第7話 【調理場】
祭月一日(8月1日) 光日
前回の備忘録以降、この施設の人に何か貢献できないかを色々と考えた。
僕にしかできないこと。日本人である僕が知っていて、十紀の人たちが知らないこと。
そのヒントは僕が書いているこの備忘録の中にあるはずだと思い至り、再度備忘録を読み返してみた。
―食事はどうだろう。
食材や調理法を工夫すれば、そんなに手を掛けなくても日本で食べていたような美味い物が作れるのではないだろうか。
まず手始めに調理場に行ってみた。
ところが部屋履きを履いたまま行ったのがまずかったらしく、調理場の人たちをかなり怒らせてしまったらしい。しかも調理場は気難しい人が多いようだ。いきなり新参者の僕が「こんな料理はどうですか?」なんて言ったら逆効果だろう。まずは仲良くなることだ。仲良くなって、彼らが困っていることを聞き出そう。そのためにこの二週間、毎日のように調理場に通い、挨拶をしている。人間関係の基本は挨拶からだ。そして足元はもちろん裸足だ。同じ愚は犯さない。
何人かの人と世間話ができるようになった頃、調理場で誰かが鼠の話をしているのを小耳に挟んだ。
今年は鼠が多く、食糧や建物を齧られて、相当困っているらしい。そういえば先日散歩している時に、道路脇の側溝に、鼠のような生き物が多数蠢いているを見つけた。あれだ。
でも鼠退治と言っても、何をどうすればいいのだろう。この世界にはホウ酸団子のような毒餌が売っているだろうか。いや、そもそも僕はお金を持っていないし、そんなものが売っていて実際に有効であるのなら、調理場の人たちが今も手をこまねいているはずがない。
そんな風に色々と試行錯誤していると、ふと『ハーメルンの笛吹き男』を思い出した。確かあの物語では鼠を川の中に落として退治していた。笛で鼠を操るのは不可能でも、鼠を落とし穴に落とすだけなら可能ではないだろうか。
早速、調理場の人に鼠退治をさせてもらえないかと持ちかけた。最初はあまり良い顔をしなかった調理長も、「俺たちが色々考えても上手くいかなかったんだ。どうせ上手くいかないから好きにやらせてやれ」と了承してくれた。
調理場の人達に、今までどんな対策を講じたのか聞いたところ、落とし穴は既に作ったことがあるらしい。ただ、鼠というのは存外頭の良い生き物らしく、仕掛けている罠は避けて目的の食料だけを齧るのだそうだ。こういう内容なら、調理場の人も気さくに話してくれる。
それにしてもどうしたものか。鼠に警戒されては、どんなに凝った罠も意味が無い。……ならば警戒させなければ良い。餌付けでもしてみるか。