リチャード・マクベイン伯爵の恋(前編)
すみません
前編と後編に分けました
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やっとのことで会場から抜け出すと、深い溜め息を一つ吐いた。
屋敷自体はそんなにも広くはないが、今足を踏み込んでいるこの庭はそこそこ広く、木々の配置もなかなかの趣味と言えるだろう。
何よりも柔らかな輪郭を見せた満月が、その光で庭を幻想的に魅せている
「ふん。
何が愛してるだ。」
と不機嫌そうに呟いて月を見上げる男性の、肩まである髪は漆黒だったが、この月の光の中では艶やかに濡れて見えた。
彼はリチャード・マクベイン 22歳
遠く遡れば王室にも縁があると云う、名門中の名門マクベイン伯爵家の跡取りだ。
今夜は、たまたま出席出来ない父親の代わりという事でこのパーティーに来たのだった。
しかしリチャードは、直ぐに来た事を後悔した。
何故なら。
偶然この会場に、ドロシアとイレーナという二人の元愛人が居たからだ。
只それだけなら、上手くこちらが避ければ済む事なのだが、彼女達はよりを戻したいらしく必死にリチャードにまとわり付き二人きりになるチャンスを窺っていた。
ドロシア・オースティン侯爵夫人
半年程前に行った仮面舞踏会で知り合い、人妻とは知らずに関係を持ったが直ぐに別れた女性だ。
リチャードにすれば、相手の夫と揉めるつもりなど一つもなかったので、深入りする前にアッサリと別れようと思っていたのだが。
5歳年上の大人の女性だと思っていた人は、泣きながらすがりついてきたのだ。
「愛」を口にして。
イレーナ・バルフォア男爵令嬢
深紅の薔薇と呼ばれているだけあって、赤みがかった豊かな金髪と紅を挿さずとも元から赤い魅惑的な唇でリチャードに近づいて来た。
イレーナとは一年間程続いた。
最初からお互いに納得して始めたはずの関係が、何時しか束縛してくるようになった為に別れを告げた。
そして又彼女も「愛」を口にする。
「どいつもこいつもウンザリだ。」
吐き捨てるように呟くリチャードは、愛など端から信じてはいない。
彼にとって、女性と交わす行為はただ己の性欲処理にしか過ぎないのだ。
そこに「愛」など育つ訳がない。
しかし、それに気付かない廻りの女性達は簡単にリチャードに惹かれていく。
185センチを超える長身は精悍に引き締まり、艶やかな黒髪と、滅多に緩まない冷たい湖のような碧色の瞳。
正に『氷の貴公子』と呼ばれる所以だ。
どれくらいの時間、この庭に居たのか。
フッと気が付くと前の方、木々が丁度重なっている奥の方にキラキラと光る物が動いて見えた。
柔らかな月の光を跳ね返す程強い光が何なのか、不思議に思ったリチャードはソッとそれに近づいて行った。
静かに、音を絶てないようにと近づいたリチャードの目に飛び込んできたのは人間の金髪だ。
それもリチャードの胸辺りくらいしか背丈のない少女の。
何故こんな夜中に?
子供がたった一人で?
全く訳の分からないリチャードだったが、それにしても少女の腰まである髪は素晴らしく美しい。
思わず見とれていたのだった。
幸いな事に、少女は自分にまだ気付かず背を向けている。
可愛らしい声で、何か鼻歌を歌いながら一人でダンスを踊っているつもりらしい。
何回も目の前でターンをしているのに、余りにも真剣だからなのか全く視られている事には気が付いてないみたいだ。
まぁ。そのお陰でその少女の姿をじっくりと視ることが出来たのだが。。
何回目かのターンで遂に疲れてしまったのか、少女はダンスを辞め此方を振り向いた。
途端に人が居る事に気が付いて驚いた少女に、リチャードは出来るだけ静かに話しかけた。
「驚かせたなら申し訳ない。
そのようなつもりは無かったんだが。
余りにも、その・・・楽しそうだったから。」
年頃の令嬢になら、どんな甘い言葉でも囁けるリチャードだったが、さすがに子供相手では勝手が違う。
だが相手の方は、リチャードが話し掛けた途端に目をキラキラさせて叫んだ。
「王子様?
そうなのでしょう?
何処からいらしたの?
ヤッパリお月様からですの?
それとも、お星様かしら。
ああ。本当。
アルバートの言ってた通りだわ。素敵。」
興奮の為、頬をバラ色に染めて両手を握りしめながら、こぼれそうな程大きい瞳を見開いて見詰めている。
「!?」
そして二人は、タップリ二分間無言で見つめ合ったのだ。
先に沈黙を破ったのはリチャードの方だった。
「いや。私は王子ではない。
たまたま今日、このパーティーに来た客だ。」
それを聞いた少女はスゴくがっかりしたようだったが、気を取り直してリチャードに話し掛ける。
「あー・・ごめんなさい。
お兄様はお客様でしたのね。
私、此処バスティアン家とは親戚になりますの。
この間からこの家にお世話になってます。」
余りにもシュンとしてしまった少女に、リチャードは優しく話し掛ける。
「私が王子に見えたと言うのか?
恐くはなかったか。
私は・・よく恐がられる。」
すると少女は、自分の首をブンブンと横に振って応えた。
「いいえ。恐いだなんて。
私お兄様みたいに綺麗なお顔、初めて見ましたわ。」
するとリチャードはクスっと笑って言う。
「私が綺麗か?
アルバートよりも?」
途端に耳まで真っ赤になった少女は、消えそうな声で言う。
「ア、アルバートは、顔はお兄様には負けますけど同じくらい素敵な人ですわ。」
「ふーん。」
少女の一生懸命な言葉に興味を惹かれたリチャードは尚も尋ねる。
「私と同じくらい素敵な男か。
それは面白い。
そのアルバートとか言う男は貴女の許婚かな?」
その問いに、まるで花が咲いたような輝く笑顔を浮かべて少女は頷いた。
「はい。
彼は今、隣の国の大学院に留学していますの。
去年で大学は、飛び級で卒業してしまったので。」
それにはリチャードの方が驚いた。
「ほう、飛び級で。
それは優秀だな。
では彼は今何歳なのだ?」
「17歳ですわ。
私より五つ年上ですから。。
彼は、科学者になりたいんです。
人の役に立つ発明をしたいって。」
そう誇らしそうに言うと、ふと気が付いたのかリチャードの後ろを眺めて尋ねた。
「お兄様?もしかしたらお一人ですの?
奥様とかはお連れではありませんの?」
不思議そうな少女の問い掛けにリチャードは苦笑しながら答える。
「残念ながら私には妻も恋人も、貴女のような可愛らしい許婚もいない。」
「まぁ。
信じられませんわ。
でも、好きな方はいらっしゃるのでしょう?
・・あっ。もしかしたら恋人が居らしたのに、最近亡くなられてしまったとか?
それでまだ悲しくて、こうして一人で歩いておられるのかしら。」
必死に次から次へと考えを話す少女に、遂に堪えきれなくなったリチャードは肩を震わせて笑いだした。
それをポカーンとした顔で見ていた少女も、やがては一緒に笑い出したのだった。
「本当に貴女は面白いな。
許婚はそうは言わないか?」
「そんな。面白いだなんて言いませんわ。
アルバートは優しい人ですもの。
多分、思っていたとしても。」
そうして又ひとしきり笑い合った後、リチャードは少女に尋ねた。
「私はリチャードだ。
貴女の名前は?」
「シェリルですわ。」
「いい名前だ。」
そう言うと、リチャードはシェリルに跪き、彼女の手の甲にそっと口付けた。
帰りの車の中、珍しく穏やかに微笑んでさえいる主にそっとガストンは話し掛ける。
「リチャード様。
楽しいパーティーだったようで、よろしゅう御座いましたね。」
すると主はクスクス笑いながら。
「先程まで妖精と一緒だったんだ。」と言った。