最小限に抑える方を選んだのだろう。
ウィスカーと契約を結ぶに至った経緯や、テオが漏らした言葉から、ミリアがあまり穏やかでない状況にもある程度慣れているらしい事は推察されたが――。
だからと言って、突然武装した兵士に囲まれて、怖くなかったはずはない。
ジルベルトは、こんなことを企んだダリオにも勿論腹を立てていたが、それ以上に自分の甘さに苛立っていた。
自分にとって――ブリアーニー伯爵にとって、“主”となる“花嫁”は、何をおいてもまず最優先に守るべき存在。
いくら先代公爵がその命と引き換えにしての守護を与えると言っても、花嫁はあくまで人間の少女だ。
ジルベルトは、己がブリアーニー伯爵として島へ赴く際、自分の“花嫁”となる少女に“強さ”を求めはしたが、それはあくまで“精神的な強さ”や健康面という意味での“強さ”であって、魔物と戦闘力なんて求めてはいなかった。
そも、魔物との戦闘など、人間には――例えそれが男でも――使い魔の助けもなく、専門的な訓練も受けずでは不可能と言うしかない。
ましてや、島に襲来する魔物は、結界に守られたこの本土とはまるでレベルが違う。
だから、それらから花嫁を守りぬくのもまた、ブリアーニー伯爵となる者に課せられる義務。
……だというのに。
ここが、本土で、自分はまだ伯爵位を継いではおらず、しかも彼女が自分が望んでいた以上に強かったからと勝手に安心して慢心し、こういう事態を全く想定していなかったのは、完全に自分の不手際だ。
まだ爵位こそ継いでいないが、自分が公爵家に連なる身であるのは確かで、そういう立場に居る以上、どうしたって厄介事は避けられない。
そんな事はとっくに、嫌というほど知っていたはずなのに。
それにどうして彼女が巻き込まる可能性を全く考えてもみなかったのか。
ミリアは、おそらく人質として捕らえられた。
だから、指示通りにジルベルトがそこへ行くまでは無事――だと思いたい……が。
もしも彼女の身に何かあったら――
「俺の部下のポカなら、一発殴り倒して軍規通り罰則をくれてやれば済む話なんだがな……」
それが己のミスとなると……
「いや、とにかくまずは彼女の身の安全の確保が最優先だ」
指示された埠頭の、指定された倉庫を前に、ジルベルトはゆっくりとその扉を叩いた。
「――俺だ、開けろ。……約束通り一人で来たんだ、まずは彼女を解放しろ」




