休日
「はあー・・・。漫画みたいな話だね。」
「・・・・やっぱそう思うよね?」
次の日の日曜日。私は昨日までの出来事を数少ない友人に話した。
買い物に行って、足も疲れてきたので休憩がてらのランチタイムだ。食事を終え、彼女はコーヒーを、私は紅茶を飲んで一息つく。2時を回っていたので、店内もだいぶすいてきていた。
「まあでもいいんじゃん?就職決まったってことだし。おめでと。」
「ありがと、美里。」
彼女、宮藤美里は高校時代からの友人だ。彼女は成績優秀で、高校卒業後は大手の企業に就職。私と違い仕事を覚えるのがとても速いので、即戦力になっているそうだ。
仕事を辞めた私を励ましてくれたり、何かと遊びに連れだしてくれるので、数少ない友人の中で最も仲のいい人だ。
「しっかし・・・バイト先も新しい就職先紹介してくれるなり何なり、してくれればいいのにね。あんた高校生の頃からあそこでバイトしてたんでしょ?それ相応のことやってくれてもよさそうなのに。」
「個人経営だからしょうがないよ。保険だってなかったし。それに・・・・そこまでしてもらう義理、はないし。」
「・・・・そうゆうもんか?」
「そうゆうもんなんでしょ。」
「けどま、ずっとハローワーク行って決まらなかったんだもんね。書類選考で落とされてたんだっけ?」
「うん・・・。やっぱ、高卒ってきついみたい。」
実は喫茶店でバイトしながらも、ずっと就職安定所には通ってたりしたのだ。そこでいい求人を見つけて紹介してもらったりしていた。けど大抵は書類選考で落とされ、面接に行けても、その前の試験で落ちる。4社くらい受けて落ちた時、もういいやと思って行くのを止めてしまったけれど。もうバイトでいいや、と思ってしまったからだ。
アルバイトの方が気が楽だ。嫌なら直ぐ辞めれるし、社員ほど真面目にやらなくてもいい。保険はきかないし給料も安いけど、気持ちとしては楽だった。
こういう考えはよくないと思うが、大抵の人はこう思っている。それにこの不景気に社員で雇ってくれる事はまずない。ましてや、高卒の私は殆どと言っていいほど就職先が無かった。
「資格はあっても、大卒とか短大卒とかばっかり。高卒でよくても経験者じゃなきゃ駄目。まあ、事務系の仕事は大抵こうよね。けど意外だわ。あんたが飲食というか、接客業をまた選ぶとは。」
「まあ・・・ね。自分でもびっくりだよ。でも、このチャンスを逃したら私一生フリーターだったかもしれないから。」
「そうね。何としてもこのチャンスをものにすんのよ!高卒で、経験不足のあんたが正社員になれる唯一のチャンスなんだからね!」
「は、はい。」
「でーも・・・行ってしまえば、同じ会社に来てほしかったなー。うち中途採用あんのよ?」
「・・・美里の会社は大手過ぎる。私絶対仕事遅いもん。本当、尊敬するよ。同期の中でも一番出世してんでしょ?」
「まあね。てゆうか、他の同期が仕事出来無さ過ぎというか・・・。就職してもう2年なのに、未だ打ち込みしかできないってどうよ?伝票整理とか、発注業務とか、未だ出来てないのよ。むしろ後から入ってきた後輩のが出来るかもね。あれで同じ賃金もらってんのが腹が立つ・・・!」
「・・・・荒れてるね。」
「それ相応の理由が無いとクビにも出来ないしね。うち今んとこ従業員削減とかやる予定ないからさ。ああもういらつく!上も同期も!ほんっと休日が唯一のストレス解消だわ!」
美里は同期と気が合わないらしい。どころか、同じ部署の人間全員気が合わないと言っていた。おまけに話が合う人もいなくて、会社ではいつも一人でいるとも。まあ仕事は出来るから苛められることはないみたいだけど。
私もまあ、似たようなもんなのでお互い電話した時は愚痴大会になったりする。それもだいぶすっきりするけれど、やっぱりこうして会って話していた方が気持ちいい。
「ところでさ。」
「ん?」
「イケメンぞろいなんだっけ、そのカフェ?」
「うん、見事に。」
「いーなぁ・・・目の保養になるよねぇ、ほんと。うちはむさ苦しいおっさんばっかりで若い人はほぼいない職場だし・・・うらやま。で、誰か好みのタイプいた?もしくはあたしの好きそうなタイプ。」
「・・・好みとか、そんなのよくわかんない。てゆうか美里、彼氏いんじゃん。」
友人グループで唯一の彼氏持ちは美里だけだ。高校時代からの付き合いで、向こうの家族とも仲良しらしい。
私も一度会った事がある。あのイケメン達には遠く及ばないが、それなりにカッコいい人だ。美里の事大好きオーラ全開で、一緒にいるときはいつも甘えてくるんだそうだ。(確か、一つ上だったか。)彼も美里の会社の系列で働いている。
「浮気はしないよ。見たいだけ。しっかし、好みが分かんないって・・・あんた初恋まだだっけ?」
「いや、確か幼稚園の頃にした。タキシ●ド仮面に。」
「・・・あたしもそれくらいにセフィ●ス様に恋してたわ・・・。」
「知ってる?初恋がアニメ、漫画、ゲームのキャラクターだった場合、その子は確実にオタクになるんだよ。」
「うわー・・・自覚あるわ・・・。ってゆうかさ、あんたがオタクってこと職場の人・・・流石に知らんわな。」
「・・・・うん。」
そう、隠してはいたが。実は私はオタクである。目の前の美里も。仲のいい友人達も。それもちょっと腐った方向の。
今でもアニメは見るし、漫画も結構持ってるし、ゲームもよくやる。そういうイベントにも行ったことあるし、コスプレだってした事ある。黒歴史だ。
唯、今のオタクって昔と違ってオシャレに気を遣うし、アニメ以外だって見る。暗いイメージはあまりないだろう。
高校の時も私はクラスメイトにオタク認識はされていたが、普通に仲良くしてくれたし(ギャル系とか、ちょっと派手な子たちでも)。だからまあ、恥ずかしい事ではない。けどそれを堂々と「私オタクです!」と言える程の根性は無い。
テレビとかに特集されているのを見ると、少し嫌な気持ちになる。オタクは何も干渉されないでひっそりとしているのがいいのだ、むしろ放っておいてほしい。バラすことではないと思う。
だからcafe wonderlandのメンバーには言う必要もないと思うし。そもそも普通にしていて「君オタク?」って聞く人はまずいないと思うんだけど。
「まあ・・・・バレてどうこうなるものでもないしね。堂々と胸張って仕事するよ。」
「おっとこ前ー。でもメンバーの中にオタクいるといいね。話合いそうだし。あたしも彼氏と休みの日はアニメ見たりしてるしねー。理解力があるのはいいことだよ。まあ・・・ありすぎてお勧めのアニメ大量に紹介された時はちょっともめたけどね。」
「ど、どんまい・・・。」
お互いの飲み物が空になったところで、店を出た。日曜だけあってやっぱり地下街は混んでいる。
かつ、と私の足元から音がする。今日朝いちで美里に付きあってもらって買った7センチヒール。流石にそろそろ休憩してもつらくなってきた。あと若干靴ずれが起きている気がする。
「あんたが珍しくヒール買う、なんて言うから何かと思ったけど・・・まあ様になってるんじゃない?」
「・・・美里、いつもこんな高いの履いてよく平気だね・・・。」
「慣れよ、慣れ。あたしの場合は背が低いから履きたいっていうのもあるけど・・・。でもさ、弥生が履くと167になるわけでしょ?あたしが履いてようやく162とかなのに・・・。凄まじいわね、あんた。」
美里はヒールの高い靴が好きだ。理由は、スタイルが良く見えるっていうのと、背を高く見せる為。155くらいの美里が7センチを履けば、162になる。160を超える事が目標だったそうだけど、成長が止まってしまったためヒールで補っているらしい。だから、ヒールの高い靴に慣れている。私は美里のアドバイスに従って、今日お店でヒール靴を購入した。たった7センチで、世界は変わって見える。周りの人が小さく見えてしまう。成程、長女(172センチ)はいつもこんな風景を見ているんだな。
「さて、どこ行く?もうあらかた見ちゃったし・・・あ、待って本屋行きたいかも。」
「いいよ。私も本屋覗きたかったし。」
「んじゃ、いこっか。あ、ちょっと待って。トイレ行ってくる。弥生は?」
「私は大丈夫。荷物持ってるから行っておいで。」
「ん、ありがと。」
私は美里の荷物を預かり、美里はトイレに入って行った。私は近くの壁にもたれ、美里を待つ。
正直、立ちっぱなしもけっこうつらい状況だ。いっそ歩いていた方がいい。それくらい7センチヒールの破壊力は凄まじかった。けどこれが家に帰っても続くんであって・・・。明日のバイト、大丈夫だろうかと不安になった。
「・・・・・あれ?弥生ちゃん?」
「え?」
待っている間暇なので、携帯でゲームでもやるかと思い携帯を取り出そうとしたところ、声をかけられた。
聞き覚えのある声。見れば、そこには紙袋を抱えた睦月さんの姿があった。
「偶然だね。お買いもの?」
「はい、友達と。・・・・それは、一体?」
「ああ、ちょっといつも使ってる泡だて器が壊れちゃってね。お店に買いに行ってたんだ。ついでに、デパートの地下食品売り場でフルーツ買ってきた。今日はフルーツタルトでも作ろうかと思って。」
「へえ・・・・。」
フルーツタルト・・・きっと物凄く美味しいんだろうな。睦月さん、フランスの大会で優勝してるんだし。けどデパートの地下食品売り場って・・・物凄く高いフルーツなんじゃないだろうか。私は恐る恐る聞いてみた。
「高くなかったですか?その、デパートのフルーツって・・・。」
「んーまあ・・・。けど、たまには贅沢したくなっちゃって。やっぱりいいフルーツを使うと味も違ってくるしね。ま、流石にお店には出せないくらい高級だけど・・・。」
「・・・・凄いですね。」
「ね、デパートに寄るんじゃなかったよ。いっぱい美味しい物があるから、つい目移りしちゃって。」
「そういえば、昨日蓮さんと水月さんで話し合ってましたけど・・・決まったんですか、メニュー。」
「ああ、うん。これから作ってみて時間、コストなんかを調べようと思って。手の込んだものばかりだと、提供するのに時間がかかっちゃうからね。蓮くんも作ってみるって言ってたよ。」
「蓮さんって料理人なんですか?」
「うん。確かN駅のイタリアンで働いてたって言ってたけど。前に一度食べさせてもらったけど、本当においしかったよ。手つきもよかったし、一流レストランで働けるくらいなんじゃないかな?」
蓮さん、そんなに凄い人なのか。あの顔で料理うまいとか・・・反則じゃないだろうか。
奏さんも軽い料理なら出来るって言ってたし、目の前にいる睦月さんだってケーキ作れるし・・・何だろう、こんなに女として駄目だと思った事は無いくらい、軽いショックを受けた。
「・・・・ところで。早速実践してるんだね、ヒール。」
「え?ああ、そうです。今日朝友達に選んでもらって・・・。」
「膝が痛くなったり、足首が痛くなったりしたら無理はしちゃダメだからね。無理して身体壊したら、元も子もないし。靴もう一足持ってるの?」
「えっと・・・さっき購入したローヒールのパンプスなら。」
「じゃあ帰りはそれに履き替える事。今日はもうあまり家でも履かないように。精々家で30分だね。」
「え、でも。」
「ジャックは王様の命令には逆らえないんだよ?」
わかった?とにっこり睦月さんはほほ笑んだ。何だろう、この逆らっちゃいけない笑顔は。
正直さっき買った靴に履き替えたかったけど、今日の服のコーディネートとは合わないので、家まで我慢しようと思ってた。けど、この笑顔を見たら履き替えざるをえないだろう。
私は「分かりました」と言うと、睦月さんの笑顔は普通の笑顔に戻った。そして「よく出来ました」と言って片手を私に伸ばし、頭に手を置く。
最初はびくついてしまったが、私の頭を撫でる睦月さんの手がとても温かかったため、徐々に気持ち良くなってきた。
・・・初めて、男性に頭を撫でられた。うちで飼ってる犬が頭を撫でると気持ちよさそうにするが、実際自分がやられてみると、なんとなく犬になった様な気分だった。いや、何というか、恥ずかしい。
美里は一体トイレにどれだけ時間がかかっているんだろう。早く帰って来てくれないだろうか。
と、その願いが通じたのか、向こうから美里が歩いてくる姿が見えた。
「弥生ー、ごめんトイレ並んで、た・・・。」
ハンカチで手を拭きながらこちらに向かってくる美里の手がそこで止まった。まあそりゃそうだろう。
さっきまで一人でいた友人が知らないイケメンに(いやまあ、私は知っているんだけれど)頭を撫でられている、という光景をトイレから出てきた瞬間に目撃したら。
「ああ、お友達?じゃ、僕も失礼しようかな。」
睦月さんは私の頭から手を外すと、そのまま「ばいばい、またね。」と言って離れて行った。暫く無言で立ち尽くす私達。
だったが、美里にいきなり肩を思い切り掴まれた。咄嗟の出来ごとに思わず「ひゃ」と小さな悲鳴を上げてしまう。
「なに!今のは何!?何なのあの少女マンガのワンシーンみたいな出来事は!?あれか、あれがイケメンの一人か!説明!1から説明なさい!!」
「み、美里お願い落ち着いて・・・。」
「こうしちゃいれない!本屋無視!正直お腹いっぱいであんまり飲み物入らないけど、どっか座って話せるとこ行くわよ!!あら良い所に喫茶店!ほら行くわよ!」
「ひ、引っ張らないで・・・!」
そして喫茶店に引っ張られた私は、まるで刑事ドラマに出てくる、犯人が刑事に尋問されるような感じで説明をさせられた。
あの時の美里の迫力は、一生忘れられないと思う。
こうして、私の休日は終わった。帰りは勿論、パンプスに履き替えて家まで帰った。




