長所
不思議の国のアリス。知らない人はほぼいないだろう。作者ルイス・キャロル、アリスという少女が不思議なウサギを追いかけて穴に落ち、気付けばそこはワンダーランド、不思議の国。近年映画化もされているし、ゲーム化、アニメ化など大人気の作品だ。
それがテーマ・・・コンセプトってどういうこと?
「お客様はアリス。そしてカフェは不思議の国。従業員は不思議の国の住人達。女の子って皆アリスに憧れると思うのよね。ふわふわのワンピース、気が付けば不思議の国、不思議な住人達に囲まれトラブルばかりの日々・・・。非日常に憧れるのは、誰だってあるわ。それを身近で体験してもらおうってこと。」
「・・・・それって、メイドカフェとか執事カフェとは違うんですか?」
「近いけど、違うわね。例えば、メニューは萌え萌えオムライスみたいなのは全く無し。それなりに本格的なものにするつもりよ。中々いい腕のシェフ見つけたからね、頑張ってもらうわ。そしてケーキ。言わずもがなうちの弟が作る。飲み物もちゃんとね。そして値段。これはカフェでやっていける最低の金額でやるわ。たかだかコーヒー1杯に500円も払うなんて馬鹿らしい事はしない。何度でも行きたくなるような場所にするには、やっぱりリーズナブル、そして綺麗。従業員の態度。料理やケーキの味。これにつきるわね。」
・・・・成程。まあ、確かに新しいといえば新しいだろう。
メイドカフェとかにあるメニューは大抵高い。コーヒーに確か500円くらい払っているだろう。メイドさんにご奉仕してもらえるというプレミアム感があるから、それくらい払っても問題ないと思うんだろうが、毎日それではさすがにお金が減る。
大体コーヒー豆って結構安いという話を聞いた。大量に買えば買うだけ安いし、確か一人分30円とか50円くらいになるはずだ。それを10倍にして提供しているのだから、まあ軽い詐欺と言えば詐欺な気がする。
だから喫茶店ではコーヒーを飲むよりも紅茶を飲んだ方がいい、という事をマスターから聞いた。それを喫茶店勤務の人間に言うのはどうかと思ったが・・・。
「それとね。ああいうメイドカフェとかってサービス料で色々やってくれるでしょ?例えばプラス千円で一緒に写真を撮るとか・・・。今色んなサービスやってるみたいね。ああいうところの収益ってほぼそれで潤ってるんじゃないかしら。けどうちはそういうことはしないわよ。撮影禁止、そういうサービスはしないって決めてるの。まあ・・・ちょっと考えてることはあるんだけど、それはまだ言わない事にしておくわ。検討中だから。接客して、ちょっと時間が空いたら話し相手になるくらいね。」
「・・それって、満足してもらえるんでしょうか?まあご飯がおいしくて、従業員がよければ満足するんでしょうが・・・。そのうち飽きられたりしません?」
「飽きがこないようにするのが私と貴方達の仕事よ。私が裏方、貴方達が表。双方の努力で、いいお店にしていくの。」
まあ、それはそうなんだろうけど・・・と思ってふと私は気が付いた。あれ、これもう勝手にメンバーに入れられてないか?
うちのお店で働く気は無い?っていう質問されたけど、それどこにいった。
「あの。」
「ん?」
「私、まだ働くなんて一言も言ってないです。」
「え。」
きょとん、とされた。いや、え、はこっちの台詞のような気もするけれど。
「あ、そっか。雇用形態話してなかったものね。一応正社員って扱いよ。お給料は全体で17万円、そこから税金やら保険料やら引いたら・・・手取りは13万くらいね。あ、交通費は別よ。それと賄い付き。時間帯は朝の9時から夕方6時までの9時間。途中で昼休憩40分と10分の休憩が2回。制服はこっちが用意するから安心して。」
「私、高卒ですけど・・・。」
「関係無いわよ、別に。ちなみに経験とかもそんな無くても良いし。資格も無し。あ、あと休みとかだけど一応定休日はあるから。それが5日間あって、別で3日くらい休みが取れるようにするわ。有給ももちろんあるわよ。好条件だと思うけど?」
確かに好条件だと思う。高卒にしてはお給料だっていいし、何より資格経験不問。高卒で、半年で仕事辞めて、バイト生活の私にはかなり恵まれている求人だと思う。
・・・・・それでも二つ返事で了承できないのは、さっきマスターに言われた事もあるし、何より。
「・・・・何で、私なんですか?」
「・・・・どういうこと?」
「この通り、無愛想だし、可愛げないし。とゆうか、そういったカフェをやるなら顔立ちが整っててスタイルが良い子とかのがいいに決まってるし・・・。・・・・・それ、に。」
「?」
「私、あそこの喫茶店で働く前は社員だったんですけど、すぐに辞めたんです。それ以来、社員で働く事が怖いっていうか。正社員になって、また辞める事になって、沢山の人に迷惑かけたらどうしようって。私覚え悪いし、のろいし、ドジだし、要領悪いし、不器用だしで・・・良い所、一つもないんです。卑下してる訳じゃなくて、本当に。」
高校時代からそうだった。アルバイトでも1年かけてようやくまともになったのだ。沢山言われた、「1回でどうして覚えないの?」と。普通に考えたら1回で覚えられる事の方が難しいと思う。けれど周りの人はそれを淡々とやっているし、私は地道に覚えていくしかないのだ。けれどあまりに時間がかかりすぎて、周りの人たちに迷惑をかけてしまう。当然、そんな子好かれるわけがない。皆嫌いとまではいかないが、好きではないと思う。それに皆がわいわい話している中に何の話してるんですか?と気軽に入って行ける度胸もない。話しかけられても緊張なのか何なのかうまく話す事が出来なくて伝わらない事の方が多いくらいだ。
けどそれは私の社会人スキルが足りない事くらいよくわかってる。ただ単に空気が読めないだけなのはわかってる。
それでも、怖い。
―――――アンタサ、ホントツカエナイヨネ―――――――
「・・・・・随分と、ネガティブな子なのねえ、貴方。」
四ノ宮さんは私の話を聞いてそう言った。私は、初対面の人に何自分の事をべらべらと話しているんだろう。
こんな暗い話をしたら、さっきまでの話は絶対になかったことになるだろう。私は、地面に顔を向けたまま上げれないでいた。
「けど訂正があるわよ。貴方、それなりに気が利く方よ。」
「・・・・・・・・は?」
思わず耳を疑った。つられて顔も上がり、四ノ宮さんと目が合う。四ノ宮さんは私の顔を見てにっこりと笑った。
気が利く?私が?生まれてこの方一度だってそんなこと言われた事無いのに、この人は一体何を言っているんだろう。
「コーヒー飲みながら貴方を観察してたんだけどね。貴方耳が遠い人にはちゃんと腰曲げてゆっくりと大きな声で話すし、スプーン落としちゃった人にすかさず新しいの持っていったし、常連さんの事はきちんと覚えてるし。その人がコーヒーに砂糖使われるかも全部覚えてるんでしょう?」
「はあ、一応・・・。でも、そんなに多くないです。40とか、50くらいしか・・・。マスターはその倍以上、全員覚えてるし、私なんてまだまだです。」
「そりゃあ長年やってる人は昔から来てくれる人は覚えてるわよ。貴方あそこで働いて何十年と経ってないでしょ?それだけ覚えてるなら凄いわよ。」
「・・・・・だって、これは当たり前のことじゃないですか。」
「当たり前の事を当たり前だと思ってやってるってことは気が利くのよ。最近の若い子は常識知らずが多いもの。それすらも出来ない子だっているのよ。だから、貴方はちゃんと出来てる。良い所、あるじゃない。」
「・・・・・・。」
褒められてる?こんな風に誰かに言ってもらったのは、初めてだった。
何もやらなかった訳じゃない。毎日取り換えるタオルを場所別で直ぐに取れるよう並べたり、お客さんが座るとき不快に思わないよう常に見てたり、してた。けれどそれを認めてもらう事は無かった。いつだって私はミスが目立つのだ。プラス以上にマイナスが強すぎて、影で何かやっていてもそれを褒められる事なんて何一つなかった。だから私はそれを「そうか、これは当たり前のことだから褒めてもらおうという方がおかしいんだな」と納得するふりをしていた。けれど、それを別の子がやると、その子は直ぐに褒められていた。そして「少しは見習わないと」と言われる事がしょっちゅうだった。
やっぱり、褒めてほしかったのだ、認めてほしかったのだ。私だってそれなりに出来るんだという所を、見てほしかったのだ。
その願いむなしく、今まで一度も誰にも褒められる事なんてなかった。けれど。四ノ宮さんは、褒めてくれた。認めてくれた。見ていてくれた。
なんだか、涙が出てきそうになった。
「で、も。私、無愛想です。」
「てゆうか、むしろ無愛想のままが私はいいんだけどね。設定上。」
「・・・・・・設定?」
「それはおいおい説明してあげるわよ。それと、さっきの質問の答え教えてあげる。何で私なのかって?貴方だからよ。私は、一目見て貴方がいいと思ったの。何十軒何百軒探し回って、ようやく私の理想に巡り会えた。それが貴方、葉桜弥生ちゃん。いーい?私は貴方が必要なの、貴方が欲しいの。理由なんて、それだけよ。」
「・・・私が、必要・・・。」
生まれてこの方、誰かに必要とされる事なんてあっただろうか?
きっとなかったと思う。それはきっと私じゃなくていいから。その場面、私がいなくても支障はない。寧ろ別の誰かがいた方がよかったのかもしれない。今までずっとそういう風だった。
けど、この人は私を必要としてくれている。私は初めて、誰かに必要とされている。
今まで生きてきて嫌な事が全て吹っ飛んでいってしまうくらい、嬉しい言葉だった。
「・・・・と、まあここまで言っておいてなんだけど、返事はまた後日聞かせてほしいのよね。」
「え?」
「言ったでしょ?おいおい説明するって。今日のところはこういう話があるってお誘いに来ただけなの。まあもうこっちとしては働くってことになってるけど!えっと・・・貴方、3日後暇?」
「えっと・・・土曜日は、バイトが2時まで入ってるんで、夕方からなら。」
今日は水曜日。家のお店は木曜定休で、土日は主婦のアルバイトの代わりに高校生が入る事になっている。今週は土曜が朝8時から2時までで、日曜は私はお休み。友達と遊びに行く予定だ。
基本私は平日は12時、土日は2時までしか入らないので、夕方からならいくらでも時間はあるのだ。
「上出来。じゃあ、3日後の土曜、5時にここに来てくれる?」
そう言って渡されたのは、手書きの地図が書いてある一枚のA4用紙だった。