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cafe wonderland  作者: 天草暦
13/19

昼食

研修、と言っても接客業経験のある私と奏さんのやることは、ほとんどなかった。

メニューを覚えるのと、役作りをすることくらいだ。役作り、というのは水月さんからもらった設定表を見て、どんな言葉遣いや態度にするか、とかだ。丁度一対一なので、奏さんと練習する事にした。


「ねージャック。今度さー俺と遊びに行かない?あ、なんならデートってことでもいいよ!」

「くたばれ。」

「酷い!いっくら女王様ラブだからってさー、ちょっとくらい俺に優しくしてくれたっていいじゃんかー。」

「しね。」

「えええ!?」

「・・・・てゆうか、奏さん普段とほとんど変わらないんですけど・・・。」

「まあ、似てるからね。そういうやよちゃんはだいぶ違うよな・・・。あ、実は結構毒舌家だったりする?」

「まあ、言いたい事ははっきり言う方です。」

「・・・・・え、まさか。今までの全部演技だよね?本心じゃないよね?」

「・・・・・・・・・。」

「無言止めて!ちょっと傷つくから!」

「楽しそうだね。」


漫才みたいだ、と確かキッチンでケーキを作っていた筈の睦月さんが私達の所に姿を現した。

キッチンでは蓮さんが今日の私達のお昼を、睦月さんが食後のデザートを作ってくれている。さっきから物凄くいい匂いがしてきていて、胃を刺激する。早くお昼になってほしい。


「あれ、睦月さん。いいんすか、こっち来ちゃって。」

「デザートの方は完成したからね。さっき少しだけど蓮くんの方も手伝ってきたから、あともうちょっとで完成かな?2人は役の練習だったよね。」

「はい、まあ、何とか掴めてきたかなと。」

「やよちゃんのどSっぷりがすげぇです。」

「あはは、楽しみだね。メニューは覚えられそう?」

「1週間あればなんとかっすね。俺は料理の方も覚えなきゃなんで、頑張らね―と。」

「そっか、奏さん中の担当もするんでしたっけ。」

「飾り付けとか簡単なのだけどねー。」

「僕もついてるから、大丈夫だよ。さて、あっちはどうなのかな?」


あっち、と言って3人で同じ方向を見る。そこは、水月さんが監督を務める接客業経験の無い悠里、秋君、春君の3人の姿。本当に一度も経験が無いらしく、水月さんから厳しい指示が出されていた。

秋君、春君はまあそうだろう。お金持ちの子だし、19歳だし、まだ社会に出た事も無いのかもしれない。けど、悠里は意外だった。てっきりアルバイトか何かでやっているものだと思っていたからだ。もしかしたら、悠里もそれ相応の裕福な家庭の子なのだろうか。

でも本人達は奏さんと同じく設定通りの役なので、役作りはそんなに難しくはなさそうだ。


「いいこと?いくら軽いノリだからと言ってもお皿やカップは静かに置く。それもゆっくりね。動作が優雅に見える事によって、自然に自分も優雅に見えるし、がちゃがちゃ置いたらせっかくの雰囲気が台無し!歩く時もそうよ!背筋伸ばして、指先は揃えて歩く!そして常にお客様の状態を知る!あまりきょろきょろしてるのもみっともないけど、お客様が何か欲しそうにしていたら真っ先に気付く!すいません、と何度も呼ばせない!」

「・・・・・き、きつい・・・。」

「働くのって、こんな大変なんだ・・・!」

「水月さーん、休憩ほしいー。」

「まだよ!いい、働くとなったら甘えなんて通用しないの!この1週間はかなり厳しく行くわよ!!」


「・・・あれ見てるとさぁ、俺接客業しててよかったなと思うよ。」

「・・・・私もです。」

「まあ、した事無い子は大変だよね。覚えなきゃいけない事が山ほどあるんだから。」

「・・・・・まだやってんのか。」


声のした方へ振り向くと、そこにいたのは呆れた様な顔をしている蓮さんの姿があった。調理は完成したようだ。

蓮さんはキッチンから出てきて、私たちが座っている4人がけの席の開いている席へと座る。ちなみに今は私と睦月さん、奏さんと蓮さんが並んで座っている。


「お疲れ、蓮くん。キッチンの使い心地はどうだった?」

「問題無い。むしろ、やりやすかった。」

「そう、安心したよ。ちなみに、今日のお昼は?」

「オムライスと、コンソメスープ。」

「うっひょぅ、楽しみ!って、蓮さんのご飯食べんの初っすね!楽しみだな、やよちゃん!」

「・・・・・お腹すきました。」

「・・・あっちの終了次第だな。」


あっち、と再び向こうにいる4人へ視線が向けられる。ちらりと時計を見れば、既に1時近くになっていた。そりゃあお腹も減る頃だ。早くご飯が食べたいという願いを込めて向こうに念を送るが、一向に気づく様子は無く、むしろスパルタ度が増していく。・・・・可哀想だな、向こうの3人。

でも、早くしないとせっかく準備してくれた蓮さんのご飯が冷めてしまう。作った蓮さんだって、温かいうちに食べてほしいに決まってる。その願いが通じたのか、隣にいる睦月さんが水月さんに声をかけた。


「兄さん、ご飯出来たから、そろそろ休もうよ。せっかくのご飯が冷めちゃうよ?」

「それで・・・・あら、もうそんな時間?やっだーごめんごめん、気が付かなかったわ!さ、ご飯にしましょうか!ごめんね、蓮君!」

「・・・・全員普通盛りでいいんだよな?・・・葉桜は?」

「え?」

「普通でいいか?それとも、少ない方がいいか?」

「えと、じゃあ、少なめでお願いします。あ、運ぶの手伝います。」

「頼む。」


蓮さんがキッチンに入る後を追って、私もキッチンへと入る。外から見たのと中から見るとでは、また景色が違っていた。

シルバーの流し台や、業務用の冷蔵庫。食器洗い機や製氷機、ケーキケース。中はまだほとんど何もないけれど、なんというか、「カフェだなあ」と思える。私の働いてる喫茶店には殆ど無い物ばかりだ。ケーキは販売していないし、食器洗い機も無い。全て手で洗っていたので、冬は手荒れが大変だった。

蓮さんは卵をといて、フライパンへ流し込む。その間にお皿に別のフライパンで作ったチキンライスをのせる。


「これくらいでいいか?」

「はい、丁度いいです。」

「・・・・・これだけで、夕飯までもつのか?」

「結構もちますけど・・・男の人って、やっぱり凄いですよね。お昼に大量に食べても、夜食べれるんですもん。」

「むしろ、それが俺らからしたら普通なんだけどな。」

「羨ましいです。・・・えっと、スープってこのカップに入れていいんですよね?」

「ああ、そこにお盆あるから使え。運べる分だけでいいぞ。」

「はい。」


私は別のお鍋に入っていたコンソメスープを、スープカップに入れていく。えっと、全部で8人分でいいんだな。

お盆に4つしかのせれなかったので、まずはそれを運んでいく。蓮さんは既に他の人のオムライスに取り掛かっていた。

カウンターの一番はじは、開けれるようになっている。中と外を行き来する唯一の場所だ。

けれど困った。今私は両手がふさがっている状態だ。これは片手で簡単に開けれるんだけど、今片手を離したらスープが零れてしまう。まあ、片手で持てない事も無いんだけど、バランス感覚が崩れてしまう。慣れればいいんだけど、今初めて持ったお盆だし。

どうしよう、と迷っていたら、いつの間に来ていたのか、奏さんが開けてくれた。


「おほ、うまそ!それ、スープまだ運ぶの?」

「あ、ありがとうございます。えっと、後4つまだ中に。」

「んじゃ、交代ね。今度は俺が運んでくるわ。」


そう言って、入れ替わるように奏さんがキッチンへと入っていく。・・・・うん、助かった。

心の中でもう一度お礼を言って、私は皆が座るテーブルへとスープを運ぶ。

席は、先程と同じく私達が座っていた席に、一人でいる睦月さんと、その横の2人がけのテーブルをくっつけて、悠里と水月さん、秋君と春君が座っている。3人ともかなり疲れているみたいで、椅子に座った途端項垂れていた。・・・お疲れ。

この場合、やはり年長者から配った方がよさそうだが、睦月さん一人だけに出したら後の3人を選ばなくちゃいけない。ここは既に4人座っている方へと置いた方がよさそうだ。

私はそう決めて、水月さんチームの方へとスープを置いていく。その様子を、じーっと水月さんに見つめられていた。


「・・・あの、水月さん。やりづらいです。」

「ごめんねー。ほら、3人とも弥生ちゃんのやり方ちゃんと見なさい!」


水月さんのその一声で、3人の視線も一気に私に向けられた。ますますやりづらい。それに、私のやり方はそんなに凄い事ではないと思うんだけど。

カップに付いた取っ手を相手から見て右側に向け、ただ静かに置くだけだ。全く持って普通である。


「ちゃんと飲みやすいように右側に向けてくれてるでしょう?それに流れるように静かに置く!やっぱ。弥生ちゃん接客業やってただけあるわねー。」

「普通、だと思いますけど。喫茶店のマスターがマナーに厳しい方だったので、注意されたのを気をつけてるだけです。」

「へー・・・やよ、凄いね。成程、飲みやすいとかも考えないといけないか。」

「・・・接客て大変なんだね。僕らいつもされる側だからさー。」

「確かに、考えた事無かったよね。準備してくれる人って、僕らの事ちゃんと考えてくれてるんだー。」


ふむふむ、と納得したように3人は頷く。・・・いや、だからこれ普通の事だと思うんだけど。

けれどまあ、悠里はともかくとして秋君と春君はされる側の人間だったなと思う。確かに準備する相手の気持ちなんて、考える必要も無かったんだろう。私だって、接客のバイトをしていなかったら、悠里みたいになっていたと思うし。

・・・・とゆうか、ほんと何で秋君と春君はここで働こうと思ったんだ?お金なら有り余ってるだろうに。

と、キッチンからスープを4つのせたお盆を持って奏さんが現れたので、私は通路を作るためそっちに向かう。さっきとは逆、私が開けて、奏さんが通る。


「さんきゅ、やよちゃん。もうオムライスも出来るってさー。」

「あ、じゃあ運んできます。」


そう言って、また代わるように私はキッチンへと入っていった。

奏さんの言う通り、蓮さんは丁度最後の一つを作っている所だった。少し離れた机には、ふわふわと湯気がたって、とても美味しそうなオムライスがある。しかも、チキンライスの上にのせてある卵は、よくテレビで見る様な真ん中を割ると、とろり半熟になる一度は食べてみたい憧れの形だった。胃がますます刺激される。


「これ、大きさ一緒ですけど誰でもいいんですか?」

「ああ、似たようにしてあるから。・・・と、最後の一つ完成。俺も運ぶ。」


蓮さんは2つ持って、私もお盆にのせれる3つを運ぶ。さっきと同じく、奏さんが開けて待っていてくれた。


「やよちゃん、このお盆貸して。そんで、あと3つ運んできなよ。」

「あ、はい。」

「あー・・・マジ上手そう。ってあれ?蓮さん、これってケチャップとかソースかけなくていいの?」


そういえば。蓮さんの作ったオムライスには何もかかっていない。オムライスと言えば、ケチャップか、デミグラスソースか、はたまたホワイトソースかになるはずなのに。


「卵自体に味があるし、チキンライスも少しだが味を濃いめにしてある。なんもかけなくてもうめぇんだよ。」

「へえー・・・けど確かに、ケチャップライスにケチャップまたかけるって変な話だよなー。味かぶっちゃうし。」

「そういえば・・・。」


確かに、同じものをかけても同じ味しかしないんじゃないだろうか。でも、やはりオムライスと言えばっていうイメージはあるし。一体誰が考えたんだろう。

奏さんにお盆を渡し、私は残りの3つを取りに行って配る。全員にようやく行き渡り、全員が席に付いた。

水月さんの「いただきます」という号令のもと、全員が食べ始める。


「・・・・・うま!!」

「いやーん、ふわふわ!さすがねー蓮君!」

「俺、こんなに美味しいの、初めて食べました・・・!」

「・・・・凄すぎない?」

「うちのシェフ並みなんだけど・・・。」

「うん、美味しい。スープもいい味してるよ。」

「・・・・・・どうも。」

「・・・・・・・!」


それはもうかなり美味しかった。わくわくしながら卵を割っていけば、とろとろととろけ出す半熟具合。チキンライスとの相性抜群だった。蓮さんの言う通り、何もかけなくても物凄く美味しい。

今まで、こんなに美味しいオムライス食べた事無い・・・。皆は感想を言っていたけれど、何といっていいのか分からなかったので、私は無言で食べていく。どうしよう、本当美味しい。スープも、オムライスが濃いめに作ってあるから、ちょっと薄めにしてあって、丁度いい。


「・・・・やよちゃん、花が飛んでる。」

「ふぁい?」

「口いっぱいに頬張って、もんのすげぇ幸せそうだなあと。」

「・・・・幸せです。」

「ですって、蓮さん!どう、こんなに幸せそうに食べる女子!」


その言葉で蓮さんの方を見ると、蓮さんもどうやら私の食べている所を見ていたらしく、ばっちりと目が合ってしまった。

食べている所を見られてるのって、正直恥ずかしいんだけど・・・・あれ。でも、心なしか、蓮さんが少し嬉しそうにしているような・・・。・・・・気の所為か?


「・・・・まあ、料理人冥利に尽きるな。」

「弥生ちゃん、午後のデザートも楽しみにしててよ。」

「!はい。」

「あーなんていうか、やよちゃんのこんな幸せそうな感じ初めて見たわ。すげぇな、後ろにいっぱいお花が飛んでる。」


10分程して、全員が食べ終わった。皆幸せそうな笑みを浮かべ、満足している。

と、直ぐに水月さんが立ち上がり、3人を無理やり立たせる。


「ほら、午後からの研修始めるわよ!今休憩できたんだから、デザートの時間を目標に頑張りなさい!」

「早速ですか!?」

「えー、お腹いっぱいできついよ・・・。」

「もうちょっと休んでからにしません?」

「甘い!こうしている間にも時間はどんどん過ぎていくのよ!ほら、きびきび動く!」


そして、水月さんに引っ張られる形で、再び3人にとって地獄のレッスンが始まった。

・・・・・頑張れ、としか言いようがなかった。


「俺、ほんとあっちじゃなくてよかったわ・・・。」

「ですね・・・。」

「じゃ、僕らは洗い物だね。」

「了解。」

「運ぶの手伝います。」

「俺もー。」

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