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cafe wonderland  作者: 天草暦
15/19

珈琲

それから毎日、研修の日々が続いた。

勿論、水月さんチームは毎日くたくたになるまで厳しく練習。私と奏さんは3日でメニューを覚えてしまったので、暇になってしまった。

そこで、睦月さんから紅茶以外のドリンクを作る練習をしようということで、またまた私が講師となって奏さんと蓮さんに教える事となった。

作り方とかは、私が今までやっているやり方でいいのか睦月さんに聞いたが、「慣れてる人が教えるやり方が一番いいと思うよ?」と言われたので、私の働いていた喫茶店方式に。

話を聞くと、蓮さんはほぼ食事担当だったので、ドリンクは一度もやったことが無いそうだ。奏さんは数々のアルバイトをしてきたけれど、飲食系は全て機械操作で色々な種類が作れるコーヒーメーカーを使っていたそうなので、普通に作るのは全く分からないと言っていた。

cafe wonderlandはそういった機械は無い。全て手作業で作る事になっている。

コーヒーは挽いてあるものを使うけど、それを分量ちゃんと量って、コーヒーメーカーにかける。紅茶メインといっても、やはりコーヒー好きの人は多いので一気に8人分は作れるコーヒーメーカーだった。

そして作っておいて、いざ注文が入ったら専用のお鍋に1人分を入れてコンロに掛け温める。勿論、カップを暖めておくのも忘れずに。これは、水月さんが準備してくれていた専用の入れ物に入れて温めている。


「えっと、じゃあコーヒーメーカーの使い方はこれでいいですか?」

「ん、おっけー。昔家にあったなーこういうの。今はインスタントが当たり前だから、こういうの置いてる家少なくなったよなー。」

「次はどうする?」

「じゃあ、今日はメニューにあるコーヒー全てやりましょう。いいですか、睦月さん?」

「うん、いいよ。今日は僕も加わるよ。紅茶は分かるけど、コーヒーはあんまり淹れた事無いから。」


そう言って全員が私の手元に注目する。・・・・正直、やりづらい。

今まで教える事はあったけれど、それは年下の学生だったし。年上相手に教えるっていうのは、中々緊張する。

一度深呼吸をして落ち着いて、作る種類を確認する。


「ブレンド・・・コーヒーは今言った通りなので、後はカフェモカ、カフェオレ、ウィンナコーヒーですね。」

「・・・それって、そんな違うのか?」

「あ、俺知ってるぜそれは!カフェオレが牛乳とコーヒーで作るので、モカはそれにチョコレートを足す!んで、ウィンナはブラックコーヒーに生クリームのっけるやつ!」

「正解です。流石ですね、奏さん。」

「一応コーヒーショップでバイト経験あるからね、種類は何となく覚えてた。まあボタン一つで出来るから作り方とか知らんかったけど!」

「カフェオレは簡単に作れそうだね。」

「そうですね、牛乳半分とコーヒー半分混ぜるだけなので・・・。じゃあ、やってみますね。」


私は鍋にコーヒーを半分、牛乳を半分入れて火にかける。中火で、お鍋のふちが沸騰してきたら一度鍋を回す。

こうやって何回も回すことで、全体が火にかかるようになると店長から教えてもらった。それと、牛乳は温めると膜が貼りやすいので、回して膜が貼らないようにする。よく電子レンジで牛乳を温めると、膜がくっついてしまうことが多い。本当はお鍋で温めた方が膜が出来にくいのだ。それを知ってから、私は家でもお鍋で何もかも作るようになった。

全体的に沸騰してきたら、もう一度だけ回して、カップへと移す。

それに、睦月さんの案で少しだけ生クリームを足す。カップの周りにくるくると円を描いていくように。これで、完成だ。


「・・・・どうでしょう?」

「うん、見た目もいいし、これでいこう。ウィンナよりは生クリームが少なめだね。」

「砂糖とか、入れなくていいのか?」

「このコーヒー自体がブラックでも後味すっきりしてますし、牛乳と相性がいいんで大丈夫だと思うんですが・・・甘党の人は個人で砂糖を入れてもらいましょう。本当は、そのまま飲んでもらうのが一番なんですが・・・。」

「んじゃ、俺飲んでみていー?味見味見!」

「どうぞ。」


奏さんがカップを持ち、カフェオレを飲む。内心、どきどきしていた。

作り方には問題が無い筈だし、コーヒーや牛乳もいいものだ。これで美味しくなかったら・・・私の腕に問題があるんだろうな。

だから、奏さんが「うまい!」と言ってくれた時はほっとした。


「確かに、このままでもいけるわ、これ。生クリームが甘いから、砂糖足さなくても丁度いいかも。」

「・・・よかった・・・。」

「じゃあ次は、モカをお願いしようかな。」

「あ、はい。」


私はオレが入っていた鍋を洗い、カフェモカを作り始める。

最初に、カップの底にチョコレートソースをいれる。大体、底が見えなくなるくらいまでだ。それに、温めたコーヒーを半分くらいまで注ぎ、よく混ぜる。その上からこれまた温めたミルクを注ぎ、上に生クリームをのっける。

あとはまたチョコレートソースをかければ、完成だ。うちの喫茶店にこんなお洒落なものはなかったので、これはサイトや本を読んで研究した作り方だ。


「じゃあ、次は僕で。」

「あ、はい。」

「いいっすねー、そっちも旨そう・・・。」

「・・・うん、美味しい。甘さも丁度いいね。」

「あ、ありがとうございます。・・・でも、二度手間ですよね?カフェオレ作った方が、一度で済みますし・・・。」

「でも、この淹れ方でずっとやってたんならこれでいいよ。2人とも、覚えた?」

「・・・一応。」

「まー、何とか!」

「・・・それでは、次はウィンナですね。言っても、モカよりも簡単かもですけど・・・。」


続いて私はウィンナーコーヒーに取りかかる。これは本当に簡単で、まず最初にカップの底に小スプーン一杯分の砂糖を入れて、暖かいコーヒーを注ぐ。大体7分目まで入れたら、そこに生クリームを渦巻くようにのせるだけだ。本当は砂糖はザラメが良いんだけど、無いので普通の砂糖で。これで完成だ。


「はい、蓮くん。」

「・・・俺、ブラック以外飲まねぇんだが・・・。」

「味を覚えないと作れないよ?」

「・・・・・。」


確かに、普段からブラックしか飲まない人にはきついかもしれない。本来甘いの好きな人が飲むものなんだから。

睦月さんの一言で、渋々といった様子で蓮さんはカップに口をつける。・・・なんでだろ、一番緊張する。

一口飲んで、やはり甘かったのか蓮さんは既に飲み終わっていた奏さんにカップを渡した。


「いい、けど甘すぎる。」

「・・・・すいません。」

「お前が謝る事じゃねぇだろ。俺が苦手なだけだ。他の奴らなら好きだろ、多分。」

「うん、俺すっげー好き!甘くてうまい!」

「だって。なら、これでコーヒーは大丈夫そうだね。弥生ちゃん、一応レシピ書いてもらってもいいかな?」

「あ、はい。」

「これに、あとアイスバージョンでの作り方もね。もうすぐ本格的な夏だから、きっと沢山入ると思うし。」

「分かりました。」


睦月さんから紙とボールペンをもらい、私は外へ出て開いている椅子に座り、レシピを書き始めた。遠くでは地獄のレッスンが見えてしまうので、見えないよう背中を向けて。

アイスの作り方は、ほとんど同じだ。ただホットコーヒーでは無くてアイスコーヒーに注ぐものが変わるだけ。

確かに、夏は甘くて冷たいものが欲しくなる。私も毎年、スタバのフラペチーノをよく飲んでいる。

あのシャリシャリ感と甘さが何とも言えない位美味しいのだ。私はあまり甘党じゃないが、あれだけは別格である。

・・・・なんだか無性に飲みたくなってきた。帰り、寄って行こうかな。


「葉桜。」


声をかけられ顔を上げると、そこにいたのは蓮さんだった。

書くのに夢中で近付いて来ていたのに全然気が付かなかった。見ると、蓮さんの手にはカップがある。


「これ。」

「・・・・カフェモカ、ですか?」

「一応、言われた通りに作ってみたが・・・味の確認頼む。」

「分かりました。」


一旦ペンを置いて、私は蓮さんからカップを受け取る。そのまま蓮さんは私の前に座る。カップの鼻を近づければ、カフェモカの甘い匂い。

湯気が出て温かそうだったので、少し冷ましてから一口。若干猫舌なのだ。


「・・・・!おいしいです。」

「・・・・大丈夫そうか?」

「はい。・・・やっぱり、覚えるの速いですね。」

「そうか?」

「私、本10回見て10回作ってようやく覚えたので・・・。」


・・・・なんか言ってて悲しくなってきた。不器用自慢なんてしてどうする私。

蓮さん仕事出来そうだもんな・・・私みたいな不器用人間、いらっとするんじゃないだろうか。


「・・・・なんかすいません。」

「何がだ?」

「いや、何と言いますか。不器用自慢と言うか・・・。全然そんな気はないんですが。」

「・・・。」


墓穴掘った気がする。益々蓮さんの機嫌が悪くなってる気がする。そりゃあ、マイナス話されたって嬉しくないわな・・・。

駄目だな、私にはどうもこういうことをしてしまう癖がある。気をつけてはいるのになぁ・・・。

そんな風に思っていた私の耳に飛び込んだのは、意外な言葉だった。


「それは、努力だろ。」

「え?」

「10回やって出来るようになったなら、努力だろ。途中で投げ出してないなら、それでいいんじゃねぇか。」

「・・・・ど、りょく。」

「・・・・それに。」

「に?」

「・・・・・なんでもねぇ。」

「・・・・それ、結構気になってしまうんですが・・・。」

「気にすんな。」


気になるけど・・・蓮さんがそれ以上聞くなオーラが出てるので、この話はここで終わりにしておこう。

・・・けど、努力か。はじめて言われた。家族には、本を見ながら作っていたら「まだ本見てやってんの?覚え悪すぎない?」とよく言われていたから。

そう言われて、毎回毎回傷ついてる私がいた。そりゃあ、器用な人とか覚えの早い人なら1発で覚えられるかもしれない。

私の家族はもれなくそういうタイプばかりなので、何度も何度も本を見て作っている私が目障りで仕方が無かったんだろう。

途中、作るのも嫌になったけど、それでも好きだったから。必死に必死に何度もやって、ようやく覚えられた。

それを褒めてくれる人なんて、勿論居ない。だから、蓮さんの言葉は、認められたみたいで嬉しかった。


「ああ、それと副店長から伝言。ジュース系は分かるが、ココアとかミルクとかの作り方も書いておいてくれだと。」

「あ、そっかメニューありますもんね・・・。え、でも。それも私でいいんですか?」

「副店長の判断なら、いいんだろ。さっきのコーヒーの作り方だってちゃんとしてたし、問題無いと思うがな。」

「は、はい・・・。」


私は、別の紙にジュース、コーヒー、紅茶以外の飲み物を書いていく。

ミルクは至って簡単だ、お鍋で温めるだけでいい。アイスはただグラスに氷入れてミルクを注ぐだけだ。

・・・・正直、喫茶店やカフェでミルクを頼む人は損をしていると思う。

そういえば、と目の前に座っている蓮さんを見る。口直しなのか、ブラックのコーヒーを飲んでいた。・・・休憩中?

キッチンの方を見ると、何やら楽しそうに奏さんと睦月さんが作っている。ミキサーを使っている辺り、ジュースを作るのに突入したのだろう。

私の視線に気が付いたのか、蓮さんは半分ほどコーヒーを飲んだところで説明をしてくれた。


「今度はメニューにあるジュースを作るんだとよ。」

「・・・一緒じゃなくていいんですか?」

「あのノリの高さについていけねぇから逃げてきた。後でレシピもらう。」

「・・・・ああー・・・。」


何となく、蓮さんの言い分は分かる気がする。

と、レシピを書く腕が止まってしまった。慌ててペンを取って書いていく。

蓮さんは何も言わず、ただ黙ってコーヒーを飲んでいるだけだ。

・・・不思議だ。こういう時気まずくなったりして無理に会話しようと頑張るけど、結局空回りしてしまうことが結構あったりする。でも蓮さんの場合はそんな事一切なかった。

黙ってても良い。寧ろ静かなのが、全く苦にならない。

最近色々と騒がしかったから、こういうまったりとした空気も良いなとしみじみ思う。


「・・・ココアって、面倒なんだな。」

「え?」

「作り方全く知らねぇから、そんな大変だと思ってなかった。」

「ああ・・・私もバイトするまで知りませんでした。」


蓮さんが話しかけてきたので、再び書く手が止まる。まあ、だいぶ書けてきたからいいけど。

話題になったのは、ココアの作り方についてだった。確かに、これは知らない人からしたら結構大変なことかもしれない。

まず最初。お鍋に牛乳をカップ一杯分入れる。そこにココア粉をスプーン山盛り1杯、砂糖をスプーン半分くらい。甘いのが苦手な人は砂糖少なめがおすすめ。それを、中火でかき混ぜていく。粉が残らないよう、泡だて器でしっかりと。

全体的に溶け、沸騰してきたら一度火からどける。そして再び火にかけ沸騰させて終わり。

後はカップに注いで、生クリームを添えれば完成だ。

これは前に働いていた所でも結構大変な作業だった。手間がかかるし、鍋の掃除が超大変。

それでも、やはり美味しかった。冬場なんて、結構な数が出るほどの人気だったし。


「最近だと、粉を入れてお湯を注いでココア完成ってのが多いらしいです。全然美味しくないですけど・・・。」

「そんな味が変わるもんなのか?」

「ちゃんとしたココアの粉と、インスタントじゃ全然違います。純ココアっていうの使うのが多いらしいですけど。」


最初から砂糖が入っていたりするのも多いが、ちゃんとしたのを作るのならやはり何もいれていない純ココアがいいと店長が言っていた。

それまで私はココアが飲めなかった。甘ったるくて苦手だったのだが、自分で作れるようになり、甘さが調整できるようになってからは次第に好きになっていった。


「あ。じゃあ今度、甘くないココア作ってみますね。」

「・・・それはもはやココアじゃないと思うんだが。」

「ココア粉が混ざってればいいと思います。それに、そういうお客さんいましたよ。」

「・・・・じゃ、頼むわ。」


・・・少しだけ、蓮さんの表情が和らいだ気がする。笑・・・・・ってはいないけど。

そんなことをしている内に、水月さんから解散命令が出された。時計を見ると、4時ちょっと過ぎ。今日は一日コーヒー作っていただけなような気が・・・。

使っていたカップを片づけ、書けたレシピを睦月さんに渡す。


「・・・・これで分かりますか、ね?」

「うん、いいよ。詳しく書いてあるし。お疲れ様。また明日も頑張ろうね。」

「はい・・・・。・・・?」


何だろう、物凄く睦月さんに見られている。私の顔に何かついているだろうか。

もしかして、さっきのカフェモカ飲んだ時に口の周りに何か・・・いやでも、拭いたし。

1人で悩んでいても仕方が無いので、単刀直入に睦月さんに聞いてみる事にした。


「あの、睦月さん。私の顔に何かついて・・・?」

「え、あ、ううん。違う違う。凄いなーと思って。」

「?すご・・・・?私にそんな要素一ミリもありませんが・・・?」

「だって、蓮くんとあんなに話してるの弥生ちゃんだけだよ。」


え、と思わずもれてしまった。幸いにも皆着替えに行っているので残っているのは私と睦月さんの2人だけだった。(水月さんはまたもや何処かへと行ってしまった。相当忙しい様だ。)

蓮さんと話しているのが、私だけ?でも、蓮さんって確か睦月さんにタメ語でしゃべってるし、奏さんもなんだかんだ絡んでるし、それなりに会話はしていると思うんだけど・・・。


「僕らと会話と言っても、蓮くんがあんなに何か聞いたりしてるのはあまり聞かないよ。」

「・・・ただ単に珍しいからなだけじゃ・・・。」

「んー、でも僕らと話してるよりは明らかに口数多いし。それに、なんだかちょっと雰囲気も優しくなるんだよねぇ。」

「はあ・・・。」

「まあ、弥生ちゃんは弥生ちゃんらしく頑張って。ね。」


そう言って、睦月さんは私の頭を撫でた。そして、「僕も着替えてくるよ、じゃあ、また明日。」と行って着替え室へと向かっていった。

私は、唯一人そこに立っている訳にもいかないので、専用の着替え室へ向かう。

着替えながら、さっき言われた事を思い出す。・・・・何だったんだろう。

睦月さんはああ言うけど、別に私が凄いことをしてるのでは無いと思うけど。ただ単に、静かな空間に移動した結果が私だっただけだろう。あそこに例えば睦月さんが一人でいたり、悠里が一人でいたら蓮さん同じ行動するだろうし。

それにしても。睦月さんは人の頭を撫でるのが好きみたいだ。私の事犬か何かと思ってるんじゃないだろうか。

・・・・流石に20超えての頭撫では気恥ずかしい。

着替え終わり、部屋から出て下へと向かう。今日は誰も残っていなかった。

1人で駅へと向かう。何となく寂しく思っていたら、携帯が鳴る。開くと、色んな人からメールが入っていた。

秋君と春君からはあまりにも疲れたから先に帰るね、という内容。悠里もほぼ同様だった。・・・よほど答えてるらしい。

奏さんからは今日用事あるから一緒に帰れない、残念と。・・・一緒に帰る気だったのか。

笑ってしまいそうだったが、携帯を見てにやにやしていると怪しまれかねないので、止めておいた。

誰かと帰る、なんてこと高校生以来だ。とゆうか、高校生の時もあまりなかった。

1人で音楽聴きながら歩いて帰るのが好きだったから、むしろ友人と帰るのがあまり好きじゃなかったし。

・・・・けどまあ、明日。明日は、誰かと帰れるといいなと、ちょっと思ってしまって、恥ずかしくなった。





そして、7月4日。いよいよ、cafe wonderland、始動します。

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