お気に入り
「こちらなどは如何でしょうか、お嬢様? 今流行りのお色とデザインの組み合わせを、お嬢様のお好みに合わせてアレンジさせていただきました」
年に何度も新しいドレスを仕立てている彼女は、今更あえての採寸は必要ない。
そう分かっているお気に入りの針子は、すでに仮縫いまで済ませた見本をトルソーに着せて部屋へ持ち込み、並べて見せた。
「最新の流行は、プリンセスラインのふんわりした軽さを引き締める、濃い目のお色のドレス。……次期侯爵と目されるジルベルト殿下が、黒や紺などのシンプルな服を好んでお召しになられる事を考え合わせましても、赤や黄などの明るいお色より、こちらの黒のドレスなどが相応しいかと」
母親より、少々若い――。
針子としては充分ベテランの域にある三十代後半のこの女性こそが、ヴァネッサのお気に入り。
その彼女が、いくつも並んだ見本のうち、黒い生地を使用したドレス3着を、他より手前に押し出して見せた。
「まず、こちら。ドレス自体には他のお色は一切使用せず、代わりに装飾品の各所に良質のルビーを配し、プリンセスラインながら割とシンプルにまとまったデザインとなっております」
彼女の言葉通り、胸元や腰のラインを装飾するリボンまで、布という布は全て、多少の濃淡の違いはあれど、黒一色。
その中に、赤く輝くルビーと、それを支える金の台座の配色のコントラスト。
「お前の言い分は最もだわ。色とデザインの件に関しては私も同感だけど、でも、これはいくらなんでも地味すぎよ。一対一でのご対面という場面でなら、このドレスは最良と言えるかもしれないけれど、今回はライバルが大勢居る舞踏会なのよ。他の娘たちより少しでも目立たなくちゃいけない場面で、これはあまりにシンプルすぎる」
針子の的確な指摘に満足気に頷きながらも、ヴァネッサは示されたドレスにNOを突きつける。
「でも、舞踏会の後には重宝しそうなドレス……。後で、これもいただくわ。だけど今はまず、何より先に舞踏会用のドレスよ」
「――かしこまりました。では、こちらは如何でしょう?」
そう言って彼女は残る二つのトルソーを同時に前へ出した。
それは、同じく黒のプリンセスライン。しかし、今回は黒一色ではない。
地色は黒だが、デコルテ部分には白いレースをあしらい、腰を飾るリボンは赤、装飾品も金やルビー、ダイヤモンドなど色とりどりに飾られている。
その、基本的なデザインはどちらもそう変わらない。
ただ、決定的に違っているのが、ドレスの裾の丈だ。
片方は丈が膝程までしかなく、白のタイツを合わせたもの。
片方は靴すら隠れる丈に作られている。
「お嬢様は御御足のラインが美しくていらっしゃいますけれど……」
そこで初めて、彼女は迷うように語尾を濁した。
「……そうね。今回の舞踏会は、ただのパーティーじゃないもの。うっかり『はしたない』なんて思われたら事だわ」
普段の舞踏会ならそれで良くても、皇都に連れて行く娘を選ぶその場で、共に行くのに相応しくないと見なされてしまったら、全てが台無しになる。
「決めた。今回はこのドレスにするわ」