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cafe wonderland  作者: 天草暦
2/19

思考

「はい?」


ここで私の頭の中に一つ浮かぶ。これがいわゆるナンパとかいう奴なのだろうか。

私は生まれてこの方ナンパされたことは一度しかない。その唯一のナンパは・・・思い出すのも嫌だ。

けれどこの目の前の男性が私にそういう興味を持つ事は無いと思う。自分で言うのもなんだが、私は綺麗でもなければブスでもない。並だ。対して相手は10人いれば10人振り返る様な美形。全く持って不釣り合いである。

そんな私の思いを察してか、男性は慌てて付け足す。


「あ、安心して。変なナンパとか宗教ではないから。・・・うーん、でも勧誘になってしまうのか・・・。」

「あ、あの・・・。」

「ああ、ごめんね。でも、ちょっと興味があれば来てほしいな。悪い話ではないから。」

「は、あ・・・。」

「お仕事の邪魔しちゃってごめんね。じゃ、また後で。」


そう言うと男性はエプロンを握っていた手を放してくれた。私の体が自由になる。

私はそのままキッチンの方へと戻っていった。

戻ると「何かあったの?」と聞かれたが、「何でもないです」とだけ答えておいた。

ご飯を食べ終えたアルバイトさんが、キッチンの中にいる人と交代する。私はご飯を待つ間、男性の言葉を思い出していた。


・・・・・・行くべきなのだろうか。

ナンパではないと言った。宗教で無いとも。けれどまあ・・・怪しいという事に変わりはないと思う。こっそり盗み見するよう男性を見れば、なんだか楽しそうにコーヒーを飲んでいた。・・・・人の気も知らないで。


興味がない、わけではない。むしろ興味がありまくりだ。

私にとって、何も変わる事が無いと思っていた日常に突然の出会い。平凡な毎日に何かが訪れるのを期待してた。

けれどそんなことは絶対にあり得ない。私は物語の住人じゃない、現実で生きている。それは事実。

怪しい組織も、自分に眠っている未知の力も、そんなことは起こり得ない事くらい、わかっていた。

そんな時に現れたあの男性。多分未来の住人でも、異世界の住人でもない。けれど、私の日常を変える人だとは思う。

20歳にもなってそんな事を考えている自分が少し恥ずかしいとも思うが、誰だってこれくらい思っているだろう。

自分は冴えないけれど実は世界を救う救世主なのだ、くらいの妄想を、絶対にみんなしているはずだ。

・・・・・・そんな事はありえないけれど、けれど、もしかしたら。

あの人は、私を変える「何か」なのかもしれない。

そこまで考えて、急に恥ずかしくなってきた。自分はどれだけ妄想すれば気が済むんだろう。これだからいつまでたっても頭の中が中二病なのだ。

今はまだ勤務時間ということを思い出し、気持ちを切り替える。

とにかく今は、仕事が終わるまで何も考えない。全ては、終わってから考えよう。何ならお昼を食べながらでもいい。

そうこうしている内に、いつのまにやら私の順番になっており、カレーを頼んで食事を始めた。

アルバイトはカウンターの一番ふちでお昼を食べる事になっている。基本は誰もいないし、狭い場所なので一人で食事をとるのにはもってこいだからだ。

カレーを一口。美味しい。ここはちょっと辛くて、辛いのが苦手な私には少しきついが、何年も働いて食べていれば自然と慣れるもので、いつの間にやら中辛の辛さまでなら食べれるようになっていた。

と、レジを見れば先程の男性がお金を払っている所だった。一瞬目が合うと、にこりと笑って外へ出て行った。

時計を見る。11時32分。約束は12時・・・まだ28分、時間がある。


「・・・・・・。」


とりあえず、今はカレーを食べよう。

*********************************


「お疲れ弥生ちゃんー!また明日ね!」

「はい、お疲れさまでした。」


12時。アルバイトの人達に見送られ、私は店を後にした。普段ならマスターも降りてきている筈なのだが、今日はまだお昼を食べているのか降りてこない。珍しい事もあるなと思った時だった。


「弥生ちゃん!」


外に出て、マックに向かうべきか向かわないべきかで足を止めて悩んでいた私を、丁度降りて来ていたマスターが話しかけてきた。何だろう、と思いマスターの方へ近寄っていく。


「これ、お客さんがもってきてくれた大根なんだけど、うちじゃ食べきれない位もらっっちゃってさ。弥生ちゃんとこ大根好き?」

「好きですよ。」

「よかった、じゃあこれ持って行ってくれるか?」

「ありがとうございます。」


スーパーの袋に入れられた3本の大根を渡される。さすがにずしりと重い。

再びお礼を言って、お疲れさまでしたと帰ろうとした時だった。またしてもマスターに止められた。


「弥生ちゃん、ちょっといい?」

「・・・・・何ですか?」

「うーん、何と言ったらいいのか・・・。うん、弥生ちゃんさ、もう少し笑えない?」

「え・・・・。」

「ほら、朝いちで眠くて大変なのはわかるけど。もうちょっとお客さんに愛想ふりまいてほしいんだよね。ぶすーっとした人に接客されたら、お客さんだって気分良くないし。それに、声ももう少し大きく。」

「は、い。」

「時間がたつとそれ全部弥生ちゃん出来るようになるけど、とにかく朝はしっかりやってほしいな。・・・引きとめて悪かったね。今日予定か何かあった?」

「・・・・いえ、特には。」

「そっか。じゃあ、それだけだから。また明日ね!」


そう言ってマスターは私に手を振ると、店の方へと戻っていった。

残されたのは私と大根のみ。私は袋をしっかり持って歩き出した。


・・・・・少し傷ついた。自分でも朝はよくない態度だとは思っていたけれど、やっぱ上司に言われるとくる。

いや、私だって朝ご飯食べればちゃんと動けるし声も出せるし笑えます。けれどそれがないから朝から元気でないんです、なんて小学生にしか通じないいい訳をしたってしょうがない。私が悪いのだから。

・・・・やっぱ、接客業向いてないのかな。そりゃあ、誰だって朝から笑顔で元気がいい方がいいに決まってる。

けど・・・・頑張っている、つもりだったんだけどな。それなりに。

一気に気分が憂鬱になってきた。大根が入った袋が片手に食い込んでいて憎らしい。

歩き出して、再び止まる。分かれ道だ。

左に行けば、自宅。右に行けば、あの人が待っているマックがある。

・・・・・・・・・。

・・・・・・・うん。

悩んだが、私は、右に進路を変えて歩き出した。

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