個人レッスン
基本、年中無休のつもりで始めた惣菜屋は、朝は早く、夜も遅い。
それでも、閉店後の仕込みの作業を終えた後の僅かな時間を使って、ジルベルトの個人レッスンは毎日行われていた。
――武人の気風が強いせいか、その指導方法はなかなかにスパルタだった。
「まずは、基本のステップを覚えろ」
いきなりそう宣った彼は、殆ど引きずる勢いでミリアをリードし、ただひたすらに踊り続けた。
流石に公爵家で生まれ育っただけはある、と言うべきか、ダンスの腕前はなかなからしい。
もたつくミリアを、うまいことリードし、自然とステップを踏ませていく。
「こういうのは、頭でごちゃごちゃ考えて覚えるより、とにかく体に直接叩き込む方が早くて確実だからな」
それでも、何回かに一度は、彼の足を踏みつけてしまう。
「全くの初心者を無理やり踊らせているのは俺だ。一々済まなそうにする必要はない。そんな暇があるなら、とにかく動け」
しかし彼はそう言って、文句を言うこともなく、黙々と付き合ってくれる。
確かに厳しいが、面倒見はかなり良い方だろう。
「しかしお前、全くの初心者かと思ったが、そうでもないのか……? 動きはぎこちないが、姿勢は悪くないし、リズム感もかなりしっかりしてるだろ」
「……まあ、ね。自分で踊った事はなくても、人が踊るのを見る機会だけは豊富にあったから」
年に数回開かれる伯爵主催の夜会に、ミリアは出席した事はなくとも、使用人として給仕やら何やらに駆り出されたことなら何度もある。
「だから、ダンスもマナーも、ある程度の知識はあるけど、自分で実践した事はないの」
いきなり正式な場で、見て覚えただけのそれを自信を持って披露するほど図太い神経は、さすがのミリアも持ち合わせてはいなかった。
「……こうして実際踊ってみて、余計実感してるわ。こういうのはやっぱり実際にやらなきゃ出来るようにはならないのね」
「だが、筋は悪くないと思うぞ。これなら、ダンスは本番までに充分見られるまでになるだろう」
ダメなところはダメで、厳しいダメ出しが飛ぶけれど、褒めるところはきちんと褒める。
惣菜屋の仕事も、手を抜くことなく、毎日しっかりこなしている。
――仮にも公爵家のお貴族様だというのに、掃除も皿洗いも嫌がる事もなく、完璧にこなす。
接客は……確かに少々愛想が足らない気もするが、彼の顔に釣られてくる女性客にとってはそれすらも魅力的に見えるらしい。少なくとも今のところそれが問題になる気配はない。
今日まで見る限り、ミリアは噂で聞く程彼に対して無愛想だという感想を抱けないでいる。
まあ、愛想が良い、とは流石に言えないけれど……
「そうだ、お前、色は何色が好きだ?」
「何よ、突然?」
「ドレスの色だよ。他にも、デザインとか……どんなのが好みだ?」
でも、彼はミリアの事を気にかけてくれる優しさを、ちゃんと持っている。
「色は……青系が好き。あまり濃すぎない、淡い、青」
「ああ、そういやお前と初めてあった日も、そんな色の服を着てたよな」
「……よく覚えていたわね」
男なんて、女の髪型が変わっても、リボンの色が変わっても気づかない、ましてや何日も前の服の色なんて覚えているはずがない生き物だと思っていたミリアは感心したように呟いた。
「あの色は、母様が好きだったの。彼女が用意してくれた服の殆どが、ああいう色だったわ」
「じゃあ、デザインは?」
「……そこは、任せるわ。ドレスなんて、着た事無いんだもの。勿論、ドレスを着た人はこれまでたくさん見てきたけど、ああいうのって、見て好きなものと、着て似合うものとは違うんだもの。自分がどんなドレスが似合うのかなんて、分からない」
「……分かった。つまり、分かる奴を呼ぶ必要があるんだな」
「え?」
「明日。俺の、専属針子を呼んでやる。ドレスについては、彼と相談して決めろ」




