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贄の花嫁  作者: 彩世 幻夜
前奏曲
15/111

花嫁の宿命

 彼女たちはどちらも、“花嫁”と、そう呼ばれる。


 そう言えば、聞こえは良い。――が、どちらもその実態とその呼び名はあまりそぐわない。 

 それでも、ブリアーニ伯爵の“花嫁”には、その名の前に『贄の』という枕詞がつく分、まだ少し実態に沿っているように感じられる。


 ルカーノ侯爵の“花嫁”。

 ほぼ例外なく、貴族の娘たちから選ばれるそれは、しかし彼の正妻になる事は決して許されない、“妾”。だが、その言い方も実際のそれとは異なる。


 ルカーノ侯爵の勤めは、人質として皇都へ赴き、男児を最低でも二人以上もうける事。

 二つの義務の内、後者を果たすために、ルカーノ侯には、然るべき吸血鬼の貴族から、厳しい選抜を受けた令嬢が、正妻として共に皇都に赴く。

 しかし、皇都において、ルカーノ侯が勤めを果たすためにもう一つ欠かせないものがある。

 それは、このロマーノ公国であれば、当たり前に手に入るもの。――血だ。

 公国では血税として当たり前に差し出され、得られるそれも、皇都ではそうはいかない。

 

 ロマーノ公国内でさえ、無闇に人を襲っての吸血は厳しく罰せられるというのに、それを皇都で行う訳にはいかない。

 だから、“専属契約”を交わした娘を共に連れて行く。

 それを“花嫁”と呼んでいるのだ。

 しかもそれは、一人とは限らない。

 歴代でも、特に人気のあった侯爵は、両手の指に余る程の令嬢を花嫁として連れて行った者も居たくらいだ。……勿論、これは流石に極端な例ではあるが、たった一人のみを連れて行った侯爵というのも、逆の極端な例で、数える程も居ないくらいだ。


 それのみを比べるならば、確かに、ブリアーニ伯爵の花嫁は、真実彼の“花嫁”となる。

 伯爵のただ一人の正妻として、島へ共に赴く。

 伯爵が、他に妾を伴って島へ赴いたという記録は、いくらさらっても出てこない。


 当然だ。


 伯爵の“花嫁”は、大陸最強の使い魔を従える“主”でもあるのだから。


 ロマーノ公国の吸血鬼たちは、人間との共存を選んだ者たちではあるが、それでもやはり彼らも魔物であることに変わりはない。

 もしも、何かの拍子にオーク大陸に棲まう魔物たちに引きずられ、ブリアーニ伯爵があちらへ寝返る事は、万が一にもあってはならない事。

 そうならないために、伯爵は、島へ赴く前に“花嫁”と契約を交わす。


 それは、この国の人間の誰しもが、必ず一度は行う契約だ。

 魔物を使い魔とし、それを主として使役するための契約。


 伯爵の“花嫁”は、二度と出られない島で、日々戦いで消耗していく彼に自らの血を与えて癒し、また彼が闇へ引きずられる事のないよう手綱を握る役を求められる。

 しかも、確かにただ一人の妻である事は間違いない。……間違いはないが、正妻とはいえ島での暮らしでは贅沢もできない。

 他の、伯爵家――いや、男爵家でも、正妻ともなればそれなりの暮らしが約束されるというのに、だ。

 ……それを、贄と呼ばずして何と言うのか。


 無論、貴族の結婚が必ずしも幸せであるとは限らない――どころか、大半が愛を伴わない政略結婚である事は承知している。

 場合によっては、年が倍以上、下手をすれば親より上の男に嫁がされるとか、そういう可能性だってある。

 ……それでも。


 ヴァネッサは、ブリアーニ伯爵の“花嫁”にされる位なら、まだ半分棺桶に足を突っ込んだ好色ジジイに嫁ぐほうがマシだと考えていた。


 だから、父からの要望に応えるなら、ヴァネッサが選ぶべき道は一つしかなかった。

 野蛮な男の“花嫁”になるのは嫌だが、ブリアーニ伯爵の花嫁にされるよりはマシだ。


 「どうせ、血を求められる時以外にそうそう関わる必要なんかないはずだものね」

 その一瞬だけ目をつぶれば、あとは華やかな皇都で贅沢三昧の暮らしができる。

 そう自分に言い聞かせ、ヴァネッサは侍女にお気に入りの針子を呼びに行かせる。


 「決めた。私、ジルベルト様の“花嫁”になるわ」

 


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