紅茶
午後、水月さんチームは相も変わらず大変そうだった。3人ともすでに瀕死状態である。
それを遠巻きに見守る私と奏さん、それから蓮さんと睦月さん。メニューを覚えたりしなければいけないのだが、正直向こうの様子が気になって集中できない。
蓮さんはお昼の準備が終わったので、私達と一緒にいる。睦月さんはもう少ししたらデザートの用意をすると言っていた。
お昼も物凄く美味しかったから、デザートも楽しみだ。
「んー・・・そろそろ息抜きさせてあげようか。デザートの準備してくるよ。」
「手伝うか?」
「ううん、大丈夫。出来たら呼ぶから、運ぶのだけ手伝ってくれる?と、飲み物の準備もしないとね。誰か、用意してくれるかな。」
「飲み物って、コーヒーとかっすか?」
「いや、珈琲豆は明後日届く予定だから、今日は紅茶にしようか。あ、でも苦手な人いるのかな?まあ、そういう人はミルクがあるからそれにしてもらって・・・。」
「・・・紅茶って、ティーパックじゃないんだよな?」
「当たり前だよ。帽子屋さんがそんなことでどうするのさ。うちはちゃんとした茶葉を使った紅茶を入れるんだか・・・・あ。」
「睦月さん・・・?」
「・・・・3人の中で、ティーパックじゃない紅茶淹れた事のある人で、それなりの作法知ってる人挙手。」
私は手を上げる。けれど、それ以外の人たちは誰一人手を上げなかった。全員の注目が私に集まる。・・・・・え。
「・・・・え、私だけ、ですか?」
「やっぱりか・・・。接客業とか、飲食業やってるって人でも、紅茶を淹れるって中々しないからね。蓮くんの言う通り、ちょっとしたカフェだったりお店だったりはティーパックの所が多いから。」
「それ以前に、俺あんま紅茶飲んだ事無いんすよねー。」
「・・・俺もだな。つーか、殆ど飲まねぇ。コーヒーのが楽だし、早い。」
「あー、分かります。俺もほぼコーヒー派。やよちゃん、何で知ってんの?」
「え、その、私が働いてた喫茶店が、ティーパック使わなかったので。それに、紅茶の方が好きなので、本読んで覚えました。・・・寧ろ私、コーヒーの方があんまり飲まないです。」
その昔、私は紅茶が大嫌いだった。それにコーヒーも。
それは今でもそうで、やっと飲めるようになったコーヒーでもミルク入れないと絶対飲めない。けど1杯も飲めない、段々と気持ち悪くなってくるからだ。
喫茶店でのアルバイトは、朝からコーヒーにトーストだったので、毎朝つらかった覚えがある。
そんなある日、夏の暑い日だった。マスターがアイスティーを作ってくれたのだ。皆は喜んで飲んでいたけれど、私は中々飲めずにいた。今思い返すと、あれは唯の飲まず嫌いだった。私は一度も紅茶を飲んだ事が無いのに、紅茶=美味しくないと思い込んでいたのだ。そして、皆が飲んでるのに「嫌いです」と残すわけにもいかない、と勇気を出して、飲んでみた。
すると、想像と全く違っていた。コーヒーと違ってさっぱりとして飲みやすかったのだ。あれ、普通のお茶みたいだと思った私は、そのアイスティーを一気に飲み干した。後味爽やか、気持ち悪くならない。ああ、紅茶ってこんなに美味しいんだとその時知った。
それからは、何処のお店に行くにも紅茶を飲んだ。飲めるようになると、どうして今まで嫌いだったのか分からない位紅茶にハマっていった。本を読んで、美味しい入れ方を勉強するようになったし、茶葉を買って自分で淹れるようになった。
「へえー、でもさ、紅茶って確か5分?くらい待たなきゃいけないじゃん?そんな時間かかるもんなら、インスタントコーヒー飲んだ方が楽じゃね?」
「待ってる間も楽しいですよ。基本は3分ですけど、葉によっては1分で開くのもありますし。」
「・・・・そうなのか?」
「はい。最近だと、フレーバーティーとかハーブティーにも色んな種類があって、美味しいですよ。」
「よかった、知ってる子がいて。じゃあ弥生ちゃん、紅茶淹れてもらってもいいかな?それで、蓮くんと奏くんは淹れ方を教えてもらうといいよ。」
「分かりました、けど・・・教える程じゃない、ですよ?」
「いやー、俺と蓮さん全くの素人だから。つーことで、頼むね、やよちゃん!」
「はあ・・・。」
4人でキッチンへと向かう。睦月さんはデザートの準備を。私達3人はコンロの方へと向かう。
近くを探すと、紅茶のポットだったり、茶葉だったり、必要な道具が揃っていた。ポットの大きさを見る限り、流石に一気に8人分は作れなさそうだ。3,3,2で分けて淹れるか。
まずは、ポットに水道水を入れてコンロにかける。その間に、人数分のカップを用意。
「水道水でいいのか?」
「はい、日本の水だったら寧ろ、ミネラルウォーターとか使うより水道水の方がいいです。」
「あー、なんだっけ。硬水と軟水?」
「そうです。日本の水は軟水なので。」
「海外の水って飲んじゃ駄目っていうしなー、腹壊したりするから。日本人には合わないって聞くし。」
「・・・・海外いったことあるのか?」
「よくいく友達から聞いたんですよ。そいつ、毎回お腹壊して帰ってくんです。」
「(・・・何故その友達は学習しないんだろう・・・。)」
そうこうしていると、お湯が沸騰してくる音が聞こえる。私はポットを取ると、まずはカップ全てにお湯を注ぐ。勿論、ティーポットにもだ。少し入れて、再び水を足して沸かす。先程とは違うので、直ぐに沸くだろう。
「これで、カップとティーポットをあたためます。こうしないと、注ぐときに温度が下がってしまって、葉の成分が出なくなるんです。」
「へえー・・・。」
「私の店では、全てのカップを専用の入れ物に入れて、いつでもあたたかい状態で出せるようになってました。その方が楽なので。」
「・・・副店長、準備できるか?」
「うん?うん、いいよ。兄さんに発注頼んでおく。」
私の所では、ガスコンロの上に銅の長方形型のボックスを置き、その中にお湯を大量にいれてカップを入れていた。段々と冷めてくるので、そうなったらガスコンロに火をつけると、またあたたまるという仕組みだ。
私も喫茶店でアルバイトするまでは、そんな事全く知らなかった。どの飲み物でもそうなのだが、カップが冷たいとせっかくの熱いコーヒーも2,3度温度が下がってしまうそうだ。
そして、再びお湯が沸く。温めておいたティーポットのお湯を捨て、中にティースプーンで3人分の茶葉を入れる。茶葉によっては違うが、基本は人数分入れれば大丈夫だ。
そしてお湯を注ぎ、ティーカップのふたをしてから、砂時計をひっくり返す。
「・・・これで、この砂時計が落ちたら出来上がりです。」
「これ、3分?」
「はい。じゃあ、あと2ついるので、お二人でやってみてください。」
「いきなり!?んーでも、見た感じそんな難しくはなさそうだったような・・・。」
「茶葉の量って、1人分このスプーン一杯でいいのか?」
「そうです。あ、でも一つは2つ分でいいので、2杯でお願いします。」
「じゃあ、俺2杯の方で!蓮さん3杯よろしく!」
「・・・・了解。」
奏さんと蓮さんに教えながらやってもらう。やはりというか、私が覚えるのにちょっと時間がかかったのに対して、2人はもう殆どマスターしているようだった。こういう風にあっさり一発でやられてしまうのは、不器用な私には羨ましくて仕方が無い。二人に教えていたら、自分が淹れた紅茶の砂時計があと少しで終わりだったので、そっちに取りかかる事にした。
砂時計の砂が全て落ち、私はティーポットのふたを開ける。このティーポットは中に茶濾しがついているタイプなので、茶濾しを取り出して、生ゴミ用のゴミ箱に入れる。あとは、カップに注いで出来上がりだ。
カップに注ぐと、物凄くいい香りが立ち込める。流石に紅茶は好きでも、香りで判断できるほど詳しい訳じゃない。けど、この香りはいつも飲んでるのと似ている気がする。
「・・・ダージリン?」
「お。弥生ちゃん正解。茶葉はダージリン、アッサム、アールグレイ、アップルの4種類。あまり種類が多くても大変だしね。量より質ってことでね。」
「それって・・・全部違うのか?」
「違うよねぇ、弥生ちゃん。」
「はい、全然違います。」
「ええええ・・・俺らからしたら全部同じだと思うんだけど・・・。アップルティーは聞いたことあるにしても、それ以外の3つって一緒じゃないの?」
「ダージリンはストレート、アッサムはミルクティーに向いてるんです。アールグレイとアップルはフレーバーティーなので・・・。ちなみに、アールグレイはアイスティーに向いてます。」
「茶葉にも向き不向きってあんの!?」
「あるんだよ。茶葉の味とか香りって全然違うから、それに合わせて色々好みを変えて飲むのも美味しいんだよ。にしても、弥生ちゃん詳しいね。流石、紅茶好きなだけある。」
「睦月さんだって、詳しいです。」
「僕はお菓子に合う飲み物を考えてたら自然と覚えたんだよ。紅茶の方はもう出来そうかな?僕の方はもういいんだけど。」
そう言って睦月さんが見せてくれたのは、ロールケーキだった。
見た目は普通のロールケーキだ、生クリームとフルーツがいっぱい入った。お皿にはチョコソースがかかったバニラアイスも添えられている。
蓮さんと奏さんの作った紅茶も出来上がったので、私達はお盆に載せて運ぶ事にした。今回開けてくれたのは、地獄の研修の指導者である水月さんだった。
「あら、おいしそう。それにいい香りねぇ。弥生ちゃんが淹れたの?」
「あ、はい。奏さんと、蓮さんもです。水月さん、もう終わったんですか?」
「だって、もうへばっちゃったもの。」
と言って指差す先には、先程と同じ位置に座って項垂れている3人の姿があった。
一応声をかけてみたが、返事が無い。頭の中で「返事が無い、唯の屍の様だ」という某ゲームの表示が浮かんできた。
よほどつらかったんだろうな、と憐れみを送りながら、3人の前にロールケーキと紅茶を置く。すると、香りにつられたのか3人は一気に顔を起こした。
「わ。」
「いい匂い・・・!」
「「やった・・・デザートだ!!!」」
「・・・・3人とも、生きてる?」
「今、生き返った感じだよ。あー・・・もう体力空っぽ。」
「弥生いいなー、楽そうで。」
「僕らと変わろうよー。」
「いや、私が変わったところで意味が無いと思うんだけど・・・。」
「その通り!やよちゃんは俺と組んでるんだからなー。」
思い切り肩を抱かれて引き寄せられる。気付けば、至近距離の奏さんが悪戯っこの笑みを浮かべて笑っていた。てゆうか、危ない。今お盆に何ものっていなかったからよかったが、何かのっていたら大変な事態になる所だった。
「奏さん、意地悪しちゃだめですよ。」
「そーだよ、ちょっと接客業やってたからってー。」
「弥生が物凄く迷惑そうな顔をしてるし。」
「え、やよちゃんそんな迷惑?」
「とりあえず、重いので離れてください。まだ運ばなきゃでしょう?」
「ちぇー。」
そう言うと、奏さんは離れてくれた。この人のフレンドリーさは嫌いではないが、こういうのは苦手だ。
私は踵を返し、キッチンにあった残りの紅茶とロールケーキを運ぶ。おそらくこれで全部だろう。
全てのテーブルに行き渡ったのを確認し、私達4人もまた同じ席に付く。今回も水月さんの号令と共に食べ始めた。
私は、ようやく食べれるとわくわくしながら口に運ぶ。紅茶を淹れている時から、美味しそうに見えて仕方が無かった。
食べて、飲み込む。それはもう、絶品だった。皆もそうだったらしく、美味しそうな表情を浮かべている。
ふわふわのスポンジに、甘さ控えめの生クリームはスポンジとの相性抜群だった。中にあるみかんやリンゴも、とても合ってる。添えてあるバニラアイスも、美味しい。
なんというか、こんなに美味しいロールケーキ、初めて食べた。くどくないから、何個でもいけそう。
すると、またもや目の前にいる奏さんと蓮さんが私の顔を見ていた。今度は隣にいる睦月さんまで。
「・・・・・何ですか?」
「いやいや、何でもねえって。」
「笑い堪えてません?」
「幸せそうに食べてるから、微笑ましいだけだよ、ねえ奏くん。」
「そうっすね!ほんと、うまそうに食べるよねやよちゃん。・・・今までそんなひもじい体験したの?」
「・・・してないです。美味しいもの食べたら、美味しい顔になるに決まってるじゃないですか。」
「・・・・・流石にそこまで露骨に出る奴はいないと思うぞ。」
「え。」
・・・これから皆の前でご飯食べづらいな・・・。一度家でご飯食べてる時の顔を鏡で映してみようか。
甘くておいしいロールケーキに舌鼓を打って、おやつの時間は終了した。私達はお皿を下げて、片づけを終えて再び外へ出ると、さすがに体力がゼロになったのか、水月さんチームは全員今日のレッスンは終了したようだった。
まあ、朝からずっとだったし、明日もあるし。時計を見ると、4時ちょうどだった。
「ま、今日はこの辺りで終わりにしましょうか。皆、着替えて解散しましょ。とりあえず皆衣装は全部ロッカーにかけておいて。」
「「終わったー!!」」
「あー・・・きつかった・・・。」
「おっつかれー!いやー、見てる分は面白かったよー。明日も楽しみだな、こりゃ。」
「悪趣味だな、お前。」
「弥生ちゃん、足はどう?」
「・・・結構疲れました。でも、前よりは楽です。」
考えれば、約6時間はヒール履いて仕事してたんだな。今までだったら考えられないことだ。太腿は結構痛いけど、やはり練習の成果が出ているようで、前よりはさほどつらくない。頑張って家でも履いてて良かった。
全員着替える為に、男の人たちは1階、私は外へ出て2階へと上がる。これから、こうやって着替えて、降りて、また登って、着替えるのか。これ、今はまだいいけど、めちゃくちゃ暑くなる日とか、寒い日は結構大変だよな・・・。
部屋に着き、中から鍵を開ける。衣装を汚すといけないので、先に置いてあった拭くだけのメイク落としを使って派手なメイクを落とす。さすがにすっぴんで帰る訳にもいかないので、アイラインだけ引く事にした。元々、アイライン引くのはかなり苦手で、よくがたがたになったりしてしまっていた。さっき水月さんがやっていたように、慎重に、そーっと線を引いていく。このアイライナー、やりやすいな。ペンシルタイプのそれは、物凄く使いやすかった。
「・・・・こんな、感じか?」
鏡に映る自分を確認する。・・・まあ、多少がたがたではあるが、前よりはましだろう。
しかし、さっきまでとはまるで違う。魔法が解けてしまったように、鏡に映っていたのはいつもの私だった。少し残念な気持ちを持ちつつ、私は着ている服を全て着替えた。
パーカーと半そでTシャツ、ショートパンツにレギンス、サンダル。女王様の騎士から、普通の女の子に一気に下がってしまった。
「まあ、それが当たり前なんだけど・・・。」
これが本来の私なのだから。着替え終わった衣装をハンガーにかけて、タンスにしまう。
忘れ物が無いかを確認し、外へ出た。夕方の涼しい風が、顔に当たる。
階段を下り、裏口の扉を開けた。更衣室からは音がしなかったので、もうカフェにいるんだろうと思い向かうと、やはり予想は当たっていた。男の人って、着替えるの速すぎないか?
・・・あれ、でも水月さんは解散していいって言ってたけど・・・。
「あ。弥生きた!」
「遅いよー、うっかり帰っちゃうところだったじゃん!」
「え?えと、ごめん。・・・・あれ。」
これ、私が謝る所なんだろうか。
「「どしたの??」」
「ううん、何でも。それより、どうしたの?」
「弥生の番号。」
「は?」
「いや、は?じゃなくて。弥生の携帯番号とアドレス、教えてよ。」
「あ、あー・・・。そういう意味か。」
「だってさ、これから一緒にお仕事してくのに、知らないままじゃダメでしょ。」
「そういえば・・・。」
「凄いんだよ、弥生。僕らのケータイに家族以外の女の子の名前が入るんだから。光栄に思ってよ。」
「・・・・・ありがとう?」
あれ、お礼を言う所でも無い様な。気を取り直して、鞄から携帯を取り出した。
秋君と春君が持ってるのは、最新型のスマートフォンだ。カバーはお揃いで、絵具加工で色んな色の水玉が描かれていた。
赤外線通信にして、お互い交換する。
「おっけー、完了っと!弥生、LINEやってる?」
「やってるよ。そっちにも登録しておくね。」
「・・・弥生、住所とか誕生日登録してるんだね。」
「え?ああ、なんか埋めたくなって。」
「どんな理由、それ?」
「じゃあ、俺も登録さーせーてーっと!」
ぱ、と手に持っていたスマホが後ろから取られてしまった。振り向くと、私の携帯をいじっている奏さんの姿だった。
別に、特にやましいものはないからいいんだけど・・・勝手にいじるのはどうかと思う。
暫くして、「はい」と返された。電話帳を見ると、「九重奏★」と登録されており、真っ先に星マークを消してやった。
「酷い!!軽い悪戯心だったのに!」
「すいません、なんかいらっとして・・・。」
「あれ?どSモード降臨中?」
「奏馬鹿だねー、消されないよう設定すればいいのに。」
「とゆうか、いい歳こいて★マークも無いけどね。」
「お前ら、俺の事年上だと思ってる?」
「消されないよう設定って・・・出来るの?」
「簡単だよ、ちょっといじくればねー。」
そう言って、秋君と春君は顔を見合せて笑う。・・・それは、犯罪行為ではないのだろうか。
とゆうかこの二人、私だけじゃなくて奏さんにまでタメ語で呼び捨てなのか。このままいくと悠里もそうなりそう・・・あれ、さっき蓮さんにはさんづけも敬語もしてたし、水月さんとか睦月さんにも・・・・いや、水月さんは多少なめられてたけど。
・・・・ああ、そういうことか。きちんとランク付けみたいなのしてんだ、この双子。
蓮さんと睦月さんはちゃんと敬語とさん付け、それ以外は同等で見てるんだな。
「・・・・・・あれ?他の皆は?」
そういえば、と周りを見渡す。キッチンにも誰もいなくて、残っているのは私達だけだった。
「あー、帰っちゃったよ。悠里は疲れたから早く寝るって。」
「僕らもそう思ってたんだけど、弥生と交換しようって言ってたの忘れてて。残ってたの。」
「蓮さんも、とっとと帰ったしなー。水月さんはやる事あるって出てったし。睦月さんはロッカーの方にいっててまだ残ってるけど・・・。」
と、がちゃとドアが開く音がした。振り向くと、普段通りの服に着替えた睦月さんがいた。あれ、と私達の方へと向かってくる。
「まだ皆帰ってなかったの?」
「アドレス交換してましたー。睦月さんもどっすか?なんなら俺全員分送りますけど。」
「じゃあ、お願いしようかな。携帯、携帯っと・・・。」
睦月さん胸ポケットから携帯を取り出し、奏さんと赤外線で通信していた。ちなみに、睦月さんの携帯は黒のガラケーだ。ストラップも何も付いていない。そういえば、男の人はストラップつけないって言うような。
「奏くんのはスマートフォンかぁ。凄いね、僕は携帯なんて殆ど使わないから、これで十分だよ。」
「まー楽っすよね。電池の減りも少ないし、やっぱボタン打ちやすいし。まあ、だいぶ慣れましたけど。」
「若い子は慣れるのが早いよね。・・・と、これで全部かな?今度は僕が送ればいい?」
「睦月さんのと、あと水月さんのか。もらっておいていいっすか?そしたら俺が全員に送るんで。」
「じゃあ、お願いするよ。えっと、僕と・・・・兄さんのだね。」
お互い交換し終え、「じゃ、後で全員に送っとくねー!俺用事があるので先帰ります!」と奏さんは勢いよく外へと出ていった。用事・・・まさか、今日もデートなんだろうか。元気だな、あの人。
「じゃ、僕らも帰ろっか。」
「弥生、途中まで一緒に行こうよ。」
「うん。じゃあ、睦月さん。また明日。」
「うん、また明日ね。」
挨拶を交わし、3人で外へ出る。双子の間に私が挟まって歩く。二人とも背が高いので、捕らわれた宇宙人の絵を思い出した。とゆうか、私が真ん中でいいんだろうか。
「あれ。今日は車ないの?」
「運転手の人、休暇中でさ。暫く歩きなの。」
「まあ近いからいいけどねー。たまには歩かないと。とは言っても・・・疲れた。」
「2人は、初体験の事ばっかりだったもんね・・・。どう?」
「疲れるけど、楽しいよ。今までやったことないことばっかだから、新鮮!」
「うちで働いてるメイドさんとか執事さんとか、料理長って凄いんだなー・・・。」
「・・・だろうね。」
寧ろ、十禅師家で働いてる人達の方がもっと凄いと思うんだけど・・・。
歩いていくと、いつもの大通りに出る。そういえば、2人の家ってどの辺りなんだろうか。歩いて行けるって行ってたけど・・・歩いて行ける距離にそんなお金持ちが住むような家あっただろうか・・・。
「2人の家って、何処にあるの?」
「「あれ。」」
そう言って2人の指さす先には、最近建てられたばかりの超高層ビルがあった。買い物する場所やレストランもあり、商業施設としても有名なそこは、地元では知らない人はいない位だ。そこに、家?
いや、まあ確かにめちゃくちゃ広いし、高いけど。あれって住む所あるのか?
「本家は別にあるんだけどねー。カフェで働くって言ったらそこに住めって。」
「元々父親が住んでるんだけどね。一緒に住めってことになって。」
「・・・・・あれ・・・住めるの?」
「家賃高いけど、住めるよ。」
「立地条件としてはいいしね、N駅近いし。父親はずっと一人だったから大喜びだよ。一人って言ったってメイドさんもいるのにさ。」
「あ、なんなら今度遊びに来る?今日でもいいけど、さすがに今日は疲れたから・・・。」
「弥生、高い所平気?」
「平気だけど・・・。うん・・・・凄いね。」
あまりのスケールのでかさに驚いた。やっぱり、大手企業の子供って違う・・・。
今度遊びに行く約束をし、2人と別れた後私は何となくさびしい気持ちを抱えて、タイミング良くきた電車に乗り込んだ。
乗ってからしばらくして、携帯が鳴る。開くと、奏さんからだった。
メールには、悠里、蓮さん、そして水月さんと睦月さんのアドレスと番号。それから『4人にも皆のは伝えておきましたー★あ、でもよろしくくらいはした方がいいか?まーあとは適当に!』という文。
明日お礼を言う事に決めて、私は4人のアドレスを電話帳に登録する。アドレスを見て人の個性って出ると思うけど、悠里は機会が苦手と言っていたので誰かにやってもらったんだろう、長い文だった。反対に蓮さんは短かった。水月さんのはおそらくフランス語で、睦月さんのもフランス語だ。何故分かるかというと、私もフランス語だったりするから。
簡単なのにしちゃうと悪戯メールがくるから、成るべく難しいのと考えた結果がフランス語とかだった。本当はロシア語とかにもしようと思ったのだが、文字の変換が無かったので止めた。
最寄駅に付いて、家に帰ってから4人にメールする。
「『アドレス奏さんに教えてもらいました。これからもよろしくお願いします。』・・・でいいか。・・・つまんないかな。でもな・・・。何で、こんな悩まなきゃいけないんだろ・・・。」
メールの文章って考えるの苦手だ。友人とかなら、軽い感じで出来るけど・・・。
30分ほど悩んでから、さっきの文を送信する。しばらくして、返事が返ってきた。
一通目は睦月さんからで『こちらこそよろしく。今日はゆっくり休んで、足のマッサージとかするといいよ。』という内容だった。
二通目は蓮さんからで『よろしく』だけだった。まあ、あの感じで長文来たら驚くけど・・・。私も長い文章打つタイプじゃないから、これくらいがちょうどいいかもしれない。
少し時間をおいて、水月さんからもきた。『メールありがとう!今日は色々あって疲れてるでしょうから、お風呂でマッサージするといいわ。あ、メイクの紙渡すの忘れちゃったから、明日の朝渡すわね。それじゃあ、また明日!』と長かった。
ここでは表示できないが、可愛らしい絵文字も使われていたのは見なかった事にしておいた。
夕食を食べ終えて部屋に戻ると、悠里からメールが届いていた。機会が苦手とは言っていたけど、メールの返信にも時間がかかるのは、ある意味凄いと思う。内容は、『返事遅くてごめん。打つの苦手なんだ。こちらこそ、よろしくね。やよも今日はゆっくり休んで、明日お互い頑張っていこうね!』と書かれていた。
なんか・・・メールにもらしさというのは出るんだなと思った。そういえば、まだ秋君と春君とはメールしていない。2人のメールも見てみたいなと思った。
「ああ。でも、これから見れるのか・・・。」
あの人達と働いていく事になるんだから。そう思うと、なんだかわくわくした。
その日の夜は、言われた通りマッサージをして、ベッドに横になる。
明日が来るのが待ち遠しくて、私は明日遠足に行く小学生の様に中々寝付けなかった。




