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第6話 【奇人・変人・新人 ~小太郎かく語りき~】

 最近、新入りは毎日のように調理場に顔を出すようになった。

 新入りは竜災害の後遺症で記憶がないらしい。男でも見惚れるほど綺麗な顔をしているし、背がやたらと高けぇ。旗田さんの次くらいに高いんじゃねぇかな。そのせいで女どもはキャーキャー纏わりついて持て囃し、我先にと新入りの世話を焼きたがる。そんな光景を見せつけられて、はじめはイケ好かねー野郎だと、冷たくあしらっていたけど、最近ではちょっと考えが変わってきた。いや、むしろ結構気に入ってきてる。


 最初にあいつが調理場に顔を出したのはいつだったかな。あいつが来てから半月くらいした頃だったっけか。

 一番忙しい昼飯時の作業が一段落ついた頃に、調理場の入り口に新入りがひょっこり現れて、中を覗きこんでた。するとすかさず俺の幼馴染みで、この調理場でも一番喧嘩っ早い康晴(やすはる)が掴み掛かりそうな勢いで凄んだ。あいつ、初恋の女を横取りされてから、ああいう女にモテるタイプの男を毛嫌いしてたからなぁ。


「おい、てめえ! 一体何のつもりだ? 部外者がチョロチョロと他人様の仕事場に土足で上がり込むんじゃねえ!」


 普通、出会い頭にこんな喧嘩腰で来られたら、誰だってカチンとくるだろ? お前こそいきなりなんだ、ってね。ところがあの新入りは、まるでこちらの予想しない反応を返したわけだ。


「え、これは土足ではなく部屋履きなんですが。ここは部屋履きも禁止ですか?」


 俺は吹き出しそうになるのを必死で堪えたよ。なにせ康晴が炭火みたいに顔を真っ赤にして、全身プルプル震えてるからよ。とばっちりはゴメンだ。


「てめえ、俺をコケにしてんのか? 俺をキレさせると、一生涯自分のおしゃべりな舌を恨みながら惨めに暮らすことになるぞ、コラ。」


 新入りはちょっと困ったような顔で言った。


「おしゃべりと言われたのは初めてです。いや正確に言うと、記憶がないので、以前自分がおしゃべりだったかどうか分からないんですが…。」


「うるせえ! 黙れクソ野郎! ああ言えばこう言う。いちいちこっちの揚げ足取るようなことばかり言いやがって、ムカつくんだよ! てめえやんのか、あん? 痛い目に遭わなきゃ分かんねぇなら、表出ろや!」


 新入りは怯えるどころか、目を丸くして感心したように言った。


「すごいですねぇ。僕なんかより、あなたの方が余程饒舌ですよ。よくぞ咄嗟にそれだけの言葉が淀みなく出てくるな、と感心します。話術の訓練をされたことがおありですか?」


 無言で立ち尽くす康晴の怒りは、完全に沸点に達した。康晴の周囲に揺らめく赤い闘気が見えた気がする。その時、奥から調理長の低い声が響いた。


「康晴! さっきからギャンギャンうるせえぞ! お前がいちいち噛み付くから、そいつが何しに来たのか全然分からんだろうが。裏の井戸で頭冷やしてこい!」


 調理場で働く俺らは皆、調理長には絶対服従だ。料理の腕前だけでなく、腕っ節でも調理長には叶わない。反抗的な態度の奴は、ことごとく拳で序列を叩き込んできた。調理長が怒声を上げると、ヒグマに出くわしたみたいに体が硬直してしまう。調理長はこの調理場において絶対君主として君臨している。

 康晴もシュンとして、不承不承調理場を出て行った。その際に、わざと新入りの腕に肩をぶつけていくあたりは、まだまだ幼稚だねぇ。ま、俺も人のことは言えんが。


「で? あんたは何しに来たんだ? 俺の作った料理に文句でもつけに来たか?」


 調理長が奥からゆっくり入り口に向かいながら、新入りに睨みをきかせた。


「いえ、文句なんてとんでもない。ところであなたがここの責任者の方ですか? 心のこもった料理、全部食べさせていただいています。いつもありがとうございます。

 実は、さっきの話でも触れましたが、私は記憶がありませんので、いただいた料理は初めて味わったものばかりなんです。どんな材料を使って、どんなふうに調理されているんだろうと、それが知りたくて伺ったんです。お邪魔なのは重々承知です。ただ、お手隙の時にでも食材や味付け、調理方法などの話を聞かせていただければ有難いのですが。」


 こんの馬鹿が! 少しは空気読め! 調理長が苛ついてんじゃねえか。この後とばっちりを食うのは俺らなんだよ。子供みたいにあどけない顔しやがって。おいおい、調理長を上から見下ろすな。このオッサン、背が低いの結構気にしてんだよ!

 すると調理長が錐のような鋭い目つきで新入りを睨みつけ、低い声で言った。


「新入りでここのことをあまりよく分かってねぇようだから、今日のところは勘弁してやる。ここはなあ、てめえみたいなトロ臭い奴が、興味本位で出入りしていい場所じゃねえんだよ。

 それにな、俺はてめえに何一つ教えてやる気はねえ。だから金輪際この調理場に、その呆けたツラァ見せんじゃねえ、分かったらさっさと出て行きやがれ!」



* * * *



 次の日、新入りは裸足で調理場に来た。その足元を見て、康晴が顔を赤くして小鼻をヒクつかせてたのを俺は見逃さなかった。ただ、昨日の件があるので康晴は新入りに関わることはもうしなかった。

 調理長は案の定、昨日と同じように新入りを追い返した。

 ところがこの新入りは筋金入りの変わり者だったようだ。

 何度調理長に「お前と話すことはない。」「素人がウロウロするんじゃねえ、邪魔だ!」「何度来たって答えは変わらねえ。だ・め・だ!」と野菜くずを投げつけられ、蹴り出されても一向にめげる様子はなく、毎日毎日、何事もなかったような顔をして、裸足で訪ねてきた。そして無視されても、邪険にされても、調理場の人間一人ひとりに丁寧に挨拶をし続けた。


 4~5日もたつと、調理場の何人かは少しずつ新入りと言葉を交わすようになり、十日もすれば、普通に世間話をする奴がちらほら出てきた。俺もその一人だ。

 あの新入りはなかなかに面白い。俺たちが当たり前だと思っていることに、一々感心してみたり、疑問を口にしたり。そのくせ誰も知らないことを、まるで当然と言わんばかりに話したり。それがまた結構おもしろかったりするんだ。

 鶏のモモ肉を醤油やショウガ汁に漬け込んで、小麦粉で衣をつけて油で揚げると旨いだとか、牛や豚の肉を細かく刻み、卵や炒めた玉ねぎと一緒に混ぜ込んだ物を丸く成形して油で焼くと旨いだとか、やたらと脂っこい肉料理の作り方を熱く語ってくる。確かに金持ちやお偉いさん方は肉も常食するらしいが、一般庶民はそんな高価な食材はめったに食べられない。つまり俺達みたいに、城壁外で大衆向けの料理を作る料理人は肉を調理する経験すら殆ど無いし、どうやっていいのかも分からんわけだ。

 でも、あいつの話を聞いていると食ってみたい、作ってみたいって気になるから不思議だ。


 あの新入りは本当におかしな奴だ。でもあいつが調理場の入口に現れる時間を、俺は最近心待ちにしていたりもする。もうすぐ来るかな、お、きたきた。


「おう、今日はいつもよりちょっと遅かったな。」


 新入りはちょっと嬉しそうに笑った。さあて、今日はどんな面白い話を聞かせてくれるかな。

 へ? 鼠の餌? おーい、誰か知らねぇか?


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