夜会への誘い
「……それ……は、つまり、私をダリオ様の花嫁に推薦してくれる、と。そういう事……な、の?」
「いいや。――俺とダリオは知っての通り、双子だ。だから、俺が次期ブリアーニ伯爵として、島へ赴く。……が、その為にはどうしても必要なものがある」
彼は、冗談の色の全く見当たらない真剣な眼差しでミリアに問いかける。
「ミリア。ジルベルト・ブリアーニ伯爵の“花嫁”として、――俺の“主”として、共に島へ赴くか、と俺が問うたらお前は、何と答える?」
「それ……は、私は……! ……でも、店が――」
焦がれ続けた夢に、手が届く。その希望に一瞬ミリアの瞳が輝いたが、すぐにそれは曇りに変わり、そして彼女は目を伏せてしまった。
「……ここは、貴方が最初に言った通り、公爵家が管理する公営街区。ここも、公爵様から格安で借りている物件よ。……でも、格安で借りられる代わりに、色々細かな条件があるのは、貴方も知っているでしょう、“殿下”なら」
「ああ、知っているとも。だが、伯爵の“花嫁”に選ばれたなら、それが最優先事項となり、その他の些細なあれこれの処理については公爵家が責任もってカタをつける事になっている。そしてここは、公爵家が管理している物件だ。つまり、そういう心配は一切いらないって事だ」
だが、ジルド――いや、ジルベルトはそう請け負った。
「――おそらく、あと数ヶ月。長くとも一年は保つまい。現ブリアーニ伯、つまり俺の叔父上の奥方が、そういう状態だという知らせが届いた。……花嫁を失えば、伯爵もそう遠くない未来に彼女の後を追う事になるだろう」
ジルベルトは荒れる感情を無理やり押さえ込んでいるようなかすれた声で言った。
「……現ブリアーニ伯爵がその地位を継いで、たった20年足らずだ。公爵は、それが平均的な数字だと言った。けど、それはあまりに短すぎる。俺は、その数字を少しでも伸ばしてやりたい。……いずれブリアーニ伯爵の名を継ぐだろう、俺の甥っ子のためにも」
ブリアーニ伯爵の代替わりの理由の大半が、花嫁の消耗なのだ。
「確かに、島の環境は過酷だ。……だが、俺たち吸血鬼の寿命は長く、身体も頑丈だから、花嫁さえ……主さえ無事なら、30年でも40年でも、充分戦える。だが、蝶よ花よと育てられた箱入りのお嬢様はその環境に耐えられず、20年足らずで衰弱してしまう。……だから俺は、貴族のたおやかなご令嬢ではなく、市井のしたたかな娘を見繕うつもりで、街へ降りて――そして、こうしてお前と出会った」
確かにミリアは、血こそ半分は伯爵令嬢であるが、蝶よ花よと育てられたお嬢様ではない。
彼は島の環境を“過酷”と言ったが、それをさっき否定したのはミリア自身だ。
「……が、まあ、流石に今の今でこれだけ重大な選択を迫って、今すぐ答えを出せというのはいくらなんでも無体が過ぎるな。……だが、期限が迫っているのもまた事実」
ジルベルトは一通の封筒をミリアに差し出した。
「ひと月後、公爵家の別邸で夜会が開かれる。――お題目は勿論、俺たちの“花嫁”探しの宴だ。もしも、出るつもりがあるなら、一週間前までに必要事項を記入して俺に渡せ」
白い上等な紙に、金のライン。そして、封蝋は――確かに公爵家の紋章が押されている。
それは、間違いなく本物の、舞踏会への招待状だった。
「お前が答えを出すまでの間は、店の仕事を手伝う。……だが、もしお前が『NO』と答えを出したなら、俺は他に花嫁を探す。……お前には悪いが、店の手伝いは辞める。そのつもりでいて欲しい」