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cafe wonderland  作者: 天草暦
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遭遇

自分はつまらない人間だと自覚している。

私は至って普通であり平凡であり可も不可もない。

他人より秀でているものもないし、寧ろ他人より劣っている事が多い。

そんな自分の事は大嫌いで、死にたくてたまらなかった。

けれど死なない。自殺するのは怖いからだ。

臆病で、我儘で、どうしようもない自分だけど、やっぱり死ぬのは怖かった。

そんな私の未来はきっと普通に終わるんだろうなと思ってた。

変わり映えのしない日常こそが私の人生なのだと思ってた。

あの人達に出会うまでは。





「おはようございます。」


今日も今日とて変わらない日常の始まりだ。

葉桜弥生はざくらやよい、20歳になりかけたばかり。フリーター。

高校卒業後直ぐに社会人になったけど半年で挫折。現在アルバイトばかりの生活を送る。

高校の時から働いていた近所の喫茶店で再び働くようになって1年ちょっと。元々働いていたのもあって仕事は覚えていたし、直ぐに慣れた。


「おはよう弥生ちゃん!今日はあったかくなりそうだねー。」

「そうなんですか。いいですね、それは。」


会話をなるべく早く切り上げて指定のエプロンをつける。

私は正直、朝から誰かと会話したりするのは苦手だ。

ここでは朝ご飯が出るから家では食べてこない。つまり空腹状態でご飯の時間まですごさなければいけない。

私が一番好きなのは朝ご飯で、お腹が一番減るのも朝ご飯。食べなければかなり機嫌が悪い。

そんな状態で接客したり会話したりすると、どうにも笑顔とかで対応できない。不機嫌のままだ。

家で何か軽く食べればいいと思うだろうが、如何せん私はそんなに食べれる方ではない。

・・・・・・こういう身勝手なところが社会人に向いていなかったんだろうな。

さて、と気持ちを切り替える。早く来る客の為に急いで掃除を済ませなければ。

もうあと1時間耐えれば、念願の朝ご飯だ。


喫茶店の朝は早い。私のいるお店は朝は6時半から始まる為、20分前にはついていないといけない。

本来お店の開店時間は7時だが、昔から6時半から扉は開けている為その時間から入ってくるお客さんもまあまあいる。

なので、急いで準備や掃除をしないと間に合わないのだ。

私は専用のタオルでソファとテーブルを拭きつつ、テーブルの上にメニューや灰皿をセットする。

席は全部で15席ほど。小さいのから大きいのまで、2人用から6人用まで様々だ。

小さい席は掃除が楽でいいけど、大きいのは大変だ。夏場なんて汗が垂れてくるくらい。

もうすぐそんな季節だなとソファを拭きつつ考えていると、ドアにかけてあるベルが鳴り響く。


「・・・いらっしゃいませ。」


予想通り、いつも早いおばさんがいつもの指定席に座った。私は掃除を切り上げ、慌ててお水とおしぼりを準備してお客さんに出す。

其の人はいつも何も言わない。黙って新聞を読んでいるだけだ。マスターとはよく話しているみたいだけど、私とは殆ど話さない。けれどそれはありがたいことだ。正直、この人の声は物凄く嫌い。甲高い嫌な声。耳障りだ。黙っていてくれる方が嬉しい。

其の人はいつもホットとサービスはトーストと決まっているので、私は水とおしぼりを置いてマスターのいるカウンターへと戻っていく。


「ホットとトーストお願いします。」

「了解!」


この地方ではモーニングと言って飲み物にトーストやゆで卵、サラダや店によってはおにぎりなどがついてくる。

うちの店ではトーストかゆで卵を選べ、両方を希望する人には両方付けている。値段は飲み物の値段だけだ。

うちのコーヒーは350円だから、その値段にトーストとゆで卵がつく。これで立派な朝ご飯だ。

テレビで知ったけれど、他の地方にとってこれは物凄い事らしい。この安さでこんなに食べられるというのが魅力的だと言う。私はずっと喫茶店やカフェではモーニングがあると思っていたので、むしろ他の地方に無い方が信じられなかった。

後々知ったが、飲み物に必ずピーナッツやらクッキーやらちょっとしたお菓子がついてくるのもうちの地方だけらしい。

それを知った時は本当に衝撃だった。他の地方の人達はコーヒー一杯に高いお金出して帰るのかとも思ったくらいだ。

そんなことを考えているうちにコーヒーが温まる。丁度トーストも焼けて、一緒に運んでいく。


「失礼します。・・・・失礼しました。」


ホットとトーストを置いて下がる。まだまだ掃除は終わっていない、急いで取りかからないと。

その後も度々お客さんが来て、掃除が中断されつつも何とか7時前に終わらせる事が出来た。

暫くしてようやく朝ご飯を食べれて、(ちなみに私もコーヒーとトーストだ。)一息つける・・・訳がない。

朝ご飯は基本立って食べており、お客さんが来たら中断して接客しなければならない。口の中にたっぷり詰め込んでいてはいざお客さんが来た時飲み込むのに時間がかかって待たせてしまう事になる。なので私は少しずつ口に含んでいく。案の定、食べている途中に数人来てしまったので、朝ご飯を食べ終わるのがだいぶ遅くなってしまった。

そうこうしているうちに、8時になってもう一人のアルバイトの人が来た。あと30分もすれば別の人も来てくれる。

一人は30後半の主婦の人。もう一人は20代後半の同じく主婦の人。歳は離れているが、それなりに話は合う。優しい人たちだ。

挨拶をして、「そういえば昨日は忙しかった?」「そうでもないですよ。」といった他愛もない会話をする。あまり話ばかりしているとお客さんに悪い印象しか与えない為、必要最低限の会話だ。

そうこうしているうちにもう一人のアルバイトの人が来て、忙しい時間へ突入する。

喫茶店は大体9時ごろから人が増えてきて、団体客も増えてくる。病院の帰りにだったり、スーパーの帰りにだったりと色々だ。それが一気に流れてくるからこっちとしては嬉しい半面大変だ。

そんな事を考えているうちに、考え事も出来ない位忙しくなってくる。

私は頭を切り替え、仕事に集中する事にした。


********************************


11時。ピークも終わり、ひと段落ついた。

私はいつも12時で上がりなので、もうあと1時間もすれば今日の仕事は終わりだ。バイトはここしかやっていないので、家に帰れば自由の時間となる。自由、と言っても家事を手伝わなければ行けないからそこまで自由ではないけれど。


「じゃ、上でご飯食べてくるねー。」


そう言ってマスターは自宅のある2階へと上がっていった。ここは1階が喫茶店で、2階はマスターの自宅になっている。お昼はいつもマスターは上でご飯を食べる為、その間は私達アルバイト3人でお店を回す事になる。

3人になると、上司がいなくなったからか緊張感が和らぎ、交代でお昼を食べつつ談笑する時間になる。

勿論まだお客さんがいる為大きな声で話したりは出来ないが、それでもこの時間は私達にとって憩いの時間だ。

お昼を食べる順番は、終わるのが遅い人から順番に。私はいつも最後だ。基本12時に上がりなのでお昼はいらないのだが、マスターの厚意でいつも食べさせてもらっている。


「じゃ、いただきます。弥生ちゃん、ちょっとお願いね。」

「はい。」


20代後半のアルバイトさんが出来たてのカレーをもらって、カウンターに座る。横を通る時にカレーの美味しそうな匂いがした。私も今日はカレーにしようかな。料理ってなんでも匂いがするとそれを食べたくなってしまう。

私は食事までの間、店を見まわしお水が足りない人はいないかとか、空いているお皿は無いだろうかを調べる。

と、その時。からんころん、とドアのベルが鳴った。

ドアの方を向くと、そこには一人の・・・男性が立っていた。


「いらっしゃいませ。」


そう言うと、男性はじーっと私の顔を見つめてきた。自然に、お互い目が合う形になってしまう。

私から見てもわかる高級そうな紺色のスーツ、首元はおそらくシルクであろう白いスカーフが巻かれている。足元は綺麗に磨かれた靴、そして綺麗な顔立ち。最初、中性的な顔だけを見たらどっちかわからなくなりそうなくらい綺麗な人だと思った。

けれど首が痛くなるくらいの高身長で、すらりとした体格で男性と言う事が分かった。

それでも綺麗な人だと思う。首まで伸びている真っ直ぐな銀色の髪はとてもさらさらしていたし、目の下の泣きぼくろがとても印象的だった。


「・・・ええと。」

「ああ、ごめんなさい。一人なんだけど・・・空いてる?」

「あ、はい。タバコは吸われますか?」

「いいえ。」

「じゃあ、こちらへどうぞ。」


私は空いている席に誘導する。一応ここの喫茶店は奥に禁煙席があり(3席しかないが)、そこに案内する。

周りのお客さんは話しつつも少しだけ男性を見る。珍しいだろう。こんな田舎の喫茶店にこんな身なりのいい若い人が来るなんて、想像できない。私も案内しつつ、疑問だった。

恰好からして営業マンではなさそうだし、さっきちらりと見えたが駐車場に赤いポルシェが止まっていたのが見えた。

・・・・お金持ちの社長さんか何かなんだろうか。

席に着き、男性はメニューを見ると「じゃあ、ホットで。」と注文した。

私はかしこまりました、と言いキッチンへ伝えるべく戻る。戻るとき背中に視線を感じたが、気にしない事にした。

キッチンに通し、コーヒーはすぐに出てきた。私はそれをトレイにのせ、男性の席へと運ぶ。


「お待たせいたしました。ホットコーヒーです。」


テーブルに置く。「ごゆっくりどうぞ」と言って私はその場から離れようとした。

けれど、出来なかった。何故なら、男性にエプロンを掴まれ動けなくなってしまったからだ。


「あ、あの・・・?」

「・・・・貴方今日何時に終わる?」

「は・・・い?」


突然の質問に、どう答えていいか私はわからなかった。今日何時に終わる?

そういうことって、お客さんに教えていいものだろうか・・・。

けれどこの人は言わなければこの手を離してくれはしないだろう。そうなっては仕事が出来ない。


「12時ですけど・・・・それが何か?」

「あとちょっと・・・・丁度いいかな。今日は午後から暇?」

「いえ、とくに用事は。」


基本友人達は土日休みが殆どだし、疲れているので午後は家のことをする以外何も用事は無い。


「じゃあ、お店が終わったら、そうだな・・・。このお店の近くにあるマックに来てくれない?」

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