配役
おそらく水月さん以外全員固まってしまったんだろう。さっきから誰も一言も発しない。
どころか、「こいつ頭は大丈夫か?」みたいな顔をしている気がする。私達のそういう状況を察してくれたのか、水月さんの隣にいる男性が、水月さんに話しかける。
「兄さん、また言葉が足りてないよ。ほら、皆固まってるし。」
「ええ?さっきの言葉で分からないの?」
「誰しもが兄さんみたいな思考回路じゃないからね。全く・・・いいよ、僕が代わりに話す。」
さて、と水月さんの隣に並ぶように男性は移動する。兄さん、と言っていたからやっぱりあの人は話に聞いていた二男さんだろう。顔も何処となく似ているし、髪の色も同じ銀色。弟さんの方が少しだけ短い。水月さんは目の下にほくろがあるけど、二男さんは口元にほくろがある。背も水月さんの方が高い。唯お互い、着ている服はどことなく高級感漂っていた。水月さんは前みたいなスーツ。二男さんはシャツとズボン、というラフな格好だけれどなんだかきらきら、というかそう見えた。触り心地よさそうな素材。
「愚兄がごめん、僕からきちんと翻訳するね。」
「あんた実の兄に向ってなんてこと言うの!?」
「その前に自己紹介か。僕は四ノ宮睦月。隣にいる兄の弟です。29歳で、カフェではお菓子作りを担当します。よろしくね、十禅師春くん、十禅師秋くん、神月蓮くん、九重奏くん、葉月悠里くん、それと。唯一の女の子の葉桜弥生ちゃん。」
睦月さんはそう一人一人の顔を見てそう言った。流石に驚いた。話は多分水月さんから聞いていたんだと思うけど、こんなに相手の顔と名前を覚えられるものなんだと。私はまあ、覚えてはいるが。双子は正直まだ見分けがつかない。
けど水月さんの突っ込みを華麗にスルーする辺り、いい根性してるのかもしれないなこの人・・・。
「まずは・・・お店のオープンだけど、7月4日に決まったよ。工事が6月には終わるから、何とか間に合ったって感じかな。それと、前にも話したと思うけど。お店のコンセプトは『不思議の国のアリス』。君達が全員不思議の国の住人となって、アリス・・・お客様をエスコートする。ああ、そういえばまだ配役も言ってなかったね。」
「配役・・・ですか?」
「そう。完全に役になりきってもらうから、そのつもりで。演技指導はまあ、必要無いと思うけど。」
必要無い、ということは今そのままの状態で接客していいということだろうか。・・・結構問題あると思うんだけど。
そういえば、水月さんから聞いていた。不思議の国の住人となって接客すると。それは例えば、有名どころで言うと帽子屋とか、チェシャ猫とかだろうか。けど、アリス以外に女の子のキャラっていたっけ。女王様は絶対に水月さんだと思うし。それ以外・・・ああ、公爵夫人とかいたな。けど公爵夫人ってそれなりに有名なキャラクターだけど・・・ちょっと地味なんじゃないだろうか。
「はいはい、そこからは私が説明するわよ。ちゃんと資料持ってきたしね。」
「兄さん・・・大丈夫なんだよね?」
「また何かあったらあんたがフォローしてくれればいいでしょ。」
そう言って水月さんは手に持っていたアタッシュケースから何かを取り出した。クリアファイルに入れられたそれは、あの地図と同じA4用紙だった。
「まずはそうね・・・神月蓮君。貴方は『帽子屋』よ。」
「・・・・・帽子屋?」
水月さんはクリアファイルの中から一枚取り出すと、それを蓮さんに渡した。周りの皆がこぞって何が書いてあるか覗く。
そこには、『帽子屋』と書かれてあり、細かくキャラ設定が書いてあった。
「『紅茶と料理を愛する帽子屋、特に料理の腕は不思議の国で断トツ!普段は料理ばっかの事を考えているけど、新密度が上がると次第に声をかけてくれるようになる。』・・・って、なんだこれ。」
「そこに書いてある通りよ。貴方はうちではキッチン担当だからね・・・・中々お客様へ接客は難しいかもだけど、よく来てくださる常連さんにはそれくらいしてあげないと。」
「それは分かってるが・・・新密度って何なんだ。ゲームじゃあるまいし。」
「あら?楽しいじゃない、ゲーム感覚って。ねえ弥生ちゃん、貴方恋愛ゲーム好き?」
「は?」
蓮さんと話していた筈なのだが、いきなり話の矛先が私に変わり少し焦った。
恋愛ゲーム・・・そういえば友人に物凄くはまっている子がいた事を思い出す。そのゲームは彼女が大好きな声優さんとキャラ絵担当の人で、シナリオも凄くよかったと飲み会の時に話していた気がする。貸してあげようか、と言われたので断ったが。何故かと言われると簡単だ。
「・・・・どちらかといえば嫌いです。」
そう、むしろ大嫌いだ。理由を言われると困るが、まあ現実的に考えてこんなイケメンが大量に好意を寄せてきてもう大変!みたいな展開あるわけがないだろう、という考えだからだ。それに、中学の時友人に借りてやってみたが、あまりの甘さに吐き気がしたのを覚えている。この人達は真顔でこんな事を言っていて恥ずかしくないのか、と思ったくらいだ。
だからか。恋愛ゲームをやるのには物凄く抵抗がある。確かに現実の男よりはいいと思うけど・・・所詮はゲームだし、という考えもある。それに、恋愛ゲームに手を出そうもんなら一生現実で恋は出来ないと思わせるほどの破壊力が、ゲームには備わっているとも思う。
「まあ、中にはこういう意見の女の子もいるけれど。大抵の女の子は恋愛ゲームが大好きよ。むしろ弥生ちゃん珍しい部類よね。」
「・・・・放っておいてください。」
「特に自分が愛されている状況は尚更ね。現実に良い男はいない。だけど、ゲームの中には現実的にありえないくらい素敵な男の子がいっぱいなんだから。だから、そのゲーム好きの感覚を利用しようと思って。新密度とか、好感度とか。みんな競争は好きでしょ?今の子はゲーム大好きだからね・・・その気持ちをうまく使えないかなーと思って。」
・・・・つまりは、不思議の国の住人達の中から気にいった人を(キャラを?)選び、其の人に名前を覚えてもらえるように、お気に入りになってもらうようにする。それには何度もお店へ通ってもらって、印象付けなければいけない。・・・まあ、うまい商売ではあると思うけれど。そういう人たちが増えればその人たちは常連さんになる訳だし、カフェを気に入ってくれるならそれに越した事は無い。
・・・・一種のホストクラブではないかと思ったが、それは言わない事にした。まあ、ホストと違ってドンペリ入れてもらったり、アフター付き合ったりすることもないだろうし。
「そんなわけで蓮君、貴方は役作りしなくてもそのままで大丈夫。まあ多少の営業スマイルは覚えてきてね。」
「・・・・・・了解。」
「次!葉月悠里君!」
「はいい!!」
「貴方は『白ウサギ』よ。」
そして同じく悠里にも一枚の紙が渡された。蓮さんの時と同じように、皆で内容を除く。
「『ちょっと臆病で、弱虫な白ウサギ。女の子が苦手で、アリスを不思議の国に招待してしまった事を後悔している。新密度が上がると、物凄く話してくれるし、懐いてくれる。』・・・・これ・・・。」
「うふ。貴方も役作りはあんまり必要無さそうね。じゃあ、次行ってみましょうか!」
白ウサギの設定、物凄く悠里そっくりなんじゃないだろうか。女の子苦手って言ってたし、ちょっとおどおどしてるし。・・・水月さん、私達の事凄く観察してこの設定を考えたんだろうか。
次は奏さんだった。渡された紙は、覗かなくともなんだか分かる気がする。この人・・・・猫っぽいもんな。
「んー・・・『チェシャ猫』か。『気まぐれ、気分屋。何を考えてるのか全く分からない猫。手先が器用で、何でもそつなくこなす。新密度が上がっても下がってもあまり関係無し』って!なにこれ!俺攻略しようなくないっすか!?」
「猫ってそんなもんじゃない?大体貴方女好きだし、社交性もあるし・・・いまいち攻略し甲斐がないのよねぇ。」
「・・・・あれ?なんか俺だけ冷たい気が・・・。」
「次!双子ちゃん!!」
「飛ばされた!!」
水月さんの言いたい事は何となくわかる気がする。奏さん社交性、というか周りの空気読むのうまそうだし、盛り上げるのもうまそうだ。どんな人が相手でもそつなく対応できるだろう。・・・・まあ、だから関係ないんだろうけど。
次に春君と秋君に渡された。確か不思議の国のアリスに双子って出てきたよな・・・。
「えっと、僕が『トウィードル・ダム』ね。」
「僕が『トウィードル・ディー』だ。ってことはダムがお兄さんってこと?」
「それはいくら調べても分からないのよねぇ。名前の響きで決めたって感じなの。」
「ええー・・・秋がダムって感じか?」
「いや、それいうなら春もディーって感じか?だから。まあ、どっちでもいいんじゃない?双子だし。」
「まあ、それはそうか。なになに・・・『面白い事、楽しいこと大好きな双子。常に二人でいて、最初は二人の中に割って入る事も出来ないが、新密度が上がると入れてくれるようになる。』」
「はは、面白そー。」
双子のお兄さんの秋君がダム、弟の春君がディー。確かに映画とか本を読んでても、トウィードルダム、ディーはどっちが兄で弟なのかはっきりしていなかった気がする。まあ、双子って同時に生まれてるし、どっちが兄かなんてほんの数秒の違いだって聞くし・・・。
そして気付く。そういえば紙をもらっていないのって私だけじゃないだろうか。辺りを見渡してやはりまだ自分が呼ばれていない事を確認する。順番的に、最後。一番注目をあびるんじゃないか、それ。
「ではでは、弥生ちゃん!お待たせしちゃったわね。」
「はあ・・・。」
出来れば3番目か4番目にもらいたかったです、というのは心の中に封印しておいた。
「貴方は・・・『ハートのジャック』よ。」
「・・・・ハートの、ジャック?」
渡された紙を見る。周りの皆も気になるんだろう、覗きこんできた。私も内容を確認する。
『赤の女王と王を守る赤き騎士。女王と王以外には懐かない。男嫌い。最初はツンツンしているが、新密度が上がると次第にデレてくれるし、笑ってくれるようになる。』
・・・・・まさかの配役チョイスだった。
「ハートのジャックって、基本男じゃ・・・?」
「意外性があっていいかと思って。それに貴方を見たときから、その役ぴったりだと思ったのよねぇ。」
「はあ・・・。けど、女王と王って・・・。」
「ああ、勿論私。」
水月さんはにっこり笑ってそう言った。まあ、それしかないとは思ってたけど。
となると、残る王は睦月さんか。ちらりと横目で睦月さんを見ると、こちらもまたにっこり笑った。
「そう、僕が王。ちなみに『赤の王』の設定は『女王様に隠れて目立たないけど、影で支える立役者。お菓子作りが趣味で、よく皆にふるまっている。』。そして『赤の女王』は『派手な事大好きな我儘女王。赤い色と美味しい物が何より好き。自分になついてくれる人には優しいけど、逆らうものはとことん嫌う。』だよ。」
そのままですね、と言いそうだったが止めた。つまり私は、この二人以外には懐いてはいけないということか・・・。それって、他の住人達と話すのを禁止、ってことなんだろうか?
「じゃあ私、他の人と話すの禁止ってことですか?」
「禁止ではないけど、仕事中は極力冷たくしなさいって感じね。ツンデレよ、ツンデレ!デレの部分が一切ない、ね。貴方これ素で出来そうじゃない?いかにもツンデレっぽいし。」
「・・・言われた事無いです。」
「よし、試しに奏君にやってあげなさい。」
「何で俺!?」
「奏君がナンパしてくるから、ドSにあしらってやんなさい。」
「意見無視かい・・・。まあいいや。んじゃ、やってみよーっと。」
すると、奏さんは私の肩を抱き込み、自分の方へ引き寄せる。おかげでかなりの至近距離になってしまった。
んーどうしよっかなーとしばらく考えてから、私に視線を合わせ、それはもう全世界の女の子が虜になりそうなくらいの笑顔でこう言った。
「好きだよ、やよちゃん。俺と付き合ってくんない?」
まるで恋愛映画やドラマのワンシーンの様だった。奏さん、俳優とか向いているんじゃないだろうか。
これが普通の女の子なら、どきりとするし、勿論返事はイエスだろう。けどそこが私が普通じゃない所で、正直鳥肌が立ってしょうがなかった。とゆうか、いくら演技とはいえよくこんなセリフ普通に言えるなこの人・・・。
水月さんはドSに返せと言っていたが・・・様は上から目線で断ればいいのだろう。色んな漫画やアニメのドSキャラを記憶から呼び起こし、考える。
「・・・・・な。」
「へ?」
「貴様ごときが私に話しかけるな、肩を抱くな、近付くな鬱陶しい。告白するならそこらへんの枯れた花にでもしてろ。女王様と王様以外の男が気安く近寄るな。潰すぞ。」
腕を組んで、私にしては精いっぱいの睨みをきかせて、声も出来る限り低くしてそう言った。その瞬間、辺りは静寂に包まれた。・・・あれ?間違えただろうか。気が付いたら奏さんは私の肩から手を外して固まっているし。・・・不味いか?
そう思っていたら、突如笑い声と拍手に包まれた。
「あっはははははは!!なに貴方さいっこう!!いいわーすごくいい!!百点!!」
「・・・っうん、兄さんの目に狂いはなかったね・・・っぷ。」
「おおー・・・意外というね、君。」
「うん、びっくりした。」
「やよ・・・・怖かった・・・・。」
「・・・・・っく。」
水月さんは大爆笑、睦月さんは爆笑とまではいかないが笑っている、秋君と春君は感心したようにこっちを見てるし、悠里は少し怯えてるし、蓮さんは顔を背けてはいるが肩が震えているので、笑っている事が分かった。とゆうか蓮さんが笑った姿を初めて見た。
横にいる奏さんを見れば、ようやく固まった状態から回復して、少し遅れて笑ってくれた。
「あっはは、やよちゃんすっげーな!俺マジで固まっちゃったよ!・・・あとちょっと傷ついちゃった。」
「す、すいません・・・!」
「じょーだんじょーだん!いやーけどすげぇな。ツンデレというよりはツンドラだったぜ・・・。」
「上出来よ、弥生ちゃん。貴方はそんな感じで接客して!お客様に対しても敬語無しでいいし、ひたすらツンしてればいいから!」
「は、あ。」
・・・カフェなのに、こんなお客に対して失礼な態度取っていいんだろうか。けどまあ、『設定』だからいいのか?ツンデレ喫茶と殆ど変らない様な気もするんだけど・・・。
ああ、そういえば水月さんに最初話を聞いたとき「無愛想のままでいい」って言ってたけど・・・あれはこういうことだったのか。
そのままの自分でいい、ってこと。そういえば、皆の設定もそんな感じだ。今話している、自然な感じでいい。
・・・・ちょっと、嬉しくなった。
「とまあ、配役はこれでOKね!次は、それぞれの担当を発表します!」