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贄の花嫁  作者: 彩世 幻夜
狂想曲
102/111

蜘蛛の毒餌

 ――それは。華やかな場を見慣れたヴァネッサからすれば、夜会などと呼ぶのもおこがましい、せいぜいが招待人数の少し多い茶会のような集まりで。

 ヴァネッサが名や顔を知る着飾った令嬢も、貴公子も居ない。

 招待客は、普段の社交界には滅多に出てこないような者たちばかりのその集まりに、ヴァネッサは欠片も魅力を感じない。

 こんな会に招待されたいとも思わない。

 


 ――だが。


 「ちょっと、そんな所でぼさっと突っ立ってるんじゃないよ。ほら、怠けてないで、さっさと皿を運ぶんだよ!」

 今、ヴァネッサが身に纏っているのは流行りのドレスではなく、この屋敷の使用人のお仕着せだ。

 給仕が招待客から受け取り、下げてきた食器が、厨房に積み上がっていく。

 「次の料理が出るよ! 早く皿を洗って!」

 「酒がもう無いじゃないか。誰か、倉へ下りて持って来い!」


 ヴァネッサが今居るのは、屋敷の厨房である。

 ……ダリオから頼まれ、今日限りの臨時使用人として雇われている。


 そう、今の状況はまるで……


 「なんで、私が、こんな所で、こんな事を……!」

 まさにこの状況は、ついこの間までの自分と彼女の立場の逆転。

 最近、それを感じる場面は度々あったけれど、ここまで直接的に実感しなければいけないのは初めてだ。


 こんな屈辱的な事、できるなら即座に断ってしまいたかった。


 しかし。

 様々な噂と憶測が街に溢れる中、ついに父――ローズ家当主が、騎士に拘束され、城に囚われた。

 それに伴い、伯爵家の屋敷も、公爵家預かりとなり、残り少なかった使用人もついに誰も居なくなった。


 その凋落ぶりに、癇癪を起こしてばかりの母しかいない、屋敷に、今はまだヴァネッサも住むことを許されてはいるが。

 いずれ、そう遠くない先には、市井に下り、働き口を探さねばならなくなる。


 それを阻止するために、最早猶予は無く、ヴァネッサに選択の余地など残されてはいなかった。


 ヴァネッサは、お仕着せのエプロンのポケットに忍ばせた小瓶を、きつく握り締め、必死に屈辱に耐え続ける。


 ――その時を、待って。


 このひと雫で、未来が変わる。

 もう一度、今のこの立場を逆転し、元に戻す――いや、それ以上、もう二度とこんな馬鹿げた事が起きないよう、徹底的に彼女の道を塞ぐ。


 その為だけに、ヴァネッサは慣れない皿洗いなどしているのだ。


 何しろ、ダリオだけでなく、この屋敷の主の一人が、今回の協力者なのだ。

 失敗しないはずがない。


 「酒を持ってきたぞ! どこへ置けばいい?」


 ――ほら、来た。今が、その時だ。


 「はい、こちらへお願いします。今、グラスにお注ぎしますわ」


 社交用の笑みを貼り付け、ヴァネッサは瓶を傾ける。

 そっと、グラスの並ぶ盆を、皆の視線から自分の身体で隠し、瓶の中身をひと雫ずつ、全てのグラスに落としていく。


 「さあ、どなたか、これをホールへ出してくださいません?」


 用意のできた盆を差し出せば、慌ただしくそれを給仕が受け取り、ホールへと運んでいく。

 

 夜会の会場であるホールから、悲鳴が聞こえてきたのは、それからしばらくしての事。

 不安そうな顔を浮かべる使用人たちの中、ヴァネッサだけは、顔を伏せながら、そっとほくそ笑んだ。

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