集合
そこはまあ、言ってしまえば工事現場だった。
洋館を隠すように工事用の幕が引かれ、作業着のおじさんやら工事用道具やらがせわしなく動いている。私はもう一度携帯のナビを起動させて場所を確認したが、間違いなかった。
「・・・・ここで、合ってるはずなんだけど・・・。」
「確か・・・・水月さん、絶賛工事中って言ってたよ。」
「え。」
なにそれ、聞いてない。私には唯お店の説明と今日ここに来てほしいと言う事しか教えていない筈だ。
私の顔を見て察してくれたのか、悠里は説明してくれた。
「一応民家だったから、内装工事とか必要だったんだって。あと、耐震工事とか諸々。それが終わるのは7月くらいって言ってたけど・・・。」
「・・・・へえ。まあ、場所は合ってるからいっか。」
工事の様子を見渡していたら、近くに看板が置いてあり「cafe wonderland7月OPEN!」と書いてあった。うん、場所は間違いなかったみたいだ。けど、工事が終わるのが7月なのに7月オープンで間に合うんだろうか・・・。
工事現場を行きかう人達に「危ないから近付かないでくださいね。」と言われたので、悠里と共に少し離れている所へ移動する。すると、その付近には工事の人に紛れてわからなかったが、おそらく私達と同じ目的であろう人達の姿があった。
何故分かったかというと、彼らの手にはしっかりとあの紙が握られていたからだ。
「あれー?女の子がいるー。」
と。いつの間に移動したのかわからなかったが、気が付いたら目の前にまあ、イケメンが立っていた。
あまりの事に驚いてしまったので、思わず悠里の後ろに隠れてしまった。・・・いや、まあ悠里を盾にするのもどうかと思ったけれど、こう至近距離に来られては人見知りとしては困ってしまう。
「あれ?隠れちった。なに、君の彼女とか?」
「い、いえ違います!ついさっき道に迷ってたの助けてもらって・・・同じ目的地だから連れてきてもらったんです。・・・てゆうか、やよ何で隠れてるの?」
「・・・あ、えっとごめんなさい。つい・・。人見知りといいますか、何といいますか。あまりの至近距離だった為に緊張して隠れてしまいました。」
嘘をついても仕方がない為、正直にそう言うと目の前の男の人は盛大に笑った。悠里の身体が小刻みに震えている為、悠里もこっそりと笑っているらしい。・・・そんなに可笑しなことを言っただろうか?
流石にいつまでも隠れている訳にもいかないので、そろそろと悠里の背中から離れる。
「あっははは!!君正直だねーおもしろっ!!いいわーいいわー!」
「・・・・っご、ごめんやよ・・・!」
「・・・・私そんなに笑われるようなこと言いました?」
「無自覚かい!いやー真面目な子だねー。今まで会った事無いタイプだわー!やよ?ちゃん?」
「えっと、葉桜弥生です。」
「おっけーおっけー。やよちゃんね!おにーさんは?ていうか俺より背高いねー羨ましいわ。何センチ?あといくつ?」
「葉月悠里です。22歳で・・・えっと確か182だったかな?」
「でっか!羨ましいなー180超え!俺179でさー。もうあと1センチあればっていつも思うんだよねー。あ、俺は九重奏、25歳彼女募集中ーよろしくね!」
九重さんはそう言って笑った。第一印象は、テンションが高い人だ。とゆうか、今時なのか。
ブイネックのTシャツにボロボロ加工のジーンズ、腰には赤いチェックのネルシャツが巻かれている。首や腕にはじゃらじゃらアクセサリーがついており、重そうだなと思った。紫の様な黒の様な色の髪は肩に少し届きそうなくらい長く、サイドの毛は後ろで一つにまとめていた。25歳、と言われても何故だろう。このテンションの高さからか悠里と同い年くらいにしか見えない。
「奏ってよんでちょ。名字で呼ばれるの好きじゃねーの。俺も二人のこと悠里くんとやよちゃんって呼ぶからさ!あー、でも敬語はお願いしよっかなー。俺あんま年上扱いされた事ねーからさー。されてみてーの。」
「えっと、じゃあ・・・よろしくお願いします、奏さん。」
「・・・・・お、お願いします。九重さ・・・じゃない奏さん。」
「うっは!なんか新鮮!おもしれぇ!なー蓮さん、あんたもこっちおいでよー!」
物凄く楽しそうに笑いながら、奏さんは私達とは対極にいた男の人に手招きした。
壁にもたれかかり煙草を吸っていたが、奏さんの呼びかけを聞くと、胸元のポケットから携帯灰皿を取り出して、そこに煙草をしまう。(捨てる、という表現が正しいんだろうか)
面倒臭そうにこちらに向かってくる。近付くにつれて、遠くで全く分からなかったがこれまた身長が高い人だということが分かった。
「・・・・・。」
「あ、あの・・・!?」
「あー気にすんなって。蓮さん無愛想だし目つき悪いけど、怒ってる訳じゃないらしーよ。な、蓮さん。」
「(・・・それは全くフォローになっていない様な・・・。)」
「・・・・九重。」
「やだなー、奏でいいって言ってるのに!」
「・・・・・っち。」
小さかったけれど、この場にいる私達には聞こえるくらいの舌打ちだった。いや、まあ・・・分からなくもないけれど。
じっと顔を見れば、まあ確かに目つきはあまりよろしくない。けど、切れ長でかっこいいと思う。短い藍色の髪、白いシャツ、黒のジャケット、黒のパンツ。背も高くスタイルも良い。出来る男って感じだ。
と、蓮さんと目があう。ぎろりと睨みつけるように見られたが、怒ってる訳じゃないと奏さんが言っていたのでちょっとびびりながらも自己紹介をする。
「葉桜弥生、20歳です。宜しくお願いします。」
「あ、え、えと。葉月悠里です。22歳、宜しくお願いします!」
「・・・・神月蓮、だ。27歳。・・・そこの馬鹿が言ってた通り、別に怒ってる訳じゃねえ。目つきが悪いのは、気にすんな。」
「馬鹿って・・・蓮さんひどくねー?」
「事実だろ。」
えー、と若干奏さんがむくれる。・・・この人それなりにいい歳だよな。
それにしても。私以外の男性陣のあまりの身長の高さに、話しかける方も首が痛くなってきた。3人ともそんなに変わらない身長なので(おそらく180くらい)、160の私とは20センチは差があるのだ。今まで生きてきてここまで背の高い人達に出会った事が無い。何を食べたらそこまで大きくなれるんだろうか。
私は女子としては平均だし、周りの友達の中では寧ろ一番大きい方だ。けど我が家では母、姉2人は165超え。長女に至っては172センチである。160しかないのは小さい部類に入るので、私は高校生まで背を伸ばすことに躍起になった覚えがある。結果は、牛乳をいくら飲んだってぶら下がったって、からあげいっぱい食べたってそんなに伸びなかったけど。
私が首を抑えていると、その様子に気が付いたのか、神月さんが話しかけてくれた。
「・・・・どっか痛ぇのか?」
「え?ああ、えっと・・・見上げるのが段々つらくなってきて・・・。」
「あー、首痛くなるよねそういうの。へーき?なんならちょっとしゃがもっか?」
「・・・それは、皆さんの膝に負担がかかるのでよした方がいいんじゃ・・・。」
「・・・・そこが心配どころなんだ、やよ・・・。」
けれど事実は事実だ。3人の膝が悪くなるのと1人の首が痛くなるのなら、1人を取った方がずっといい。
そこでふと思った。この人達とこれから一緒に働く事になる訳で、つまりはずーっと見上げていなければいけないということで・・・。・・・今度湿布を大量に買ってもらわないといけないかもな。
目の前では奏さんが色々話していて、蓮さんにつっかかるたびに冷たい仕打ちをくらっていた。まあ奏さんはおそらく場の雰囲気がよくなるよう話していてくれてるのだと思うけど。この4人の中で積極的に話そうとするのって奏さんくらいのものだろう。蓮さんは無口そうだし、私も自分から話しかける方じゃないし。悠里は・・・と、横目でちらりと悠里を見ると、何故だか少し頬を染めてじーっと見つめていた。その視線の先を追うと、若干いらついてきている蓮さんの姿。・・・何だ?
「・・・悠里?どうかした?」
「・・・あ!え、ううん!!何でもないよ!何でも!!」
私の呼びかけに気づいた悠里は、慌てたように首を振ってそう言った。・・・・何だろう。それにさっきの悠里の顔とか、何処かで見た事ある様な気がするんだけどな・・・。こういうのって、思い出せないともやもやする。
「あれ?もういっぱいいんじゃん。ほら、やっぱこっちの道でよかったじゃんか。」
「だね。やっぱ春の勘が正しかったか。」
その時。私達の傍に同じ顔をした2人の男が歩いてきた。一人の人が持っているのはやはりあの紙。・・・双子?
私達の姿を見て、同じ理由で集められた事がすぐ分かったのだろう、「こんにちはー」とにこにこ笑いながらこちらに近寄ってきた。
「あれま、双子じゃんか。おほーそっくりだねえ。」
「へえ・・・俺こんなに似てる双子初めて見た・・・。」
「「どーも。」」
二人の声が重なる。やはり双子だけあってタイミングがぴったりだ。
白いシャツに紺のジャケット、ベージュの七分丈パンツ。二人とも全く同じ服。唯一違うのは、首にあるネクタイの色だけだった。赤色と青色。おしゃれにセットされた茶色の髪。一人は右にピアス、一人は左にピアスをしている。
「初めまして。えっと、僕が十禅師秋、春の双子の兄です。」
「僕は十禅師春!秋の双子の弟です、よろしく!」
赤色のネクタイで、右にピアスをしているのが弟の春。青色のネクタイで左にピアスをしているのが兄の秋。
けれど服装が一緒で、ピアスがなかったら殆どわからないだろう。それくらいそっくりだ。唯一違うのは、弟の春の方が少し声が高い位。話さなければ全く見分けがつかないと思う。
「よっしくー!俺は奏で、こっちの背が高いのが悠里くんで、無愛想なのが蓮さん!んでもって唯一の女子!やよちゃんです!」
奏さんがそう自己紹介をしていくが、あまりにも簡略化しすぎではないだろうか。まあ、何度も自己紹介をするのは疲れるけれど・・・あまりに説明不足なので私は付け足すように彼らに話しかける。
「えっと、葉桜弥生です。歳は20歳。こちらが葉月悠里さんで、22歳。そして神月蓮さん、27歳。あと・・・九重奏さん、25歳です。」
「やよちゃん、なんでまた説明を?俺したのに。」
「・・・奏さんは説明不足すぎです。名前しか言ってないじゃないですか。」
「そ?あ、そーいえば二人はいくつ?」
「「19です。」」
また重なった。しかし19って・・・初めて私より年下が現れた。ちょっと嬉しい様な気もするが・・・まあ見た目はおそらく私よりも年上に見えるだろう。私は小さいし童顔だけど、彼らはこれまた背も高いし顔つきも年相応に見える。とゆうか、また背が高い。3人よりは低いけれど、それでも私が見上げなければ行けないほどに高い。
そしてこれはおそらく異様な光景ではないだろうか。めちゃくちゃ背の高いイケメン達の中に冴えない女が一人・・・。どうしよう、帰りたくなってきた。
「・・・・十禅師って、あのお菓子メーカーのか?」
と、それまで無言だった蓮さんがそう切り出した。お菓子メーカー・・・そういえば、人気ランキングトップ3にいつも入るチョコレート菓子やキャンディがある「TEN」っていう有名な企業はあるけど・・・。
「そーですよ。僕らの父親が経営してます。」
本当だった。と言う事は、彼らは社長の息子ということで。御曹司?お坊ちゃん?になるわけで。
十禅師グループは、お菓子のみならず子供向けの玩具、文房具、更にファッション関係にも名前が挙がる日本で5本の指に入る程の権力者だ。流石にあまりニュースを知らない私でも、それくらいは知っている。
その社長の息子達が・・・何故ここにいるんだろう。それは疑問だった。親の仕事を継ぐのなら、働くよりも大学に行って勉強した方がいいと思うんだけれど・・・。
そんな考えをぶっ飛ばすように、私達6人の前に勢いよく高級車が止まった。ききき、と甲高いブレーキ音が辺りに響く。
何事かと思って全員そちらへと視線を向けると、車の中から何やら言い争う声が聞こえてきた。
「椿ぃ!!あんたはどうしてそう運転が荒い訳!?もっと安全運転しなさいよ!!」
「俺に安全運転をしろと?嫌だなあ、暴走してこその自動車でしょうが。」
「あんたの理論は間違ってる!!もう、だから自分で運転するって言ったのに!!」
「いやーそれこそ俺、上の人に怒られちまうんで。」
「私に怒られるのはいい訳!?それにねえ!待ち合わせの時間に間に合うように来たのにどれだけ遠回りすんのあんた!!」
「・・・あの道が、俺を呼んでいたから・・・・。」
「くたばれ!!」
「兄さん、それくらいにして・・・。ね?」
何やらコントのような話が飛び交っていたが、会話はそれで終わり、車から二人の人物が出てくる。
一人は勿論水月さん。もう一人は・・・水月さんに似ているけど、全然雰囲気が違う。もしかして、この人が二男さんだろうか?
「お待たせしちゃってごめんなさいね。どっかの馬鹿が・・・もう!って、あら。もう全員自己紹介が済んだ様ね。手間が省けて助かるわ。それじゃ、早速始めましょうか!貴方達はこれから全員!私の部下として働いてもらいます!!」
・・・・高らかにそう叫んだ水月さんの声が、辺りに響いた。工事のおじさん達も、何事かと作業する手を休める事無く視線だけがこっちを向いている。
・・・・・・この人は一体何を言い出すんだ?