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cafe wonderland  作者: 天草暦
16/19

開店

7月4日、とうとうこの日がやってきた。

枕元にある携帯を見ると、時間は6時半。開店時間が9時なので、30分前には着いてないといけない。

まだ余裕はあったが、目が覚めてしまったので起きる事にした。私はメイクに時間がかかるし、早めに行くのもいいだろう。

一通り済ませ、着替えて家を出る。朝といえど、既に暑い。

最初は家でメイクを済ませようと思ったのだが、この暑さじゃ汗が出てきてメイクが落ちてしまうと思って、止めた。

水月さんにもらったメイクの仕方が書いてある紙をこの1週間ずっと見て勉強してきたので、始めは1時間はかかっていたのが、30分で出来るようになったから、早めに行けば大丈夫だ。

駅に着き、電車に乗り込む。電車の中は冷房が利いてて涼しかった。通勤ラッシュを少し過ぎたくらいだったので、それなりに空いていた。座れはしなかったけど。

私はドア付近の壁にもたれながら、iPodを取り出して音楽を聞こうとした。が。

近くに座っていた女性2人の会話が耳に入ってきて、その行為は中断となった。


「楽しみだねー、cafe wonderland!」

「不思議の国のアリスがテーマかぁ・・・。乙女チックなんだろうね。」

「どんなかなー?やっぱメイドカフェとか執事カフェ的な感じなのかな?」

「かもねー。でも、変わってる設定だよね。お客さんがアリスで、従業員が不思議の国の住人でしょ?しかも、かなりイケメン揃いって!」

「逆ハーレムの世界よねー・・・ほんと、漫画みたい!」


・・・話の内容は理解出来た。

ちらりと横目で見れば、それはそれは可愛らしい人たちだった。可愛い系、というよりは落ち着いた大人の美人といった感じ。・・・憧れるな、大人な女性。

けど、一つ疑問があった。ここ最近テレビのニュースや新聞は読んでいるが、cafe wonderlandのことについては何も書いていなかったし、報道されていなかったはず。

となると後は雑誌とかネットだけど・・・詳しい情報を知りたいので、2人の会話にもっと耳を集中させる。


「N駅って辺りが便利いいわよねー、しかもちょっと外れたところってところがまたいい!」

「けどさー、なんで雑誌だけなんだろうね。しかも乙女向け雑誌のみ。」

「確かに、ニュースに取り上げられてもよさそうなのにね。てゆーか私、ツイッターで知ったし。」

「ああ、拡散希望?」

「そ、その雑誌見た子が広げたのかな?ほら、私らそうゆう雑誌は読まないじゃん?」

「うんうん。でも助かったよねー、まさか地元にこんな所ができるなんて、思わなかったもん。東京ならまだしもさー。」

「だよね。・・・え、ちょ、もう並んでる人いるらしいよ。誰か呟いてる!」

「嘘!?く・・イベントなみに並ぶのかしら・・・。でも、確か早朝から並ぶのはご遠慮くださいみたいなこと書いてなかった?」

「あった、けど・・・。今早朝じゃないからいいんじゃないってこと?」

「うっわー屁理屈・・・。」

「でもまあ、並んでるだけで行列とは書かれてないし・・私らも電車降りたらちょっと急ごうよ。」

「だね。」


成程、情報源は雑誌&ツイッターらしい。もしかしたらフェイスブックもあり得るかもしれない。

けどもう並んでるって・・・カフェに並ぶって凄いことなんじゃないだろうか。

最近だと、東京の方でパンケーキの店に朝から行列らしいけど・・・そこまでして行きたいものか?

そうこうしているうちに、電車がN駅に到着した。女性達が降りてから、私も降りる。

その後は、まるで私が後をつけるかのような形になってしまう。今日は信号待ちしなくてもよかった。

そして脇道を抜けると、正面入り口には話に聞いていた通り、既に10人は並んでいた。

門が閉まっている為、それ以上は中に入れないらしい。みんな、この暑い中御苦労さまである。

私の前を歩いていた2人も、慌ててその列に並んでいった。私はそれを見送り、裏門の方へと向かう。

裏門へ行くと、「関係者以外立ち入り禁止」というプレートと共に、何やら怖そうな男の人が立っていた。この暑いのにスーツを身に纏い、サングラスをかけている様は、ちょっと異様なものだった。


「・・・・あの・・・。」

「葉桜弥生さんですね?どうぞ、中へ。」


怖そうな男の人は、裏門を開けてくれる。えっと、認証システム人バージョンみたいなことだろうか。

私はお礼を言って、中へと入る。直ぐ様2階に上がり、準備をする。

少し汗をかいてしまったので、汗ふきシートで全体を拭き、着替えを始める。

正直ストッキングとか手袋は暑苦しいが、店の中はクーラーが利いてるから丁度いいくらいか。

メイクを済ませ、外へと出る。階段を降りると、丁度秋君と春君が着いた所だった。


「2人とも、おはよう。」

「おっはよー、弥生。」

「ね、あれ何?超怖いんだけど。」

「えっと、認証システム・・・?」

「いや、あれちゃんと生きてたから。」

「警備員よ。」


おはよ、とこちらも暑いのにスーツに身を包んだ水月さんが私達の質問に答えてくれた。


「警備員?あれが?」

「ほら、表見たでしょう?今日はお客さんが多そうだから、頼んだの。車でみえるお客様もいるから、その誘導とか、間違えてこっちに入ろうとしないようにってね。とりあえずしばらくはああやって裏口にいてもらうわ。知らない人が入ってきたら困るもの。」

「じゃあ機械にすればよかったのに。」

「機械導入するよりも人件費の方が安かったのよ。貴方達全員確認したら、それで仕事は終わりだしね。門を乗り越える子なんて、流石に現れないでしょ。」

「あれを乗り越えれるのって人外くらいでしょう・・・。」


それこそ、猿並みの身軽さじゃないと無理だ。普通の人がやっても絶対登れないだろうし、途中で通報される。

まあ確かに、あの並んでいる人たちを見ると整理する人間が必要か・・・。また増えてるんだろうか。


「それより、2人は早く着替えてらっしゃい。開店時間までにする事は沢山あるんだから。」

「はーい、いってきまーす。」

「じゃ、弥生あとでねー!」


そう言って2人はそそくさと建物の中へと走って行った。残された私と水月さんも後に続く。

歩きながら、そういえば水月さんは今日スーツなんだな、と思った。オープンの日だし、女王様の格好をするもんだとばかり思っていたからな・・・。

気になったので、水月さんに聞いてみる。


「水月さん、今日は衣装着ないんですか?」

「え?ああ、それがねー間に合わなかったのよ。今週の金曜に届く予定になっちゃって。しかも夜。だから初お披露目は土曜になりそう。やっぱり豪華にしすぎたかしらね・・・。」

「・・・どれくらい豪華なんですか?」

「大量にフリル使ってもらってるわー、生地も一流の真っ赤な布をね!そのせいかしら・・・。」

「・・・そのせいでしょう。」


どれだけ自分の衣装にお金かけてるんだこの人。私達よりかけている気がする。

そもそも、それだけのお金を一体どうやって・・・。

けど、残念だ。水月さんの衣装姿、見たかったのに。絶対綺麗なんだろうなぁ。


「・・・・・見たかったな・・・。」


私としては小さく呟いた一言だったけれど、水月さんの耳にはしっかりと聞こえていたらしい。


「・・・・前もだったけど、弥生ちゃんそんなに私の女王様姿見たいの?」

「え、って。あれ、私声出てました?」

「小さかったけどね。でも弥生ちゃんだけよー、楽しみにしてくれてるの。睦月は私の衣装案を見て鼻で笑ってたからね・・・。」

「・・・・でも、水月さん綺麗ですし。」

「え。」

「水月さん綺麗な顔だし、スタイルいいし、絶対真っ赤なお洋服似合うなと思って。むしろ、皆が興味無い方がおかしいと思うんですけど・・・。」


そりゃあ、おかまさんかもしれないけど。でも水月さんは綺麗だ。

中性的な顔立ちだし、スタイルだっていいし、動作とかも優雅だ。そんな人が似合わない訳ない。

しかし睦月さん、鼻で笑うって・・・・。


「・・・・。」

「水月さん?どうかしました?」

「え、ううん!何でもないわ、なんでも!」

「?はぁ・・・。」

「それじゃあ、そんなに楽しみにしてくれてる弥生ちゃんに一番に私の女王様姿見せてあげる。」

「え?」

「そうね・・・頑張ってもらって金曜の閉店時間までに届けてもらうから。そうしたら、閉店後に見せてあげられるでしょ?」

「!・・・・いいんですか?」

「当たり前でしょ、弥生ちゃんには特別よ。」


そうウィンクして水月さんが言った。・・・・言ってみるものだ。

今週の楽しみが出来た。金曜日がわくわくする。


「・・・凄く、楽しみです。」

「・・・・ありがと。」


水月さんは少しだけ顔を赤くしてそう言った。よほど嬉しかったのだろうか、鼻歌まで歌いだした。

そういう私も、ちょっと鼻歌が歌いたい気分になっているけれど・・・と、浮かれてちゃだめだな。

今日はオープンの日なんだから、気を引き締めなければ。

水月さんと共にカフェへ入ると、そこには秋君と春君を除いた他のメンバーが揃っていた。

睦月さんと奏さんはキッチンに入って準備しているし、奏さんと悠里はテーブルを拭いたり、掃除したりしている。

2人は私の姿に気づくと、近付いて来てくれた。


「おっはよーやよちゃん!」

「おはよう、やよ。よく眠れた?」

「おはようございます、奏さん、悠里。・・・えっと、それなりには。」

「俺、緊張してよく眠れなかったよ・・・身体は凄く疲れてるのに。」

「あんだけ練習してたもんなー、悠里くん。春も秋もだけど。ちなみに俺はぐっすりです!」

「・・・でしょうね。えっと、掃除手伝います。後どこやればいいですか?」

「大体終わってるよ。元々綺麗だから、あんまりすることなくて。テーブルセッティングくらいも出来てるし。」

「砂糖とメニュー並べるだけだけどなー。」

「・・・なんか、本当にオープンって感じですね・・・。」


全てのテーブルに敷かれた真っ白のテーブルクロスの上には、メニュー表とシュガーポット。

キッチンからは色々な香りが流れてくるし、全員衣装を身に纏っている。

なんだか、いよいよといった感じだ。


「あ、弥生ちゃんおはよう。」

「睦月さん、おはようございます。蓮さんも、おはようございます。」

「ああ。」

「「お待たせしましたー!」」


睦月さんと蓮さんに挨拶をし終えた時、秋君と春君も着替えて登場した。

これで全員が揃った。水月さんの「全員聞いて!」の声に集中する。


「いよいよオープンよ!宣伝したおかげか、既に行列が出来てるみたい。気を引き締めて、頑張って頂戴!」

「・・・・あのー、質問なんすけど。」

「なに?奏君。」

「その、宣伝って一体なにやったんすか?俺、ツイッターやってるんですけど、なんか拡散希望でここの名前あったんすけど・・・。」

「ああ。えっとね、乙女向け雑誌の『LOVELOVO!』知ってる子いる?」


誰一人として知らなかった。私は、名前は聞いた事がある。

乙女向けのゲーム、アニメ、マンガを紹介する女子のオタクの為の本。恋愛ゲーム好きの友人が学校で読んでいた記憶がある。(次からは家で楽しむように、と皆で釘を刺した。だって、表紙が明らかに・・・うん。)ちなみに読み方は『ラブラボ』だ。


「それにね、2ページくらい載せてもらったの。それがネットで広まったみたいで・・・ネットではまだ知らせるつもりなかったんだけど。」

「あのー・・・どうしてその・・・雑誌に?」

「有名メディアに取り上げられたら大変でしょうが。貴方達はあくまで一般人なんだから、あんまり顔出しても駄目だし。今後もそうするけど、顔を見れるのはうちのカフェでだけよ。そっちの方が売れるし!」

「「そっちなんだ・・・。」」

「でも、あんまり目立ちたくないって子もいるんだから。売れる、ってのもあるけど、そこでしか会えない限定感、雑誌を読んで思いを馳せる妄想力!想像を膨らませてごらんなさい、行きたくなるでしょうが!」

「・・・・・そういうもんすか?」

「と、に、か、く!ここに来る子たちは貴方達の顔、素性全て知らない子たちよ。いい、貴方達は今から不思議の国の住人、お客様はアリス。徹底的におもてなしして差し上げなさい。それこそ、物語の世界の様にね。」

「・・・・夢を見せる、ってことですよね。」

「そう!尚且つ、カフェとしても満足してもらえる事。睦月、ケーキばっちりね?」

「勿論、いくらでも。」

「じゃ、確認するわよ。今からの時間はモーニング、9時から11時半までね。11時半から14時まではランチタイム、14時半からはティータイム。そして17時半ラストオーダー、18時閉店。今日は沢山の人がみえると思うから、手が空いた子からどんどん休憩入ってね!それじゃ、準備はいいかしら?」


その一言で、全員で入口の扉へと向き直る。


「女王様のご命令とあらば。」

「が、頑張ります・・・!」

「可愛いアリスがいっぱいだといいなー!」

「・・・・・・。」

「楽しみだね、ディー。」

「本当だね、ダム。」

「甘いお菓子は、沢山あるよ。」


「・・・・さあ!扉を開けるわよ!」


そして、不思議の国への扉が開かれた。

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