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星を掴む者  作者: 美咲
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序章

初めて書いた作品なので至らない部分も沢山あると思いますが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。


<序章>


 月が薄い雲に覆われ、街に夜の帳が落ちた頃。背の高い街灯に見下ろされながら、一人の少女が俯き加減で外壁に体を預けていた。昼間の賑わいとは打って変わり、脇に見える広場がやけに閑散として映る。時折ポツポツと流れる足音は家路を急ぐ人のものだろうか。ぼんやりとそんな事を考えながら、少女は白い息を吐き出すと共に目を伏せた。

 冷たい風が頬を抜ける度、銀色の長い髪が音も無く揺れる。その都度寒さに目を細めては、小さな肩を守るように手で撫でていた。こんな夜更けに待ち合わせでもしているのか、辺りを見渡しては来るはずのない人影に思いを巡らせる。しかし内心諦めていた彼女は、やがて糸の切れた人形のようにその場で膝を着いた。

 分かっていた、自分は捨てられてしまったのだと。夜の闇が胸の中を這いずるように暗い言葉を落として行く。もう私に居場所はない。このままここで朽ちるしか道は無いとさえ思えてくる。寒さと寂しさに背中を丸めるその体は、捨てられた子猫のように小さく震えていた。

「ちょっと」

 不意に降って来た声に、少女は驚いて顔を上げる。一瞬期待にエメラルド色の目を輝かせるが、それは相手の顔を確認すると同時に落胆の色へと変わっていた。

「大丈夫? こんな時間に何してるの?」

 彼女より頭一つ分程背の高い二人の青年が、困惑と好奇心の混ざった様子でこちらを覗き込んでいる。少女はゆっくり立ち上がると何を言うべきか言葉を探した。これはチャンスだと考える一方、それよりも恐怖の方が遥かに大きかった。しかし今夜泊まる当てもなければ空腹を満たしてくれる糧もない。少女は細いながらも高く通りやすい声音でたどたどしく告げた。

「今晩泊まる所が無くて……その……お金もないの。だから何処か泊めてくれる所を紹介してくれないかしら……?」

 身形に合わない大人びた口調でそう言うと、青年達は顔を見合わせた。程なく興味を抱いたように少女の姿を見回すが、それが好意的なものかどうか彼女には分からなかった。不安げに大きな丸い瞳を瞬かせる姿は、幼い顔立ちと相まって実に愛らしい。

 片方の青年がうーんと唸った後、納得したように頷いて言う。

「じゃあ家においでよ。部屋も空いてるし、一晩くらいなら泊めてあげられるから」

「本当?」

 一瞬安堵した彼女だったが、すぐに考え込むように視線を落とした。

 こんな場所で一晩中立っている訳にもいかないし、野宿すると言っても道具は無い上に、経験がないので要領も分からない。しかしだからと言って見ず知らずの者に頼るのは危険ではないか。何より彼等は自分より体格も良く背も高い男二人である。

「でも……出来れば女の人の方が……」

 遠慮がちにそう呟く。

「まぁそうだろうけど、家には母親もいるし心配する事ないよ。見つけた以上子供をこんな場所で置き去りにする訳にもいかないし……」

 青年は努めて優しい声で諭すが、少女は俯いたまま口篭ってしまった。二人は困ったなぁと漏らして頭を掻く。どうやら彼等に悪意はないようだ。しかし急に胸に込み上げてくるものがあって、彼女は顔を上げられなかった。

 まだ受け入れ切れていない事実。それが子供として気遣われるたことで、急に現実味を増して重く圧し掛かかって来るようだった。知らない人の家に行くのは怖いし、仮に今日は泊めて貰えたとしても明日はどうすればいいのか。次から次へと言いようの無い焦燥感が湧き上がって来る。

 なかなか口を開かない彼女に痺れを切らした青年が、ふぅ、っと溜息を着いていた。

「ほら、大丈夫だから」

 青年が少女の肩に手を置く。

「ひゃっ!」

 特に乱暴な仕草でもなかったが、彼女は過剰に反応して素っ頓狂な声を上げた。

「さ、触らないで!」

 彼女は泣きそうな声で叫ぶと共に両手を胸の前でかざした。何事かと距離を置く二人には目もくれず、手に神経を集中させる。すると右手に浮かぶ小さな印が赤く発光し、彼女の両手から炎の弾が勢い良く飛び出した。咄嗟に横へ避けた青年達の横を抜け、弾は広場の街灯に激突した。訳が分からず二人は呆然とそれを眺めている。

 街灯は衝撃で僅かに傾き、命中した部分に黒く跡が残っていた。しかしそれ以外に異常は見受けられない。炎の弾はどうやら命中した瞬間に霧散したようで、後にはただ何事もなかったように静寂だけが横たわっていた。

「あ……」

思わず声を上げるがもう遅い。少女は自らが取った行為に呆然としながら、その場にへたっと座り込んだ。

「お前……魔法使いだったのか」

 青年の一人は低くそう言うと、半眼で彼女を見下ろしている。もう一人も同様、明らかに敵意の篭った視線を彼女に向けていた。先程までの気遣うような態度は微塵もない。その理由が何であるか彼女はよく知っていた。

「まあいい、さっさと帰ろうぜ。本当に、魔法使いってのはこんな凶暴なのばっかりだな。そんなに人を傷つけるのが楽しいのかねえ?」

 少女は何も答えない。こうなってしまった以上、もう何を言っても無駄だと思った。罵声されるだけならまだましだ。それが当たり前なのである。……魔法を使えるというのは、そういう事だった。

「あの。先程から騒がしいようですけど、何かあったんですか?」

 騒ぎを聞きつけてやって来た男がこちらへ早足で歩み寄る。青年は面倒臭そうに肩を竦めて首を振った。

「別に。もう関わりたくないし俺達は帰ります。そいつ魔法使いですから、気を付けた方がいいですよ」

 もう一度彼等は少女を睨んでから、街の中へと消えて行った。後には少女と男の二人だけが残される。

 年は二十代半ば程だろうか。まるで夜の闇のような漆黒の髪。それが肩に少し着くぐらいの長さで乱雑に切り揃えられている。同じく闇色の瞳が心配そうに少女を見詰めていた。青年達のような敵意の色は今の所感じられない。

 しかし彼等の言葉が聞こえたのなら、少なくとも好意的に見られている訳はないだろう。男が一歩一歩近づいて来る。まだ座り込んだままの彼女は驚いて身を固くした。

 魔法使いだと分かっていながらなぜ怯えないのか。先程の騒動を見ていたなら尚更だった。

「立てますか?」

 男は少女の目前で立ち止まると、視線を合わせるように腰を落とし、手を差し出す。

「え? あ……」

 その手を戸惑うように眺めると、男は少女に向かって柔らかい微笑を浮かべた。近くで見ると端正な顔立ちだと言うのがよく分かる。思わず漆黒の瞳に吸い込まれてしまいそうだったが、彼女はふと我に返った。

「……いいわ。自分で立てるから」

 男の手は無視し、壁を支えにゆっくり立ち上がる。軽く目眩がしたが悟られないよう平静を装った。

「それじゃあ」

「行く宛てはあるんですか? 女の子が一人で野宿は危険すぎますよ」

 脇を通り過ぎて行こうとする彼女の前に立ち塞がって、男が問う。……一体いつから見られていたのか。少女は明から様に欝陶しいという面持ちで見遣るが、彼は相変わらず微笑を浮かべたままだ。

「何処か泊めてもらえる場所を探してみるわ。忠告どうもありがとう」

 歩き出そうとする彼女を、再び目眩が襲う。今度はバランスを崩し、前のめりに体が傾いた。

「おっと」

 しかし地面に着く前に彼女は男に抱き止められる。

「あ……れ……?」

 慌てて彼の腕から逃れようとするが、上手く力が入らない。少し疲れてはいたものの、ここまで消耗してはいなかったはずだ。何が原因か考えてみようとするが、心なしか頭もぼーっとして上手く考えが浮かんでこない。

「心配ありません。魔法を使ったせいですよ」

 平然とそう言う男に目を見開く。やはり魔法を使った所を見られていたようだった。

「貴方の場合まだ慣れていないので、少し体が驚いているだけです。ですがしばらくはそのままですよ」

 彼の言う通り、体はまだ思うように動かない。どうやらただの目眩ではないようだった。

 今の自分は全くの無防備である。どうすればいいのか回らない頭で慌てて考えるが、何も纏まらないままただ目を泳がせることしか出来なかった。

「離して……」

「そうしたら貴方は地面に倒れてしまいます」

「……構わないわ」

 少女の怪訝な顔を見て男は苦笑を浮かべている。しかしそんな事などお構いなしに彼は両腕で彼女を抱きかかえた。

「ちょ……!」

 驚く彼女を一瞥して男は何も言わずに歩き始めた。手足をバタつかせて暴れたかったが、やはり動けない。端から見ると完全に人攫いである。しかし辺りに助けを求められるような人影は一つもなかった。

「どうゆうつもり?」

「別に取って食おうという訳ではありません。さすがにこんな状態の子を捨て置いてはいけないでしょう? 家で休んで行ってください」

 全く動けない状態なので、それは願いや提案というより命令に近かった。ずっと警戒を崩さなかった彼女だが、観念したようにふっと力を抜いた。それを肯定と受け取ったのかどうかは分からないが、男は街灯の明かりを頼りに危なげなく夜の街を進んで行く。

 もうどうなってもいいと、半ば諦めた様子で少女は重くなってきた瞼を閉じた。

「お名前、教えて頂けませんか?」

 ふと思い付いたように男が問う。少女は目を閉じたまま小さく答えた。

「レナ……」

「私はルイスと申します。……どうぞ、眠ってくれて構いませんよ」

 聞いてもいないのに彼はルイスと名乗ると、それ以来声を掛けてくることもなかった。規則正しく響く足音を子守唄のように耳に挟みながら、程なく意識は黒く溶けて行く。

 彼、ルイスは魔法を使える自分を軽蔑しなかったし、警戒もしなかった。それは彼女が知る限り、かなり珍しい事である。それが何故かずっと疑問に思っていたが、それより今はただ疲れていた。

 頬を打つ風は相変わらず冷たいが、彼の腕に包まれた体は暖かく、心地良い。やがて少女は束の間の眠りについた。



感想、批評、ご指摘等頂けると凄く嬉しいます。

あと更新はかなり遅めだと思います(汗

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