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贄の花嫁  作者: 彩世 幻夜
開幕
10/111

開店

 惣菜屋の朝は早い。

 まずは、店に出すパンを作るところから、一日が始まる。

 まだ日の出ない暗いうちからパン生地を捏ね、一次発酵させている間に、昨夜のうちに仕込んでいた物を、店頭に並べられる状態まで仕上げる。

 パンを成形し、二次発酵させている間に、店舗と、店の前の通りの掃除もこなさなければならない。

 パンをオーブンに入れ、焼成している間にスープと昨夜のパンの残りと卵をかきこむだけの朝食を済ませた頃に、ようやく山の向こうから太陽が顔を出した。

 ミリアは、急いで店頭に料理を並べ、店を開ける。


 家族の居る者は、今頃妻や母親の作った暖かい朝食を楽しんでいるだろう時間だが、独身の、一人暮らしの若者などはそろそろ家を出て仕事場へ出かける頃合だ。

 彼らこそが、まず最初のターゲット。


 ミリアは、店頭に使い捨てに出来る紙で出来たカップを大量に積み上げ、それを昨夜から仕込んだ暖かいスープとシチューとで満たしていく、その傍らで、潰したポテトやアジの衣揚げを、食べ歩きができるよう懐紙で包んだものと、パンに挟んでサンドイッチにしたものとを支度する。

 更にそれと同時進行で、使い捨ての容器に冷めても味の落ちない惣菜をいくつか選んで詰めた弁当を数種類用意して、目立つところに陳列していく。


 「さあ、ジルド。仕事よ。このカップを通行人に無料で配ってきて。それと一緒に、この券も」

 スープとシチューの入ったカップをいくつか盆に乗せ、ジルドに持たせる。

 それと一緒に、名刺サイズの紙の束も。

 「成る程、まずはこのスープとシチューで足を止めさせ味を覚えさせて、更にこの割引券で店に興味を持たせ、仕事場へ行く間に食いきれる軽食を買わせ、あわよくば昼食用の弁当まで買わせて更に宣伝効果を狙う、か」

 「そうよ。まずは、店をお客に認知させなきゃ。初日から儲けは期待しない、――商売の基本だわ」

 味には、自信がある。……が、それを知ってもらうには、まず食べてもらわなければならない。

 当分は赤字覚悟で宣伝に力を入れるというのがミリアの作戦だ。

 ミリアの料理の味を知ってもらえば、比較的良心的な値段の惣菜を売るこの店はきっと評判になるだろう。

 そうなれば、流石に昨日の話のように貴族のような暮らしが出来る程とはいかなくとも、店の改装や綺麗で新しい店舗を手に入れられる位の額は稼げる。


 「今日はその第一歩。こういうのは、大体が最初が肝心なの。今日一日は採算度外視、大盤振る舞いで開店セールをやるのよ」

 ジルドに持たせた物以外にも、次、その次、そのまた次の分までどんどんセットしていく。

 「通勤時間が終わる、10時までがまず最初の勝負どころよ。さあ、行って」

 ミリアはジルドの背を押し出すようにして表の通りへ放り出す。


 「……貴方の成果次第では、店を終えたあと、ボーナスをあげてもいいわ」

 「へぇ、そりゃぁ気前の良い事で。でも、そういう事なら俺も本腰入れてみるかな」

 彼はニヤリと笑って言った。

 

 「おい、ミリア、本気かよ?」

 「ええ、勿論。あんたも分かってるでしょう、ウィスカー? 今日一日がどれだけ大事か。その為だっていうならその位は安いものだわ」

 彼のたらいを店の外の台の上に設置しながら、彼女は言った。

 「ウィスカー、あんたも今日一日、招き鯉としての仕事を頑張れば、特別にイワシと鶏のつみれを夕飯につけてあげるわよ」

 目の前にぶら下げられたあまりにわかりやすい文字通りの『餌』に、ウィスカーはグッと言葉を詰まらせた。


 「さあ、それじゃあ私は店番をしながら次――買い物に繰り出す奥様方を狙って、お昼や夕飯、それにお茶の時間にピッタリなおかずとデザートの用意をしないと」

 腕まくりをし、パンと気合を入れるように手を叩き、ミリアは意気揚々と厨房に立った。


 午後には一度、ジルドは食材の仕入れに出かけるために店を空ける。

 その間も店を問題なく回すための準備も必要だ。

 目が回るほど忙しいが、ミリアはこの位の忙しさには慣れている。


 「惣菜屋、ミリアム・ローズ、本日開店!」

 道の端から端まで通る大きな声で、ミリアは叫んだ。

 「本日、開店セール実施中、是非お立ち寄りください!」

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