絶たれた糸
ジルベルトにとって、それは既に幾度か繰り返した動作。
しかし、いつもは甘い彼女の血が、今日は舌が痺れそうな刺激的な苦味に甘さなど感じる余地はない。
しかもそれは、飲み下した瞬間に喉を焼き、腹の中で暴れまわり、脳天までその熱を突き上げてくる。
正直、口に含んだ瞬間に吐き出したくなる。
ジルベルトはそれを必死に堪え、ひたすら彼女の首筋に吸いついた。
余裕など、あるはずもなく。
……カーラの言葉は、確かに正論で。責任ある立場にあるジルベルトは、本来ならそちらを選ばなければならないのだ。
しかし、その選択をする事が、ジルベルトはどうしても出来なかった。
その提案をするカーラが、ただただ腹立たしくて。
ただ、ミリアを死なせたくないというそれだけの理由を、無視できなくて。
彼女を軽視するような言葉に、つい激情に流され、カーラを殴ってまで私情を優先した。
――本当に。
ダリオのことは言えない。
それでも脳裏のどこかには、奴よりはマシだと思いたい自分が居る。
どちらにせよ五十歩百歩だというのに。
……彼女が、欲しくて。ひたすらに血を貪る。
その光景を、呆然と眺めるカーラの肩に、男の手が触れた。
――男らしく骨ばってはいるが、軍人であるカーラなら軽く捻れる様な華奢な手だ。
なのに、直前に囁かれた言葉に、ミリアは痺れたように動けなくなった。
「な、何……? 何のことかしら?」
腫れた頬が邪魔をして、上手く喋れずどもりながら、カーラはとぼけた。
「私がここへ喚ばれる直前、差出人不明の手紙が届きまして。……内容を、その場では信じられずに人に頼んで厨房を調べさせました」
しかし、彼はそう言って、スッと彼女の目の前に見覚えのある紙の包みを差し出した。
「こちらをお持ちでいらしたお嬢様には、別室にてお待ちいただいております」
カーラは、痺れた頭でぼんやり考える。
“密告状”の送り主は、誰……?
――いや、考えるまでもない。このタイミングでそんなものを送りつけられる者など一人しかいない。
そう、分かっていたはずのことではなかったか?
彼が、不必要なものを簡単に切り捨てられる――そういう男であると。
ジルベルトが自ら選んだ腹心である自分の所業が表沙汰になれば、当然その咎は上司である彼にも責任は及ぶ。
今でさえ、彼は厳しい立場にあるのに。
自分はそこからさらに崖下へと彼を突き落とす役を、知らぬうちに演じさせられていた。
カーラは、そんな簡単な事すら分からなくなっていた自分に愕然とする。
「私……は……」
ぷつんと操り糸を切られたかのように、彼女はそのままへたりこんだ。