給仕
「おかえり、アリス。」
「た、ただいまです・・・!」
オープンから小一時間が経過。店の中は満席だ。外にもまだ並んでいるらしい。
今の時間帯はモーニングといって、飲み物にトーストとお花型にカットされたゆで卵がついてくる。
トーストにはバター・シナモン・苺ジャム・小倉の4種類があって、好きなのを選んでもらう。
私は2人組の女性を席へと案内する。2人ともお店を見渡して、楽しそうだ。
「なににしようかなー・・・。」
「えっと・・・ジャックちゃん?おすすめとかってありますか?」
働き始めて思ったけれど、何故だか全員のキャラクターがお客さんには知れ渡っていた。
さっき奏さんに聞いたところ、雑誌に名前と設定、今来着ている服装が載っていたそうだ。有名なイラストレーターさんがイラストを描いていたそうだ。何故奏さんが知っているかと言うと、たまたま3人グループの女性が雑誌を持っており、接客しながら教えてもらったらしい。
私は彼女たちの質問に、今までやってきた練習の効果を発揮する。
「好きなのを頼めばいい。」
「・・・・え。」
「く・・・やはり雑誌の情報通りか。でもそんな所も素敵ね!」
「・・・アリス、早く。」
「あ、うん。じゃあ・・・私アップルティーで。ホットでお願いします。と、苺ジャムで!」
「じゃあ私も同じので!トーストはシナモンにしてください。」
「了解、すぐ持ってくる。」
私は伝票に書き込み、キッチンの方へと向かう。中にいる蓮さんと睦月さんに注文を伝える為だ。
睦月さんも一通りのデザート作りを終え、ようやく手が空いたみたいだ。
「アップルティー2つで、シナモンと苺ジャム。」
「了解。」
「ありがと、ジャック。」
伝え終え、伝票を分かりやすい場所に置く。こうすることで、再度注文を確認する事が出来るので、間違いが減るのだ。
しばらく時間があるので、私は他のお客さんの所へと向かい、空いているお皿だったりカップを下げる。
ふと周りを見渡せば、奏さんは相も変わらず談笑しているし、悠里はおどおどしながらもちゃんと特訓の成果が出ているようだ。秋君と春君は、慣れない手つきだが頑張っている。
席は全部で20席、プラスカウンター6つ。2人掛けの席もあったり4人掛けもあったりする。多少大勢見えてもテーブルをくっつければ最大で8人までなら一緒に座る事が出来る。
すると、少し離れたテーブルの女性2人組がこちらをちらちらと見ていた。なんだか見たことあるような・・・ああ、思い出した。朝電車で一緒だった2人組だ。
見ればお皿も空いてるし、そういえば水月さんに時間があったら会話しなさいと言われていたし、丁度いいかと思い私はそのテーブルに向かう事にした。
「・・・・下げてもいい?」
「あ、うんどうぞ!」
持ってきたシルバートレイの上に空いたお皿をのっけていく。・・・・思ったんだけど、会話ってどう切り出せばいいんだ?
奏さん見たくフレンドリーっていう感じは中々出来ないし・・・話しかけてくれるのを待つ?
でもそれってあまりよくない事だと思うし。どうしよう・・・そう悩んでいたら、向こうから話しかけてきてくれた。
「ジャ、ジャックちゃんって呼んでいいんだよね?」
「・・・・・まあ、いい。」
「あれ、不服そう?」
「・・・・私の名前を呼んでいいのは、女王様と王様だけ。まあ、女王様に認められたアリスにだったら、呼ばれてあげてもいい。」
「・・・・クーデレ!きたこれクーデレ!どうしよう、ぞくぞくする!」
「ちょ、ドエムかあんたは!」
私の前で2人は物凄く楽しそうだ。・・・クーデレって確か、クール&デレだったっけ・・・。
けれどまあ、楽しんでもらえてるなら何よりだ。私の設定は無愛想なキャラなので、不快に思われないか心配だったけれど・・・。
「でも綺麗だねー、ここ。本当に物語の世界に来てるみたい。」
「乙女チックでいいよね!ああ、会社のストレスが一気に無くなっていく・・・。」
「会社?」
「ああ、私達同じ会社で働いてるOLなの。今日は溜まった有給使って来たんだー。」
「ほんっと日常から解放されていいわー・・・今頃皆働いてんのよね。ああ、なんかいい気分・・・。」
「・・・忘れればいい。」
「え?」
「ここは不思議の国で、2人はアリス。外の世界の事は一旦忘れて、今を楽しめばいいと、思う。」
「「ジャックちゃん・・・!!」」
2人は目をきらきらさせて私を見る。・・・そんなに大したことは言ってないと思うんだけど。
友人にもOLの子はいるから分かるけど、職場によってはストレスが半端ないらしい。一人の友人は恵まれてると言っていたが、もう一人の友人は最悪だと言っていた。飲み会ではよく愚痴りまくっている。
けれどそのストレスは土日にアニメ見たりだったり、イベント行ったりだったりでうまく解消している。
ここが、cafe wonderlandが、少しでもそういう事で役立てたらいいなあと、私はひそかに思っていた。
「私決めた!これからもずっとジャックちゃんを応援するからね!私サチ、よろしくね!」
「私アコ!これからお金に余裕があれば毎週通います!うん、絶対通う!」
「あ、ありがと、う?」
熱意に押され思わずそう言ってしまった。いや、ここでお礼はおかしいのか?もうよく分からなくなってきた。
ストレートの長い茶色の髪で、落ち着いた雰囲気の綺麗なお姉さんがサチさん。黒神のボブで明るく元気なしっかりした感じの可愛らしいお姉さんがアコさん。うん、覚えれた。
「ジャック、運んでくれる?」
「あ、了解。・・・じゃあ、これで。」
「うん、ありがとうねジャックちゃん!」
「お仕事頑張ってね!」
睦月さんに呼ばれたので、キッチンの方へと戻る。洗い物が溜まっていたのか、中には奏さんが入って食器を片づけていた。
私は用意されていたアップルティー2つとゆで卵とほかほかのトーストにのった苺ジャムと小倉の2つのお皿をトレイに載せ、注文してくれたお客さんの所へ運ぶ。
「アップルティーと、小倉。こっちが苺ジャム。」
「うっわー、おいしそう!」
「ねー、半分こしよ!そっちも食べたい!」
「うん、いいよ!」
仲良く分けあうその姿は、とても可愛らしかった。そーっと席を離れていき、遠くから見ていると、本当に美味しそうに食べてくれた。・・・うん、嬉しい。自分が作った訳ではないけど、美味しいって言葉はやっぱりお店の人全てを幸せにすると思う。
食べ終わった人達は、お会計を済ませ外へと行く。その間急いでテーブルを綺麗にし、待っていたお客さんを案内する。
サチさんとアコさんは11時前に帰って行った。「また来るね!」と言っていたので、次に会うのが楽しみだ。
こんな感じでどんどん時間は過ぎていき、気が付けばモーニングの時間が終了していた。
これで休憩、では無い。直ぐにランチの時間なのだ。外にはまだ少しだけど行列があるし、悠長に構えていられない。
ちなみに従業員はそれぞれ時間をずらしてお昼を食べている。今は睦月さんと悠里が休憩中、次が秋君と春君だ。その後は私、奏さん、蓮さんだ。忙しさに応じて少し変わるかもしれないけど。
「うっわあ、全部美味しそう・・・!」
「選べないよー、これ。もー毎日通いつめて制覇しようかしら・・・。」
注文を聞きに行くと、ほとんどのお客さんがそう言った。そう、全てのメニューがかなり美味しそうなのだ。
写真付きで載っているメニューにはカレーやパスタ、ハンバーグやプレートランチやサンドイッチなどだが、正直私もお客さんとして食べたいくらい美味しそうだ。ランチの時間になるとカレーやパスタソースの匂いが部屋中に広がる為、更に食欲をそそられる。
そんな事を考えていたらお腹が鳴りそうだったので、必死にこらえた。だって格好悪い。
しばらくして、秋君と春君が戻ってきた。2人は私に近付いて来て小声で話しかける。
「ジャック交代だって。帽子屋さんとチェシャ猫はもうちょっとしたら行くから、先ご飯食べててって。」
「え、でも。」
「また混みだしてるし、これからも忙しいんだから行きなって。ジャック朝からずっと動き回ってるじゃん。ほら、行った行った。」
そう言われ、背中を押される形で私は休憩室へと向かわされた。お店、まだ忙しそうだけどいいんだろうか・・・。
でも確かに、この調子だとこれからまだまだ忙しくなる筈だ。さっさとご飯食べて、直ぐに手伝いに戻れるようにしておこう。
そう思いながら休憩室の扉を開けると、良い匂いが鼻をかすめる。
目に飛び込んできたのは、美味しそうなトマトソースのパスタだった。それもミニサラダつき。
ドリンクは冷蔵庫の中に自分たちで買ってきたのを入れていいので、私はそこからお茶を取り出して、席につく。
「・・・いただきます」
手を合わせて、そう言ってから食べる。一口食べた瞬間、それはもう幸せな気分になった。
凄く美味しい。今までこんな美味しいパスタ食べた事ないんじゃないかってくらい美味しい。トマトソースも美味しいし、パスタのゆで加減も丁度いい。お腹が減っていることもあってか、フォークが止まらない。
蓮さん、本当に料理上手なんだな・・・。おまけに、量も少なめにしてくれている。ミニサラダもあるから、これは相当お腹が膨れそうだ。
数分して、ドアが開けられた。入ってきたのは、同じくパスタとサラダを持った奏さんだった。
「お、やよちゃん食べてんなー。ど、うまい?」
「おいしいです、物凄く。・・・・あ、休憩、お先です。」
「お気遣いなくー。さ、俺もメシメシ!」
私の向かいに座って、奏さんも同じく手を合わせてからパスタを食べはじめた。見ると、そこにあるのは私のより2、3倍はあるんじゃないかってくらいのパスタと、ミニではないサラダ。・・・・流石、男の人は違う。
途中で奏さんも冷蔵庫からお茶を取り出し、一気に半分くらいまで飲み干す。
「あー・・・生き返る。しっかし、繁盛してんなー、随分と。」
「ですね。オープン当初で行列が出来るとは、思いませんでした。」
「確かになー。事前情報も少ないのに・・・いやはや女子は流石だねぇ。」
確かに、水月さんもそこまで情報を流していないのにここまで広がるとは・・・ネットと女子の力恐るべし、と言ったところだろうか。
そういえば、と思う。ここに奏さんがいるということは、後は蓮さんだけが休憩出来ていないということになる。・・・急いで食べて交代しなきゃ、かな。
そんな事を考えていたら、心中を察したのか奏さんが笑って答えてくれた。
「だいじょーぶだって、ゆっくり休憩しなよ、やよちゃん。蓮さんそんなことされたら、余計気使っちゃうと思うぜ?」
「・・・・そういうもんですか?」
「そういうもんだよ。あと睦月さんからも伝言、『休憩はしっかり取るように。』って。特にやよちゃんはヒールきついし、女の子なんだし。俺らより体力はないっしょ?ゆっくり休んで、午後も頑張ってこーよ。」
「・・・は、い。・・・そっか、いいんですね。ここは。」
「何が?」
「しっかり休憩取っても。」
「・・・へ?だってさ、40分は与えられてるんだからその間はゆっくりしないと。トイレ済ませたり、身だしなみ整えたり、お昼食ったり。やよちゃんにも、今まで休憩時間あったろ?」
「あったはあった、んですけど・・・。10分くらいでした。」
「は?」
「その、急いで食べて交代だったりしないとだったので・・・あまり休憩時間っていうの、体験した事無いです。」
そうなのだ。私はこれまで休憩時間、というのを体験したことがあまりない。
喫茶店のアルバイトもそうだったが、基本はゆっくり朝もお昼も食べれない。前の仕事もだったし。
10分で食べて、トイレ済ませて・・・飲食店は基本そうなのだと思っていた。
だから自然と食べる量も少なくなるし、食べる時間も早くできるようになっていった。
その話をすると、奏さんは呆れたような憐れむようなそんな顔をしていた。
「俺も色んなバイトしてっけど・・・そこまで過酷なの聞いたことねーよ。」
「過酷・・・ですかね?」
「自覚症状ないんだ・・・。ある意味すげぇな。」
と、そこへ扉がノックされ、蓮さんが入ってきた。私と奏さんが「お疲れ様です」と言うと、蓮さんも軽く頷いて奏さんの隣に座る。蓮さんのパスタも、奏さんと同じくらいの量だった。・・・男の人って・・・。
「店、どっすか?」
「ある程度落ち着いてきた。けど、まだ油断はできねぇな。」
「はー・・・オープン初日ってのは大変だねぇ・・・。あ、そーだ!蓮さん聞いてくださいよー、やよちゃんの話!」
「は?」
「え?」
さっきまでの話を奏さんが話すと、蓮さんも同じく呆れた顔をしていた。
私、そんなにおかしい話をしたのだろうか。確かに友人達にも「その休憩とかないわ。」とは言われたけど・・・。
「・・・労働基準法とか引っかからねぇのか、それ。」
「・・・・考えた事ありませんでした。」
「え、まさかのそれが当たり前とか思ってたり?」
「これが社会か、って感じでしたけど・・・。」
そう言うと、2人は同じタイミングで溜息を吐いた。・・・そこまでか?
「今までどれだけつらい目にあってきたのか・・・可哀想だなやよちゃん。よかったな、ここが良い職場で!」
「え、あ、はい。」
「・・・・・葉桜。」
「はい?」
「・・・・・なんかあったら言えよ。」
「え?」
「そーそー、蓮さんの言う通り!なんかあったら相談してくれよ?この職場女子1人だしさ、言いづらいこととかもあるかもだけど。」
「え、え?」
「なんつーか、やよちゃんって凄い無理しそうな感じだからさ。限界突破ばっかしちゃうみたいな?」
「あんま力んでないで、リラックスしてればいいんじゃねえの。」
「2人とも・・・。あ、ありがとうございま、す。」
そこってお礼言うとこか?と奏さんは笑っていた。蓮さんも心なしか笑っている様な気がしないでもない。
・・・そうか、他人から見るとそういう風に私は映ってるのか。無理は、していないとは思うけど。
けれど、優しい人達だなと思う。純粋に心配してくれてるのが分かって、嬉しくなった。
午後、もっと頑張れる気がしてきた。
私が食べ終わる頃に2人も食べ終わり(あまりの速さに驚いていたら「普通だよ」と返されたけど・・・)、しばらくゆっくりと過ごす。主に奏さんがしゃべって私と蓮さんが聞き役に回っていたけど。
「・・・・と、そろそろ時間か。早いなー休憩終わるの。」
「午後もあんだろ。」
「それを目標に、頑張りましょうか。」
「デザート楽しみだなー。」
「はい。」
「・・・・行くか。」
食器は洗うからと言って蓮さんが持ってくれた。私と奏さんはホールへと向かう。
さて、午後のcafe wonderland。とりあえず、無理しないよう頑張ろう。




