お抱え針子
――針子、と聞けば、この国の者ならば大半は女性を思い浮かべる。
お国事情から、戦う力を持つ者がまず第一に優先される土地柄、使い魔に依らない腕力に分のある男性を立てる気風がある――
――が、無論、従えた使い魔の能力によっては、男性より遥かに優れた働きをする女性兵士も少なからず居るし、軍務に関わらない職業でも、特に男尊女卑だの男女の格差だのという問題が取り沙汰される程の事ではない。
だからこれは、そういう理由とは関係なく、ただ向き不向きの話として、猟師や漁師、馬丁といった職業は男性が多く、針子や調理場には女性が多い傾向があるというだけの話なのだが……。
「まさか、男の子……?」
「はい。お初にお目にかかります。私、ジルベルト殿下に専属としてお仕え申し上げております針子で、名をラウル、と申します、お嬢様」
まあ、“殿下”お抱えの針子だ。それが男性である事にはそこまで驚かない。
特に『ジルベルト殿下』は殆どを軍で過ごしている。
『ダリオ殿下』は洒落た格好で他所のパーティーに出席などしてよく話題にも上るが、彼の場合はごくたまに社交の場に現れても、大概軍服の礼装で済ませている。
「は……っ? お、お嬢様!? いやでも……、え? 君、……ラウル、君? 今、いくつなの?」
金髪、というには少し色の暗い、淡い茶色の髪色の少年の瞳の色は、赤。――吸血鬼だ。
けれど、吸血鬼もある程度の年齢に達するまでは人間とほぼ同じ速度で成長する。
どう見ても10歳そこそこにしか見えない彼に、ミリアは尋ねてみた。
「はい、来月で12になります」
てきぱきとメジャーを各所に当て、慣れた様子で採寸を行いながら、彼は答えた。
――この国で、成人と見なされ職に就き、税を納める義務を負うのは18歳から。
それは、人間だけでなく吸血鬼にも適用される法である。
それで言えば、12歳というのはまだ子供の内で、来るその時の為、経験を積むため師について学ぶ者は居ても、それはあくまで見習いとしての話。
しかし、彼のこの手つきを見れば、それが見習いの仕事ではなく、一人前のプロの仕事であるのは、伯爵邸で長く下働きをしていたミリアの目には一目瞭然だった。
「……私の祖母は、公爵様の。私の母は、殿下の父君であらせられる侯爵殿下の。そして、一番上の姉は、ダリオ殿下のお抱え針子のお役目をお預かりしております。私は、今よりも尚幼い頃からその仕事を手伝わせていただいていた所を、ジルベルト殿下にお声がけを頂き、もったいなくも、まだ未熟な私に殿下のお抱えのお役目を与えて下さいました」
まだまだ少年らしさを多分に残す顔ににこにこと屈託のない笑みを浮かべて彼は言った。
「殿下のお衣装を任せて頂けるのはとても光栄な事。……でも、一度でいいから、ドレスを仕立ててみたかったんです」
あっという間に採寸を済ませた彼は、荷車に山と積んだ色とりどりの生地をいくつも並べて見せた。
「お嬢様は、淡い青がお好みと伺いました。――お嬢様は御髪のお色がとてもお綺麗ですから、きっと白や淡い黄色がお似合いです。地のお色に乳白色系を使い、各所のアクセントにブルーを用いるというのはいかがでしょう?」
その言葉通り、彼は狭い机の上にいっぱいに、その二色に近い色合いの布を広げながら、さらさらといくつか簡単なデザイン画を描いたスケッチブックをこちらへ向けた。
「お嬢様の場合、あまり無駄にゴテゴテ飾り立てるよりは、シンプルなタイプのドレスがお似合いだと思うんです。……特に、ジルベルト殿下と並ぶのであれば」
たった今描いたページから数枚遡り、彼はまた別のデザイン画をこちらへ向けた。
「殿下は基本、飾るのを嫌いますから。今回のお衣装もほら、軍服を基調に多少デザインをアレンジした程度です。なので、レースをふんだんにあしらうプリンセスライン系のドレスよりも、身体にぴったり合うマーメイドラインのドレスの方が釣り合いが取れると思うんです」
彼は改めて白紙のページにペンを走らせる。
――鎖骨のラインがとても綺麗なので、あえて肩は出す形で。ダンスが初めてとも伺いましたから、動きやすい方が良いですね?
丈をあえて少し短めに、くるぶしより上に持ってきて、裾にだけシフォンを重ねて盛ってふんわりさせましょう。
腰と、項に青いリボンを巻いて。それに、肘まである長い手袋――。
まとめ髪に留める髪留めには、サファイアを。
首飾りは、髪留めと揃いの、大粒のサファイア。
両手首には細い金の腕輪の連環を。
「――と。このようなデザインはいかがでございましょう、お嬢様?」