表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/10

リチャード・マクベイン伯爵の恋(中編)


「そう言う事ですから。二週間後忘れないで頂戴ね、リチャード。」



いつものように返事も聞かず電話を切られる。



苦い笑いを浮かべて受話器を下ろしながら、リチャードは呟く。



「かしこまりました。

お義母上。」



すると、静かに傍で控えていたガストンが主に尋ねた。



「リチャード様。

大奥様が又何か言ってこられたのでしょうか?」


執事らしからぬ物言いに、クスっと笑いながら。


「ガストン、口を慎め。

相手は俺のお義母上だぞ。無礼だろ。」


とたしなめる。



「申し訳ありません。

私としたことが大変御無礼を致しました。」



と頭を深々と下げながらも、ガストンには主が全く怒っていないのが分かっていた。



主が自身の事を俺と言う時には、ガストンにも執事としてではなく、気安い乳兄弟として接して欲しいのだと。



それで?と改めて主を見つめるガストンに、リチャードは仏頂面を作って


「いつもの事だ。

今回は二週間後だそうだぞ。」と言い捨てる。



「そうで御座いますか。かしこまりました。

二週間後で御座いますね。早速準備をさせて頂きます。

・・・しかし、今回は若干時期が早うございますね。」



「ふん。今回はいつになく張り切っておられるようだったからな。


何処からか、素晴らしい花嫁候補を見つけたんだろう。


俺の意思は抜きにしてな。」



「なる程。

いつもながらご熱心でいらっしゃいますねぇ。


でも、もしかしたら今回こそはあなた様も気に入る方かもしれませんよ。」



「はっ。

家柄、財力、見てくればかりが良い女狐が何人来ようと時間の無駄だ。」


ガストンはその言葉に頷くしかなかった。



日頃はリチャードの事など歯牙にもかけない義母だが、やはり嫁には自分の息のかかった者を据えたいらしい。


数年前からは定期的に、自分が選んだ娘を、パーティーを開いては勧めてくるのだ。



それをことごとく断りながら今まで来てるのだが・・。



ガストンは溜め息がでそうなのを堪えて主を諭す。


「しかしながらリチャード様。

あなた様も28になられます。


若くして伯爵を継いでから今日まで、伯爵としての仕事以外にも、新しく興された事業を軌道にのせる為に大変な苦労をしてこられました。


ですからこれからは、少しはご自分の幸せを、」


その後を引き取ってリチャードが続ける。


「私のカーラのような、素晴らしい女性を探してはどうですか?と言いたいのだろ?」



とクスクス笑って言うと、ガストンにしては珍しく顔を赤らめた。



彼はリチャードよりも3歳若いが、つい最近幼なじみのカーラと結婚したばかりなのだ。



そんなガストンの顔を眺めながら、リチャードは心の中で呟く。



「誰でもよいのだ。

私の心を溶かしてくれる女性ならば。」




「ところでリチャード様。」


もう、仕事モードに戻ったガストンが話しかける。


慌てて視線を合わせると


「最近、コンエール州に住んで居る科学者が、変わった物を造ったそうですが。」



「ほぉ。大変な場所だな。そんな田舎に科学者なんて居るのか?」



「はい。

名前はアルバート・マーシャル博士

男爵の爵位を持っています。


何でも、幼い頃から大変優秀で16歳の時にはもう大学を飛び級にて卒業していたもようです。


その後は、隣国や遠くアメリア国にも招かれ三年前からは故郷に戻って研究を続けていたとのこと。」



ガストンの説明を聞きながら、リチャードは一人の少女を思い出した。



六年前のパーティー会場で偶然に出会ったあの可憐な少女を。



「確か。シェリルとか言ってたな。」



自分の呟きに、ガストンが不思議そうな顔をしたが首を横に振った。



「それで?その博士は何を発明したのだ?」



すると、ガストンには珍しく口ごもりながら。



「はいそれが・・。

アンドロイドとか言うのだそうで。」



「アンドロイド?・・人造人間か。


そのような物、本当に造れるのだろうか。。


ガストン。その情報は確かなのか?」



ガストンはますます弱り切った様子で答える。



「はい。情報の出所は確かなのですが、なにぶんにも話しが話しですので。

なんでも、見目麗しい女性なのだそうです。」



「・・・」



しばらく考え込んでいたリチャードだったが、おもむろにガストンに尋ねた。



「そのマーシャル博士に妻は居るのだろうか。」


その質問には面食らった執事だったが、直ぐに


「その質問は想定しておりませんでした。

取り急ぎお調べいたします。

他には何か。」


と主を見つめる。



「ああ。頼む。

それから、アンドロイドとやらにも興味が湧いた。

少ししたら訪ねてみたい。」



「はいかしこまりました。

早速手筈を整えます。」


そう言うと、優秀な執事兼秘書はお辞儀をして足音も静かに立ち去った。


一人になったリチャードは、いつの間にか薄れてしまった少女の面影を思い返しながら微笑むのだった。




そしてその夜リチャードは、仕事絡みの付き合いで、あるパーティーに出ることになった。



いつもと変わり映えのしない出席者。



会場が違うだけで、大体が顔見知りばっかりだ。


早速、リチャードを見つけて近寄って来た令嬢達にウンザリした彼は、もういつ抜け出そうかとそればかりを考えて辺りを見渡した。



そして、気がついたのだ。


この屋敷には、前にも訪ねた事があると。



そう6年前の満月の夜、美しい髪の妖精に出会った思い出の場所だ。



思い立った彼は、追いすがる令嬢達を軽くいなすと一人、あの庭園へと近付いて行った。



庭はあの夜と同じように、美しい満月の光の中で輝きながらリチャードを迎えた。



「こうして見ると、此処はあの時と何も変わっていないみたいだな。」



ポツリと呟きながら、彼はあの場所へ、シェリルと名乗った少女と出逢った庭の奥へと進んで行ったのだ。



進んで行きながら、リチャードは自分に問いかける。



「俺は何をしているんだろうか?

又あの少女に逢えるとでも信じてるのか?

我ながら滑稽だな。」



そう苦笑しながらも足が止まる事はなかった。



やがて、確かこの辺りだったと思う場所まで来ると、立ち止まって目を凝らした。



辺りはうららかな春の夜。


満月の光に照らされた庭園は、時折吹いてくる風にサワサワと木々が揺れているのさえ幻想的に見える。



しばらく佇んでいたリチャードだったが、やがて諦めたのか溜め息を一つ落とすと、ゆっくりと体の向きを変えた。



その時。

何かが彼の視線の端を掠めたのだ。



一瞬だったけれども何か、キラリとした物が見えたような気がしたのだった。



リチャードは、さっき確かに見えたはずの方向へ急いで歩いていく。



もしかしたら。。



その気持ちだけが彼を動かしていた。



木々を掻き分けて歩いていく。



前方、段々強まる金色の光。



そして現れたのは。



見事に結い上げた金色の髪、ほっそりとした姿によく似合う水色のロングドレス。


妖精と言うよりは、

「ヴィーナス」


思わず声に出してしまってから気づいた。



相手もびっくりしてこちらを見ている。



リチャードは何とか息を整えると話しかける。



「6年前は、貴女の方が私を王子と間違えたが。

今宵は、貴女をヴィーナス以外の何にも例えられない。」



そして、まだポカーンと自分の方を見つめ続けているヴィーナスに話し掛けた。



「まだ私の事を思い出さないか?

シェリル。」



クスっと笑って聞いてみると。



彼女は首を横に思い切りふって答えた。



「いいえ。いいえ。

リチャード様。お久しゅうございます。」



しかし、返って来た笑顔は弱々しかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ