網の中で
成る程、確かにそれは、伯爵家で催される夜会を基準にするならば、実にささやかな――本当に内輪だけの集まりで。
例えばヴァネッサなら、これを“夜会”などとは呼ばないだろう、ごく小規模な会だ。
いつも裏方で、伯爵家で行われる煌びやかな会を見慣れたミリアだが、こうして夜会に客として招かれるのはこれで2度目だ。
けれど――
「これはこれは、殿下……! よくぞおいでくださいました」
たった一人で挑んだ前回のそれとは違い、今回はドレスで着飾ったミリアの腕を取る、エスコート役を伴っての初めての夜会だ。
何より。
「いつも娘がお世話になっております。……殿下にご迷惑などおかけしておりませんでしょうか?」
「……いや。カーラは良くやってくれている。今日はむしろこちらの方が世話になる。よろしく頼む」
ミリアの腕を取るジルベルトと挨拶を交わすのは、そう、“彼女”の両親。
――吸血鬼の、貴族家。
彼らの内輪の集まり、という事はつまり、この会に集いし者たちは。
「では、そちらのお嬢さんが噂の……?」
若々しく見える容貌の揃う彼らだが、その実、ローズ家現当主の倍近く年上の者たちばかり。政治や軍の中心からは遠くとも、長い時の中培ってきた人脈は健在だ。
噂は彼らの耳にも既に届いてるらしい。
「……貴殿の耳に入った噂がどんなものか私には分かりませんが。――まあ、確かに彼女に関する話が広まっているらしいですね」
ジルベルトが、苦笑いを浮かべながら肩を竦めてみせる。
「父上!」
それを咎めるようにカーラが声を上げる。
「……いや、これは失礼」
しかし、それをどこ吹く風と受け流し、彼はニッと牙を覗かせ笑顔を浮かべる。
「確かに巷の口さがない者たちの噂話も耳に届いていますがね。何、いつの時代も噂というものはそういうものですよ」
屋敷の主の言葉に、周囲の客も穏やかな微笑みを浮かべながらそれに同調する。
「良い噂、悪い噂。信じるにしろ信じないにしろ、鵜呑みにするような若気の至りは既に卒業しました故に。我らは“話題”になっているお嬢さんは気にしても、噂の内容など大して気にしてはおりません」
ここに居る者たちの意見で、国政や国防が動くことはない。
しかし、今後のそれらの行方次第で、自らの家族や、自領の領民たちが巻き込まれる可能性があるから、情報だけはきちんと仕入れ、自ら判断を下す。
「――ようこそ、ミス・ミリアム・ローズ。どうぞ、今宵はごゆるりと、我が家の夜会をお楽しみ下さいませ」
少なくとも話を聞いているなら、ミリアがほぼ一般庶民に等しい人間である事くらいは承知しているはず。
だが彼は、ジルベルトにしたのと同等に、ミリアにも丁寧に歓迎の挨拶を口にする。
「いえ、こちらこそ。ご挨拶が遅れまして、申し訳ございません。今宵はご招待をいただき、ありがとうございます」
ミリアは、少しだけ緊張を緩め、彼に笑顔を返した。
――ジルベルトは、気づいていないようだが。
カーラからは、確かに敵意を感じる。
しかし、今宵のホストである屋敷の主夫妻からはそういったものは感じられない。
他の招待客からも、視線は感じるけれど、それに敵意は感じない。
「私も、彼女も、こういった事には不慣れで、何かと至らぬ点があるかもしれないが、重ねてよろしく頼む」