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cafe wonderland  作者: 天草暦
9/19

始動

「担当・・・?」

「ホール係と、キッチン係よ。まあ勿論キッチンは睦月と蓮君は絶対なんだけど・・・お手伝い的な感じでもう1人、2人欲しいのよね。ホール兼キッチン係を。5人の中で飲食店経験者は・・・弥生ちゃんと奏君しかいないわね。」

「んー・・・でも俺簡単なのしかできないっすよ?飾り付けとか、サラダ作るくらいしか。」

「上出来よ。調理補助だからね。弥生ちゃんはどう?」

「・・・・飲み物、なら。簡単なのに限りますが。料理は・・・・ちょっと。」

「えー、女の子なのに?」

「女の子って料理出来るもんじゃないの?」

「・・・それは相当昔の話だと思うけど・・・。むしろ今男の人の方が料理できるんじゃ?」

「やよ、どれくらい出来ないの?」

「・・・出来ないんじゃない、苦手なだけ。」

「それは、出来ないんじゃ・・・。」


そう、苦手なだけだ。別にお米は炊けるし(たまに水の分量間違えるけど)、味噌汁は作れるし(インスタントの出汁と簡単な具だけど)、野菜炒めくらいは作れる(塩コショウの加減たまに間違えるけど)。

ただ、包丁を使うのが苦手なだけだ。野菜を切るとき、いつも友人や家族に注意されたのを覚えている。けどまあ、切れて食べれればそれでいいという考えなので、お店に出す様な切り方は出来た試しがない。

だから私は喫茶店でも絶対に調理はさせてもらえなかった。その代り、飲み物はよく入れていたのでそっちは完ぺきに覚えているけれど。


「まあ、飲み物が出来るならいいわ。じゃあ、キッチンは睦月、蓮君、奏君。ホールは弥生ちゃん、悠里君、秋君、春君にお願いすることにして・・・。」

「・・・・あんたは、何すんだ?」

「私?ああ、私は裏方よ。材料の発注だったり、シフト決めたりと雑用係ね。基本はお店には顔出さないから。裏方もねー仕事いっぱいあるのよ。それで人雇うのもどうかと思うしね。出来る事は自分でやりたいの。ああ、安心して。副店長の睦月と従業員最年長の蓮君に現場監督任すから。」


そういえば。私が働いている喫茶店は、そういう裏方の仕事は全部マスターの奥さんとマスターでやっていた。大変な仕事の様で、状況によって仕入れの数を変えなければいけないし、以前乳製品がめちゃくちゃ値上がりした時は物凄く大変だったと言っていた。

他にもその日の売り上げの計算などもしており、一日の大半はお店のお仕事を2階でしていた。

お店広そうだし、色々考えたら確かにそういう人も必要だよな・・・・。


「メニューはまだ絞れてないから、決まったらまた教えるわ。7月4日がオープンだから、その前の1週間は研修に来てくれないとだしね。メニュー覚えないといけないし、接客業した事無い人も多数だからね。ああ、あと制服は仕上げ段階に入ってるから、お楽しみに♪」

「あーそういえば制服支給って言ってたねー。」

「でもさ、僕らサイズ教えて事あったっけ?」

「大抵見たら分かるわよ。ああ、でも流石に女の子は分かんないから弥生ちゃんはハグさせてもらったけど。」


しん、と場の雰囲気が一気に静かになったのが分かった。そりゃあそうだろう。水月さんは何とも思ってないけど、周りからしたら結構な爆弾発言だ。どうしよう、みんなの視線が痛い。

てゆうか、あの抱きしめたのそういうことだったのか。と納得しかけたが、普通抱きしめたくらいで服のサイズって分かるようなもんなんだろうか。そう聞くと、水月さんはきょとん、とした顔でこう言った。


「ふつー分かるでしょ?」

「いやいやいやいや。分かる訳ないですよ。とゆうか、私にハグしたんなら他の人にもハグすればいいじゃないですか。」

「男の子抱きしめたって面白くないものー。」


あの行動にどぎまぎさせられた私の今までの時間を返せ。

場の雰囲気がおかしなことになってしまったが、「じゃあ次いくよ。」という睦月さんの言葉に皆耳を傾けている。

水月さんの所為で、あの子変ってる子だなとか思われてたらどうしよう・・・。


「最後に。皆に『課題』を出します。」

「課題ぃ?」

「そう。例えば、奏くんは少し料理の勉強をしてくること。後で僕がおすすめの本渡すから、家で読んで覚えてね。あとは台本みたいなのがあるからそっちも。蓮くんはメニューについて話し合いたいから、今度またこんなのどうですか、っていうのをレシピ書いて持ってきてね。」

「・・・・了解。」

「悠里くん、秋くん、春くんは接客業自体が初めてだもんね。なので接客マニュアルを渡すので、覚えてきてください。」

「は、はい!」

「「はーい。」」

「弥生ちゃんは・・・・結構な別メニューだけど、頑張ってね。」

「え?」


別メニューって・・・?まあ一応接客業はしたことがあるし(今もだが)、キッチン担当ではないので特に覚える事はないんじゃないかと思っていたけど・・・。皆と何か違う事をしなければいけないんだろうか。


「まずは、これあげる。」


そう言って睦月さんが足元に置いていた紙袋を私に手渡した。結構な重さだ。早速中を確認すると、そこにあったのは、5、6センチはあるであろうヒールの靴だった。よくゴスロリの人が履いている様な、可愛らしい黒の靴。

けど、これを渡されてどうしろというんだろうか?その疑問は、水月さんが直ぐに解決してくれた。


「貴方今日から、これを履いて生活してもらいます。」

「・・・・・・え、え?」

「貴方の衣装はね、これくらいのヒール靴を履いてもらうのよ。立ち仕事に高いヒールはきついから、今のうちから慣れてもらおうと思って。それに貴方あんまり高いヒール履いた事なさそうよね。」

「まあ・・・。職場はスニーカーですし、普段も3センチが精々限界ですから・・・。」

「それに、今の子って無理してヒール高いの履いて膝が曲がって歩いてる事よくあるのよね。あれ、物凄く格好悪いから止めた方がいいと思うんだけど。そうならない為にも、そうね・・・。家の中ではこれ履いて。外に出るときは仕事以外は極力ヒール高い靴を履いてね。」

「家の中で、ですか?」

「普段の生活から背筋と膝を伸ばして生活してれば、嫌でも身につくわよ。」


家の中で・・・家族にはダイエットと偽って履かなければ。下手に詮索されると困る。

靴を見ると、中には「23」と表記されていた。私の足のサイズぴったりだ。・・・・ん、とそこで疑問に思った。ハグで服のサイズが分かるのは、まあよしとしよう。けど足のサイズって、分かる筈がないだろう。

足だけ見て「何センチ」と当てられる人なんて滅多やたらいないと思うんだけど。


「水月さん。」

「ん、なに?あ、赤色とかのほうがよかったかしら?」

「いや、そうじゃないです。・・・・足のサイズ、何で分かったんですか?」

「足見たら分かると思うけど?」


まさかの滅多やたらいない人だった。この人、本当何者なんだろうか。


「後は・・・貴方は接客は出来るから、まあ1週間の研修でおさらいしてもらうことになるくらいかしらね。とにかく。美しい姿勢を保つ事に専念してね。」

「・・・・はい。」

「とりあえずは、これくらいかしらね。それじゃあ、みんなの返事を聞こうかしら?みんな、『cafe wonderland』で働いてくれるのよね?」


そういえば。3日前に言われた事をすっかり忘れていた。今日、仕事をするかしないかを返事するんだった。

周りを見渡してみると、皆すっかり決まっている様な顔だった。とゆうか、ここまで説明受けておいて今さらだろう。

おまけに私は返事は保留だったのに、こんな靴までもらってしまっては、答えは一つしかないだろう。


「・・・こちらこそ、お願いします。」

「・・・・俺もだ。」

「よ、よろしくお願いします!」

「あはは、よろしくー。」

「僕らも勿論。」

「お願いしますよ。」


全員同じ意見だ。その答えを聞いて、水月さんはにやりと笑った。横にいる睦月さんも微笑んでいる。


「決まりね。じゃあ、今日はこれにて解散ね。今度は1週間前の6月27日、午前10時にここに集合。動きやすい格好で来る事!それじゃあ、またお会いしましょうね!あ、蓮君はメニューについて話したいからちょっと来てくれる?」

「ああ。」


そう言って、水月さんと蓮さんは皆から離れ、水月さんが鞄から取り出した分厚い書類を見て話していた。蓮さんキッチン担当って言ってたから、料理が出来る人なんだ。・・・・少し、羨ましい。いやかなり。

携帯を見れば6時を過ぎていた。夜ごはんは家で食べると親に伝えてあるから、そろそろ帰らないといけない。この時間で土日でも電車の本数が少ないから、一本逃すとかなり待たないといけない。


「弥生ちゃん。」


そう思っていたら、声をかけられた。携帯から顔を上げると、そこにいたのは睦月さんだった。睦月さんは、メニューについての話し合いに参加しなくていいんだろうか。


「む、あ、えっと。四ノ宮さん?」

「睦月でいいよ。兄さんも名前で呼んでるんでしょ?僕も、兄さんと同じで名字で呼ばれるの好きじゃないんだ。」

「・・・・睦月さん。」

「うん。・・・兄さんから話は聞いたけど、男だらけの職場になっちゃって、大丈夫?」

「え?あ、べ、別に、そんなに男の人が駄目な訳じゃないです。慣れてないだけで。・・・・むしろ、ましというか。何といえばいいか・・・。」

「・・・・よかった。近付いて悲鳴あげられたらどうしようかと思ったよ。」

「・・・・流石にそこまでは・・・・。」


ちょっとどもってしまった私の思いを察してくれたのか、睦月さんは何も聞かなかった。

・・・・助かった。正直、あんまり昔の話をするのは好きじゃない。思い出したくないからだ。

ここで働く人、空気読むスキル高そうだな・・・。


「兄さんが気にいったって言ってたから、どんな子か気になってたんだけど・・・さっきのドSっぷり凄くよかったよ。あれ地?」

「・・・違います。好きな漫画にそういうキャラがいたことを思い出したら、咄嗟にあんな風に・・・。」

「あれ、凄く面白かったよ。楽しみだなあ、本番。」

「睦月!ちょっと来てくれる?」


談笑していると、水月さんが呼ぶ声が聞こえた。睦月さんは話を切り上げると、「じゃあ、また今度」と言って2人の所へ向かって行った。後ろ姿を追っていくと、睦月さんは若干右足を引きずりながら歩いていく。・・・怪我でもしているんだろうか。そんな怪我人の様な雰囲気には見えなかったけど・・・。

と、そんな事を考えていたら、両腕を思い切り掴まれた。驚いて転びそうになったけど、踏ん張った。

見れば、双子がにやにやと私の両腕を掴んで笑っていた。まるで悪戯に成功して喜ぶ子供の様だ。


「へえー転ばなかったね。意外と足腰強いんだねー。」

「えっと・・・・春君?」

「お。せーかぁーい!何で分かったの?」

「ネクタイの色、とか。ピアスとか。あと、春君の方が声が高いから。」

「・・・声?僕も春も同じ声だと思うんだけど・・・。」

「そう?結構違うと思うんだけど・・・。」


そう言うと、二人は顔を見合わせて、なんだか嬉しそうに笑った。・・・悪戯に成功した事がそんなに嬉しいんだろうか。


「面白いね、弥生。」

「すっごいね、僕らを声で見分ける人初めてだよ。」

「・・・・どうも。」


おそらく褒められてるので、お礼を言う。それが面白かったのか、二人はまた笑った。

声で見分けるって、意外と簡単なのに。誰もした事がないなんて、寧ろそっちの方が珍しいと思うんだけど。

あと、さっきから彼らは名前呼び捨てだったりタメ口だったりなんだけど、私を年下と勘違いしているんじゃないだろうか。


「あ。遅れちゃったけど、弥生って呼んでいい?ちゃん付け苦手なんだよねー。」

「あとタメ口で。どうせ一つしか違わないんだしね。僕ら、あんまり歳が近い友達いないからさ。1個上とか1個下とかどう接していいか分からないし。」

「・・・・そうなの?」

「基本は二人でいるよね。話しかけてくるのお偉方のおっさんおばさんばっかだし。」

「鬱陶しいからあんまり話さないけどね。」


お金持ちのお坊ちゃんというのも、中々に苦労していそうだと思った。特にこの二人、さっきの設定にもあったけど二人でべったりってイメージが強い。この二人の間に割って入るのは相当難しいと思う。


「近付いてくる女の子は基本鬱陶しいのばっかだしねー。財産目当てが目に見えてるし。」

「そうそう。その点弥生はそんなの全く感じないよね。むしろ女の子らしくないよね!」

「・・・・それ褒めてるの?」

「「めっちゃ褒めてる!」」

「・・・・・。」


まあ、いいや。女の子らしくないと言われるのは慣れてるし。褒められているのなら、よしとしよう。


「・・・と、そろそろ帰んないとね。」

「だね。あー、面倒だなあ。じゃあ名残惜しいけど、また今度ね、弥生。」


そう言うと、いつの間に来たのか二人の傍には黒塗りのベンツが止まっていた。私の両腕を解放すると、二人はそれに乗り込み、窓から手を振ってその場から離れて行った。・・・・流石お金持ち。迎えに来る車が半端ない。

と、今度は腕ではなく頭に重みを感じる。必死になって顔を上に向ければ、今度は奏さんが私の頭を腕置きにするように両腕をのっけていた。重い。


「奏、さん?」

「双子のお気に入りになっちゃったねー。いじりがいのあるおもちゃって所?やよちゃん、やるー!」

「・・・・・・はあ。」

「かくいう俺も気にいったけどね。じゃあ、俺もいこっと。今からデートなんだー。」

「ああ、そういえば水月さん女好きって言ってましたね・・・。」

「あー、勿論やよちゃんも好きだぜ?てな訳で、今度デートしない?」

「いえ、結構です。」


そう断ると、「ちぇーつまんねーの。」と言ってようやく離れてくれた。頭が一気に軽くなる。

そして奏さんはじゃーね、と言ってその場を去って行った。携帯を取り出して「今終わったよー。」と聞こえたので、本当にデートの様だった。

残ったのは、私と悠里。お互い顔を見て、一緒に歩き出した。


「悠里、どっち方面?」

「俺は地下鉄。やよは?」

「JR。電車、あるといいな・・・。地下鉄はいいよね、いっぱい本数あるし。」

「え、でもJRもあるでしょ?地下鉄と違って急行とかあるし。あれ、羨ましいよ。」

「いいんだけど・・・残念ながらうちの地元、普通しか止まらないんだ・・・。」


田舎ってせつない。やっぱり、地下鉄通ってる所か、本数が沢山ある所に引っ越したいなと思った。

帰り道は行きと違って分かりやすい、来た道を戻るだけだ。これなら迷子になる心配もない。

あっという間に駅に着き、私はJR、悠里は地下鉄の入口へと辿り着いた。


「じゃあ、また今度。やよ、頑張ってね。足痛くなったら、無理しちゃだめだよ。」

「・・・・努力する。」

「あはは・・・。じゃあ、またね!」


そう言って、悠里は地下鉄の階段を下って行った。私もJR乗り場へと急ぐ。

電光掲示板を見ると、地元へ行く電車は発車8分前だった。運が良かった、改札を通り、乗り場へと向かう。

乗り場について、家に「今から帰ります」とだけ書いたメールを送った。送った丁度、電車もやってきたので乗り込む。

行きと同様iPodを取り出し、適当に曲を流す。外の景色を見ながら、今日起こった事を思い出した。

楽しかった、その一言に尽きる。色んな人と出会って、関わって、話して。凄く新鮮だった。

今までは、つまらなかった。明日になっても、明後日になっても、ただバイトして家に帰って。それの繰り返し。何も変わる事のない日々。それが今は、早く明日になってほしくて堪らなかった。

正確には、早く6月27日にならないかなと。こんなにわくわくするのは、一体いつ以来だろう。

早く帰って、早く寝て、明日になってほしい。けど、今日の出来事は刺激が強すぎて、中々寝付けそうにないなと思った

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