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キャシーの恋(前編)

すみません。

又前編、後編に分けました。

「さぁ。目を開けてごらん?」


突然声が聞こえた。


それが始まり。




ゆっくりと瞼を上げると一人の男性の姿。


多分、この人が私を造ったマーシャル博士だろう。



「ご機嫌はいかが?

キャシー。」


そう言うと、口角を上げて私に話しかける。



「私はキャシーと言う名前なのですね?

マーシャル博士」



そう尋ねる私の表情をジッと観察すると、

「完璧だ。」

と呟いて頷いた。



私は自分が人間では無い事、アンドロイドである事を承知している。


それは、博士が私の人工脳に予め組み込んでくれていた情報のお陰だ。

その情報があったからこそ、私は普通に生活出来たのかもしれない。



だから私は、マーシャル博士が自分の研究の手伝いをさせる為に私を造ったのだと思っていたのだが。


博士は違うと言う。


「君はシェリルの物なんだよ。

彼女の為に君を造ったんだから。

僕達3人はもう少ししたら家族になるんだ。」


と、眼鏡の奥の瞳を温和に細めながら微笑んだのだ。


アルバート・マーシャル博士


23歳


男性


現在の所、IQが200だという以外は普通の人間とさほど身体的には変わりはない。



経済的には、莫大にかかる研究費を企業からの寄付や援助で賄っているらしく、生活は大変に貧窮しているようだ。



そこで、少しでも研究費が浮くようにと考えて、家の事は私がするようにした。



もっとも、どんなに家の中が片付こうと、自分の身なりが変わろうと、博士本人は研究以外全く興味が無いらしく何も言わない。



朝から晩まで。


私が勧めなければ食事さえも採らずに研究室に籠もりっきりなのだ。


ただ。彼女が来なければだが。。




「アルバート。」


歌うようにその名を囁く人。


辺りを金色に輝かせる髪や、澄み切った空色の瞳を持つ人。


普段は無口で、他人との繋がりなど極力避けている博士が唯一受け入れている人間。



私には見せた事もないような笑顔で優しく抱きしめ、口付ける。



あと3カ月もしたら式を挙げるという婚約者だ。


「キャシー。

私、貴女とお友達になりたいのよ。」


その人は、博士の集中力をいとも簡単に途切れさせた微笑みで私に語りかける。



「シェリル様。


申し訳ありませんが、私は博士の研究を手助けする為のアンドロイドです。


友達にはなれません。」

そう言うと頭を下げて足早に立ち去る。


目の端に肩を落とした様子が映ったが生憎私には何も感じられない。



人間ならこういう時は可哀想な事をしたと思うのだろうけど。。


ただ、これ以上博士の研究の邪魔をしないで欲しいと願うだけだ。




そして、その思いは日毎に大きくなっていった。

気が付くと、どうしたら二人を引き離せるかとそればかり考えているのだ。



そうこうしているうちに、博士が彼女に婚約指輪を買いたいと言い出した。


「いつも寂しい思いをさせているからね。

彼女を喜ばせてやりたいんだ。」


そう言って、彼女の話しをする時に必ず見せる表情で微笑む。



冗談じゃない。

大事な研究費を削ってまでして買うその指輪に、いったいどんな価値があるというのだろう?



その時、私の脳は決断したのだ。


博士の前から彼女を消す事を。





あっけない程簡単に事は終わった・・・



家に出入りしている商人に問われるまま、あたかも私と博士が夫婦同然に暮らしているかの様に答えた。


後は黙っていてもその噂は広まる。



そして、宝石商が家に来る日を見計らって、彼女の父親に密かに手紙を送った。



彼女の父親は、外聞をひどく気にする性格だった。


その上、娘の事は大変な可愛がり様だった為、博士と助手の噂には怒り心頭だったのだ。



そこへ私からの、娘の婚約は無かったことにしてほしいとの嘆願の手紙だ。


想像してもその先は分かろうというものだろう。


そして当日、ちょうどいい時に部屋に入って来た彼女は、私がサイズを確かめる為に指輪をはめているのを見て勘違いして出て行った。



慌てて博士が彼女の家に行ったが、もちろん取り合ってもらえる筈もなく、何度行っても追い返されていた。



その内しばらくすると、一人で都の親戚の所に行ったらしいとの噂が聞こえてきた。



それからの博士の憔悴ぶりは大変なものだった。


私が何を言っても聞こえないようで、食べ物を口にする事もせず、ただ彼女の名前を呟いているのだ。



遂には軽い貧血と栄養失調症で倒れてしまい、しばらく寝込んでしまった



そんな時、都から博士の元に封書が届いたのだ。

開けて見た私は息を吐いた。


彼女はまだ分かっていない。

博士に都まで迎えに来いと言うなんて。。



私はそっと台所にその封書を持ってくると火を付けて燃やした。



これで良いのだ。


今に博士も分かるはず。

彼女なんかよりももっと大事な研究があるのだから。


メラメラ燃える炎を見ながら、私はそう思った。


・・・しかし、博士の容態は一向に良くはならない。



幾日が過ぎようが、ただ椅子に腰掛けたまま窓の外を眺めているのだ。

窓から見える一本の道を。



この道は、ずっと下の方からこの家に向かって延びているもので、誰かが此処を訪れる時は必ず通らなければ来れないのだった。



ハカセハ、 アノヒトヲ

マッテイルノダ



私には理解出来ない。



これで、何にも心を動かされずに研究に没頭できるはずではなかったのか。



あんな普通の知能しか持っていない人間に、博士が関わる事がおかしいのだ。



早くあんな女の事など忘れさせなければ。



全ては博士の為に・・・





何もかもが平常に戻ったある日。


家にお客が訪ねて来た。


リチャード・マクベイン伯爵


と言うよりは、マクベイン商会の若き社長と言った方が正しい。



今回は、博士の造り出したアンドロイドにビジネスとしての興味を示しての訪問らしい。



アンドロイドと言うのは結局私の事なので、まず自分を見てもらえば良いのだろう。


これを機会に援助や契約に漕ぎ着ければ良い、ぐらいの気持ちで本人と秘書を迎えた私だった。



しかし、来客のチャイムが鳴ったのでドアを開けた私を、氷のように冷たい眼差しが迎えた。



噂通りの整った容姿に、名門伯爵としての滲み出る気品。


だが、何故か彼からは初対面にしては敵愾心とさえ感じられるようなものを意識させられる。



博士に対しても同じかと思ったけれど、さすがに終始和やかな中で商談は終わりを迎え、伯爵と博士は別れの握手をした。



そして伯爵が、最後に振り返って語る。



「ああ、そう言えば。

私と最近婚約した女性もこの辺りの出身だそうですが。


ご存知ありませんか?

シェリル・バンクスと言います。」



上品な笑顔を博士に向けてはいるが、目が一つも笑っていない。



博士の表情を一つも見落とすまいとして見つめている。


「シェ・・リル?」


初めはキョトンとした顔の博士だったが、何度もその名前を呟くうちに様子がおかしくなってきた。



「そうだ。シェリル。


なんでこんな大切な事を忘れていたんだろう。


シェリル。


愛しい・・僕の・・・

あ・頭が・・」



遂には、頭を抱えてうずくまってしまう。



最初は驚いて見ていた伯爵だったが、直ぐに秘書に命じて博士を寝室に運んでくれた。


その後、何とか博士を眠らせて応接間に戻って来た私に伯爵は言った。



「おまえ。

博士になにをした?」



静かな、そして地を這うように暗い響きの声が私を断罪する。


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