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贄の花嫁  作者: 彩世 幻夜
狂想曲
110/111

ただ一つの茨の道へ

 体が、だるい。

 筋肉が、神経が、痺れたようにぴりぴりと地味な痛みを訴えてくる。

 それを受ける頭も重しを入れられたようで。

 それに引きずられるように、胃をかき回されているような吐き気がする。

 調子の悪くないところが、さしあたって思い当たらない。

 そんな、最悪としか言いようのない状態に、ミリアは小さくうめき声をあげた。


 ……幸いにも体は丈夫で、寝込むまでの不調などこれまで滅多になかった。

 怪我の方は日常茶飯事で、だからその痛みには慣れている。

 しかし、こういう方面での不調には慣れていないのに、ここ最近やたらとベッドに懐きっきりになる機会が多すぎる。


 (……で、今度は一体どうしてこんな事になったんだっけ?)

 考える行為を拒否したがる脳に鞭打って、記憶を辿ろうとしながらまず周囲の様子を探ろうと目を開けて――


 「気が付かれましたか?」


 落ち着いた声音が、静かに降ってきた。

 聞き覚えのない、低い大人の男性の声だ。


 だが、目に映るのは暗闇ばかり。気配で声の主の居所は察することができるが、それが何者かを探るに足る情報は得られそうにない。

 こんなどこの誰が敵かも分からない状況で……

 ……そうだ、さっきも勧められた酒を口にした直後から記憶がない――

 そんな今、「あなたは誰?」等と馬鹿正直な疑問を口にするのはあまりに短慮に過ぎる。


 かといって、今の体調でまともな思考など不可能だ。


 (ジルベルト……は?)


 あの時、彼もまた同じ酒の入ったグラスを手にしていた。


 誰が何を狙って仕組んだかは知らないが、あの時カーラも、彼女の両親もが同じ酒を口にしていたからと、油断していた。

 もしや彼も今頃……?


 嫌な事を思いつき、ミリアは可能な限りの神経を、周辺の情報収集に充てた。

 息を殺し、耳を澄ませ、空気の流れを肌で感じ取る。


 すると、すぐ傍に自分のものでも、先ほどの声の主のものでもない、荒い息遣いに気づく。

 自分と同じように苦痛に喘ぐ者のそれに交じるうめき声は、間違いなく彼――ジルベルトのもの。


 では、やはり彼もあの酒を口にしてしまったのか。


 ……けれどそうなると、本当に誰の仕業だろう。

 もし被害が自分だけなら、ミリアはカーラを疑っただろうけれど。

 今のこの大事な時に、彼女がジルベルトに何かするとは思えない。


 ジルベルトを害そうと動くなら……

 まあ、黒幕は分かりきっているいるが、その手先となって動いたのは誰なのか。

 そういう輩と縁の無い家のはずなのに。


 のろのろと、通常に比べて苛々する程回転の遅い頭でぐるぐると考えを巡らせる。


 「大丈夫です。一時は危険な状態でしたが、幸いにも的確な処置を行えましたから。意識が戻れば、もう心配はありません」


 闇に、ぽっと小さな火が浮かぶ。

 それがそっと、ミリアの枕元に近づき――照明に火が灯される。


 ぼんやりとした、橙の光に照らし出されたその男の顔を、やはりミリアは知らなかったが、彼の言動から医者か薬師の類かと推察する。

 「殿下の方も、流石に日頃の鍛錬の賜物でしょう。命に係わる危機は去りました。しばらくの養生は必要ですが、じきに回復なさるでしょう」

 まるで囁くような、ごく小さな声でも難なく聞こえる程に静かな場で。


 「……命の危機は、もうありません」


 一呼吸置いて。


 「ですが。今しがた、公邸より使者が遣わされ、勅書が届けられました」

 彼は、その勅書に記された命令を告げた。


 「このまま養生すれば、命は勿論、重篤な後遺症等の心配もなく回復される。……しかし、今無理をされればそれも十分にあり得る」


 しかし、かの勅書を無視すればどうなるかなど、下町の子どもだって知っている事で。


 「いかがなさいますか?」

 問われたところで、答えなど初めから一つしか許されていなかった。

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