衣装
とりあえず、言われるがままにシャツとかぼちゃパンツを履き、水月さんを呼ぶ。
「はいはーい。じゃ、コルセット締めるわよー。」
「コルセットって・・・物凄いきついんでしたっけ。」
「最近のはそうでもないわよ。あんまり締めつけるとお腹痛くなっちゃうし。・・・はい、歯を食いしばって!」
「っ!」
腰にコルセットをつけられ、物凄いお腹に衝撃がきた。思わず悲鳴を上げてしまいそうなくらい。
調節をして、痛みがなくなるようにする。それが出来たら、今度は左右違う靴下を履く。靴下と言うよりも、タイツに近い感じで、一つは真っ黒の。一つは赤と黒のストライプ模様だった。黒の厚底パンプスを履き、首元に真っ赤なリボンをつけてもらう。頭にも真っ赤のバラの花の飾りがつけられた。これで一先ず完成らしい。
「うん、よさそうね。着心地とか、サイズはどう?」
「・・・驚くくらいぴったりです。」
「そりゃあ、私が直に図ったんだもの。ほら、鏡の前に立ってごらんなさい。」
背中を押され、スタンドミラーの前に立たされる。鏡に映った自分は、本当に物語の住人の様だった。
赤と黒の半そでストライプシャツに、真っ赤なリボン。黒いコルセットと黒いかぼちゃパンツに、真っ黒の靴下と赤と黒の靴下。足元は黒の厚底パンプス、二の腕まである黒のロング手袋。頭にはバラの花の髪飾り。
ヒールの高さは慣れ切っていたので、問題なさそうだ。シャツは袖のところがシャーリングになっており、丸く風船の様な形になっている。見事、赤と黒で統一された制服だった。
・・・・・これ、仕事できるんだろうか。
「やっぱ似合ってるわねー!貴方の緋色の髪には絶対あうと思ったのよその髪飾り!勿論衣装もだけど!さて、後はメイクしましょうか。最初は私がやってあげるから、ちゃんと覚えるのよ?」
「え、でもさっきメイクはいいって。」
「いいからいいから。後の事は睦月がなんとかしてくれるわよ。あの子器用だから。」
「・・・・そういう問題なんですか?」
「いいの、ほらそこ座って。」
無理やりドレッサーの前に座らされる。水月さんはドレッサーに置いてあったメイクボックスに手を伸ばすと、鼻歌を歌いながらメイクの用意をする。
てゆうかこの人、そんな事も出来るのか。
ちなみに私は今日マスカラをやってきただけだ。とりあえず下地は塗ってあるけど。でも全て落としてと言われたので、近くにあったメイク落としで全部落とす。・・・・流石にすっぴんは恥ずかしいな。
「じゃあこれ塗ってね」と言われ渡された下地クリームをつけていく。メーカーを見れば、全然高級品とかではなくて庶民の私でも簡単に手が出せるところだった。
「・・・水月さんって、何が出来ないんですか?」
「え?そうね・・・これといって特には。器用なのよね、私。特に好きな事には熱中しちゃうタイプだから、メイクとかスタイリングも一生懸命覚えたのよ。」
「えっと、それは自分の為に・・・?」
「違うわよ!んー・・・・何ていえばいいのかしら。貴方、ダイヤの原石見た事ある?」
ダイヤの原石。確かあんなに輝いているダイヤモンドと違い、原石は確か真っ黒で、とてもこれがあの綺麗な宝石になるとは思えない代物だ。実際に見た事は無いが、テレビでよくやっているのを見たことがある。
「私はね、人でも何でもそうだけど、磨きがいのあるものが大好きなの。例えば、ちょっと冴えない女の子や男の子を変身させたりするとかね。どんな人でも、努力すれば真っ黒な原石から輝かしい宝石へと進化する事が出来る。私はそれをお手伝いするのが好き。最初はそういう道に進もうと思ってたんだけど、邪魔が入っちゃってね。技術はあっても役立てる場所が無かったの。そんな時、睦月にカフェの話を持ちかけられた訳。」
「・・・・へえ。」
「で、色々話しあってコンセプトを不思議の国のアリスにしたカフェをやろう、って決めた訳。衣装って今貴方が着ているみたいなメルヘンチックなのがいいでしょ?それが作れるってだけで物凄く嬉しかったわ。」
「って、水月さんが作ったんですか、この衣装・・・?」
「デザインとパターンはね。ああ、でも貴方の衣装だけは全部私が作ったけど。他の子は業者と協力してやったわ。私、特に女の子の服とか作るの大好きなのよね。だからいっちばんどんな衣装にしようか迷っちゃって・・・。ぎりぎりまで悩んで、これになったの。」
開いた口がおさまらない状況になってしまったが、水月さんに言われたので必死に口を閉じる。呆気にとられるしかなかった。着心地からして、プロが作ったのとなんら遜色ない。こんなのが作れるって、凄すぎる。
けれど水月さんは、最初はこの技術で食べていこうと決めてたのか。邪魔が入ったと言ったが、やっぱりお金持ちの家系だし、長男って言ってたし、後継ぎとかそういったことなんだろうか。けど今、水月さんも睦月さんもここにいる訳で。
・・・・・凄いなぁ、ほんと。将来やりたい事を、実際にやれているんだから。
私の将来の夢は何もなかった。子供の頃は歌手とか、ケーキ屋さんとかになりたいという思いはあったけど。中学生の時も、高校生の時も、私は何もなかった。ただ早く社会に出て、お金を稼いで、家を出たいと思っただけだ。
そこに何になりたいか、という理想は無かったし、何か目的の為に大学へ行こうという考えも無かった。正直、頭もそんなによくはなかったし、長女は4年制大学、次女は専門学校に行っていたのでお金も無かったと思う。
友人に、幼稚園の先生になる為に短大へ通ったり、映像関係の仕事に付きたいと専門学校へ行ったりするのを見て、羨ましいという思いと、ずるい、という嫉妬心が芽生えたりもした。
だから、水月さんの話を聞いて、ついぽつりと呟いてしまった。
「・・・・・・いいな。」
「え?何か言った?」
「水月さんも、睦月さんも、将来やりたい事が分かってて。私、何も分からないんです。ただ流されて生きているだけだし、これといって得意な事もないし。20歳になって、これじゃまずいと思ってるんですけど・・・。」
「何言ってんの、まだ20歳でしょ?」
「・・・え。」
「私の知り合いにはね、40歳で勉強したいから大学へ行こうとしている人もいれば、70歳になって留学したりする人だっているのよ。やりたい、って思える事に出会えるのはいくつになっても出会えるものなのよ。貴方だって、もっと大人になったらそうやって見つかるの。あせらなくてもいいし、悔しがらなくてもいいし、落ち込まなくてもいい。必死に生きてさえいれば、きっと何か貴方にぴったりのものが見つかるわ。私然り、睦月然りのね。」
「・・・・・。」
どうしてこの人はいつも、私が欲しい言葉をくれるんだろう。
いつだって、この人が言ってくれる言葉に私は嬉しくなって、泣きたくなってしまう。けど今は泣かない。
せっかく綺麗にメイクしてもらってるのに、涙で落としてしまうのは勿体ない。
「・・・・それにね。多分皆、貴方と同じ思いを抱えてるわよ。」
「皆って・・・。」
「悠里君、蓮君、奏君、秋君、春君、まあ睦月ももしかしたらあるのかもね。あの子たちはね、全員が全員色んなものを抱えてるの。それは誰にも理解出来ないし、されないことがね。けど心のどこかで助けてほしいと願っている。」
「助けて、欲しい。」
「だからこそ私は、このカフェに皆を選んだんだけどね。・・・さ、完成よ。」
話をしている内に、メイクが完了してしまったらしい。あまりの手際の良さと話に、見て覚えるのを忘れていた。
鏡に映った自分を見る。別人のようだった。
マスカラがこれでもかというくらい長く、しっかりとついてるし、アイラインもきっちりと。可愛らしいピンクのチークと、赤やピンクのアイシャドウ。口にはこれまたピンクなグロスを塗られ、右目の下には赤いハートのシールが3つもつけられていた。
「えと、これを覚えるんですよね?」
「そうよ。後で手順とか書いとくから、家で練習するように。それと、そのメイク写真にとっておいた方がいいわよ。参考になるからね。それにしても・・・・。」
「はい?」
「かっわいいわねぇ、貴方。・・・って、あんまり言っちゃ駄目だったわね。けどほんと可愛いわよ。流石私が見つけた原石!変身し甲斐のある子だわ!!」
「はあ・・・。」
原石、という事は私は冴えない女の子なんだろう。まあ、合ってはいるんだけど。
しかし、普段ここまでメイクをしないものだから、正直慣れない。けばい、とも感じていたりする。同時に、メイクで人ってここまで変われるんだと驚きもある。
「貴方素材はいいのよね。お肌綺麗だし、顔小さいし、細すぎず太すぎず。胸はまあ・・・小さいけど。」
「放っておいてください。」
セクハラだ。というか、気にしてる事をはっきり言われてしまった。まあ、Bあるかないかくらいなんだけど・・・。
「さ、早速行きましょうか!お披露目楽しみだわー!」
「え、あ、待ってください。・・・・あれ、ここ閉めなくていいんですか?」
水月さんに腕を引っ張られ、部屋を出る。けれど、一応ここは家な訳だし、戸締りはしなくていいんだろうか。
さっき内側からカギをかけれると言っていたけれど、それはつまり外からはかけられないということになる。それは、防犯出来ていないんじゃ・・・。
「ああ、あれをご覧なさい。」
そう言って水月さんはとある方向へ指をさす。視線を移すと、そこにあったのは一台のカメラだった。
よくコンビニなどで見かける、防犯カメラ。外側から見ると、扉の左側に付いているようだった。
「あれでね、私と貴方以外がこの部屋に入ろうもんならすぐに警察に連絡がいくようになってるの。特別仕様。」
「え、え?」
「別に外から鍵かけてもよかったんだけど、そうなると貴方が持ち歩かなきゃいけなくなるじゃない?もし落としたら大変な事になるし、何処かに置いておいても危険だし。だからこうしたの。これなら、持ち歩く必要もないし、もし怪しい奴が近付こうもんならちょっと目に痛いレーザーが出るだけだから。」
「笑顔で言いますけど、レーザーって何ですか。」
「安心しなさいって、貴方には絶対に当たらないから。」
そう言われても不安になる。レーザーって、あれだよな。ビームみたいな・・・そんなのがあのカメラから出るなんて、一体何処で作られているんだろうか、あれ。そこにお金をかけるなら、別に普通に鍵を付ければよかったと思うけど。
まあ確かに、うっかり落としたりしたら怖いし、絶対になくさない保証もないし・・・。いいと言えばいいのかも。納得したように見えたのか、再び水月さんは私の腕を引っ張って歩き始めた。物凄く楽しそうに鼻歌なんか歌ってる。
そうか、そういえば皆にこの姿をお披露目しなくちゃいけないんだった。何だろう、物凄く恥ずかしい。1階に下り、裏口から入る。一度ノックして着替え室の扉を開けたが、誰もいなかった。おそらくカフェの方に出ているんだろう。私と水月さんもカフェの方へと急ぐ。
「おっまたせー!弥生ちゃんの着替え終わったわよー!」
「ちょ、遅すぎません?こっちは20分前には終わっ、って・・・・。」
カフェに入れば、そこにいたのは全員衣装に着替え終わった不思議の国の住人たちだった。
その全員の視線が、一気に私に注がれる。・・・・どうしよう、帰りたくなってきたし、恥ずかしい。
そんな事を思っていたら、水月さんに背中を叩かれる。
「ほら、胸張って背筋伸ばしなさい。貴方は可愛いの、この私が保証するから、堂々としてなさい。」
「・・・・・はい。」
「「弥生、可愛い!!」」
そう言って秋君と春君が駆け寄ってきてくれた。可愛い、本当言われ慣れない。
二人の格好を見る。やはり双子なので、衣装はまるっきり一緒だった。白シャツに黒のベスト、胸元には私と同じ真っ赤なリボン。黒のズボンに、赤いスニーカー。腰には黒く短いカフェエプロンが巻かれており、右下の方には4つのハートマークが刺しゅうされていた。見れば、少しだけ見える白シャツのボタンも赤いハート型だ。秋君は左耳にダイヤの形をしたピアスをしており、春君も同じ形のを右耳にしていた。初めて二人を見る人にとっては、どっちかわからないだろう。私もピアスと声で分かるくらいだ。
「あら、あんた達帽子はかぶらなかったの?せっかくお揃いのキャスケット準備したのに。」
「いやー、あれ結構邪魔というか。」
「落ちてはこないんだけど、接客するのにはちょっと不向きだと思って。」
「そう、わかったわ。検討する。まあ、帽子が無くてもいいとは思うけど。」
「・・・・・可愛い。」
「「え?」」
「秋君も、春君も、凄い可愛い。似合ってる。」
そう言うと、二人は顔を合わせて楽しそうに笑った。冗談抜きで、本当に似合ってるし可愛い。
「弥生も似合ってるよー!あんなに冴えなかったのに、凄いねぇ。」
「うん、普通だったのに可愛くなった。」
「それ、褒めてない。」
「いやー褒め言葉だと思うよ?マジで見違えちゃったねやよちゃん!」
「うん、凄く似合ってるよ!」
そう言って近付いてきたのは奏さんと悠里だった。奏さんの方は白シャツに、私達とは違う細めの赤いリボン、シャツは大胆に胸元が開いており、そこから赤黒のボーダーのおそらくタンクトップが見える。腰に巻いてあるエプロンは皆と同じだけど、足元だけは真っ赤なブーツだった。チェシャ猫、という設定なので頭には猫耳、腰の近くには長い尻尾がつけられていた。
悠里の方は、沢山のフリルが付いた白シャツに、黒のジャケットとズボン。首からは懐中時計がぶら下がっている。ジャケットは後ろが長く、執事の燕尾服の様な形だった。足元は黒いローファーで、腰に巻いてあるのは同じくエプロン。悠里も設定が白ウサギなので、頭には兎の耳がつけられていた。
「かわいい・・・!」
「あはは、そーお?」
「ちょっと恥ずかしいんだけどね・・・。」
「そんな事無いよ、似合ってる、可愛い・・・!」
「やよ、可愛い物好きなんだね。」
「めっちゃ目輝かせてんな、やよちゃん・・・。」
さっぱりした性格の私だが、可愛い物は凄く好きだったりする。今でもぬいぐるみとか大好きだし、可愛い雑貨や小物を見ると欲しくなってしまったりする。私としてはあまりばれていないものだと思っていたが、友人達からすると物凄く分かりやすいらしい。
そして、残ったもう2人に視線を移す。笑顔の睦月さんとは対照的に、相変わらず眉間に皺を寄せている蓮さんの姿を。
2人はキッチン担当なので、似たような衣装だった。蓮さんは白いシャツに黒のネクタイ、黒のズボンに白いスニーカーだった。シャツの胸元に付いているポケットには、ハートやダイヤのブローチがつけられている。中担当なのか、長い黒のロングエプロンには、短いエプロン同様右下に4つハートマークが付いている。手に持っているのは、帽子屋さんなので黒のシルクハットだった。真っ赤なリボンと真っ赤なバラがついている。
睦月さんの方は黒いシャツに、真っ赤なリボン。赤いズボンに、黒のスニーカー。蓮さんとは対照的に白のロングエプロンだった。他の皆と比べると、あまり王様らしくはないし、シンプルだった。
「二人も、凄く似合ってます。ロングエプロン、かっこいい・・・。」
「有難う。弥生ちゃんも似合ってるよ。」
「・・・・意外だな、もっと奇抜な感じなんだと思ってた。」
「一応カフェだし、それなりに動きやすい格好にしたのよ。動きやすさを考えつつも、物語の世界観を大切に。うふふ、やっぱり仕立て通りねー。皆、サイズとかは平気そうね?うん、完璧だわ!」
皆の衣装を見て思ったが、全員エプロン装備だった。私以外。まあ、私の衣装にはあまりエプロンは似合わなそうではあるけれど・・・ちょっと羨ましかった。私の働いている喫茶店のエプロンは、よく母親が料理するときに着けているようなやつだったので、カフェエプロンには物凄く憧れた。
「・・・・あれ?水月さんは、着ないんですか?衣装・・・。」
「え?ああ、一応あるんだけど、私は基本お店には出てこないから閉まってあるの。そのうち見れると思うから、楽しみにしてらっしゃい。」
「きっと物凄いフリルで登場するよね、あの人。」
「真っ赤なドレスに身を包んでくるんだろうね、おかまなのに。」
「黙りなさいそこの双子!!ほら、じゃあ早速練習するわよ!今日から1週間、死ぬ気で覚えてもらいますからね!」
こうして、水月さんの号令で1週間の研修が始まった。
・・・・・どうせなら、水月さんの女王様、見たかったなぁ。




