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シェリルの恋

このお話は、いきなり

3部作になります。


それぞれ主人公はちがいますが。。

マクベイン伯爵夫人の朝は朝刊を読むことから始まる。


春の暖かな風が入ってくるテラスで紅茶を待つ間に、もう何十年も愛用している老眼鏡をかけながらゆっくりと読み進めていくのだ。


「失礼いたします奥様。」


いつもどうり、執事が紅茶をテーブルの隅に置くと。



今年で70歳になったというのに、少しも色褪せない見事な金髪を揺らしながら微笑みかける。



「ありがとう。ガストン。」


それを慇懃なお辞儀で返して静かに去って行く老執事は知っていた。


シェリル奥様の朝刊を持つ手が震えていた事を。

そして、その理由も。




一方シェリルは、なんとか朝刊を畳むと堪えきれずに顔を両手で覆った。


「アルバート・・。」



さすがに此処では泣けないと唇を噛んだ時。



「まぁ。好い風だわぁ。気持ち良い。」


一瞬にして回りが明るくなるような若い娘の声が後ろの方から聞こえてきた。



その途端、顔を上げたシェリルの口元には完璧な笑みが浮かんでいた。



「お祖母様。おはようございます。」



「まぁ。エイミー。

早く起きたのね。よく眠れて?」



シェリルの問い掛けに肩をすくめた孫娘は、お祖母様の若い頃にそっくりと言われる美貌を歪めて

「色々あって、昨夜はなかなか寝られなかったわ。」と言った。


四男夫婦の一人娘であるエイミーは、容姿だけではなくその朗らかな性格までもが自分に似ている。


普通は両親と共に別の屋敷に住んでいるのだが、時々こうして祖母の屋敷に泊まりに来るのだ。



沢山いる孫の中でも、特にエイミーが可愛くて仕方がないシェリルは、宥めるようなキスを彼女の額にすると優しく話し掛ける。



「さあさ。お話しは朝食の後、ゆっくりと聞きましょう。」


そう言うとエイミーを連れて食堂へと去った。




「エイミー。

今度は何があったの?お祖母様にお話しなさいな?」



朝食の後、先程のテラスでシェリルはエイミーの話を聞くことにした。



なかなか話そうとしない孫の顔を優しく見つめていると、渋々といった調子で話し出す。



「私、お祖母様達に憧れてるの。」


「私とリチャードに?」


「ええそうよ。

何てったって、お祖母様と亡くなったお祖父様とは大恋愛の末に結ばれたって聞いてるもの。


確か。

たまたま舞踏会にいらしてたお祖母様に、お祖父様が一目惚れしたんだって。」



思わず苦笑するシェリルを尻目に、エイミーはウットリとした目をして溜め息をついた。



「だから。

初めてこの話を聞いた子供の頃から私の恋愛の理想はお祖母様達なのよ。」



「そうなの・・でも、それがどうなったら貴方と恋人との事に関係するのかしら?」



シェリルは不思議そうに小首を傾げてエイミーを見やる。



「だから、それがエドガーと私との間がうまくいかない理由なの!」


興奮したように告げるエイミーの顔をマジマジと見つめながら、シェリルはすまなそうに又尋ねた。



「ごめんなさいエイミー。私には話が上手く飲み込めないわ。

申し訳無いけどもう少し分かり易く話してもらえないかしら。」



祖母の申し訳無さそうな顔を見て我に返ったエイミーは、真っ赤な顔をして謝ると今度は言葉を選びながら話し出す。



「私とエドガーとは幼なじみなの。

それこそ、物心がついた頃から二つ違いの彼とはいつも一緒に遊んでたりしてて・・」



「そして、いつの間にか彼の事を好きになってたのね。」



話の最後を祖母に取られたエイミーは、「そうなの。」と言いながら大きく頷いた。


「エドガーは昔から何も変わらないの。

いつも優しくて、常に私の事を一番に考えてくれてて・・」



「でもドラマティックな恋愛じゃないって思ったのね。」



又しても先に続きを述べた祖母に何度も頷く孫を見て、シェリルは溜め息をついた。



「エイミー・・」



呼び掛けはしたものの、何も言葉を発しない祖母をエイミーは不思議そうに見つめる。



そして、ようやく話し出したその声は、とても震えていた。


「エイミー。あなた、エドガーを試したのでしょう?

自分の事を愛しているのなら、此処まで迎えにくるようにとか言ったのかしら。

違って?」



大きく目を見開いて驚いているのは肯定の印。


やっぱりかと肩を落としたシェリルはそれでも優しく諭す。


「いけないわ。人の心を試すような事をしては。

恋愛ってね、とても危ういものなのよ。

自分で大事に育てていかなくては。

目を離した隙に消えてしまう事もあるの。」



「お祖母様。

どうしてお判りになったの?」



その問いに寂しそうに微笑むとシェリルは言った。

「あなたは昔から、顔かたちだけではなく本当に考え方まで私と似ているのね。」



祖母の言葉にハッとしたエイミーは、それでもまだ信じられないといった顔つきで尋ねる。



「まさか。

お祖母様も昔、私と同じような事を?」



それに軽く頷いて返すと、シェリルは遠くを見つめながら話し出した。



「あの頃私は18歳になるところで、まだシェリル・マクベインではなくシェリル・バンクス男爵令嬢だった。。


住んでいた所も今のような王都ではなくて、遠く離れた田舎の町だったの。

そして。

幼なじみのアルバート・マーシャルと婚約していたわ・・」





アルバートは科学者だった。


シェリルより五つ年上の彼は、科学者としては若いながら世界的にも注目され出した程の頭脳の持ち主だったが、それ以外の事には無頓着だった。


いつも着てる白衣は、白かった事などなくヨレヨレだったし、櫛など入れた事がないようなボサボサの髪と分厚い黒縁の眼鏡。



そして、無愛想で無口ときている為、周りの人間達とは一切関わりを持ちたがらなかった。



一方シェリルの輝くばかりの美貌は、近隣の町中知らぬ者などいなかった。

どんな暗闇にも辺りを輝かせる程眩いゴールドの髪は腰の辺りで波打ち。

瞳は見るものを全て吸い込んでしまいそうなくらいに美しい蒼。


それだけを見れば穢れなど知らない無垢な乙女のようなのに、唇が裏切っていた。



濡れたように見える少し厚めのそれは、ただ動かすだけでも肉感的で、男心をそそるのがアンバランスで魅力的だったのだ。


尤も、シェリル本人は幼い頃からアルバートしか見ていなかったので自分の魅力には一つとして気がついてはいない。


どちらかと言えば、世界的な科学者になっていくアルバートに対して自分は余りにも似合わないのではないかと落ち込む程だったのだ。



シェリルの目に映るのは眼鏡の奥にある優しくて思慮深い瞳だけ。


彼女にとってアルバートは、幼い頃に壊れた玩具を治してもらった時から尊敬と恋慕の対象だったのだ。



少しぐらい服が汚れていてもそれは、家事をしてくれる女手がいないからだ。


シェリルと同じ男爵家だとは言え、裕福なシェリルの家とは違いアルバートの家は没落寸前だった。

しかも両親は何年も前に亡くなっていたのでもっぱら家事は通いの家政婦頼みだったのだ



シェリルも何とかアルバートの世話をしたいと思ったが、やはり令嬢としてかしずかれている者に家事は無理な仕事だった。



そして、あと3カ月でシェリルが18歳の誕生日を迎えるという頃。



キャシーが現れたのだ。


「本当、私にとっては急に現れたという感じだったわ。


いつものように彼の屋敷を訪ねたら、当たり前のように紹介されたの。


確かに前からは聞いていたのよ。

もう少しで助手の役目をさせるアンドロイドが完成するという事は。


・・・でもそれが、まさか女性だなんて。。」



声を詰まらせた祖母にエイミーも興奮気味にまくしたてる。



「まぁ。アンドロイドですって?

お祖母様には失礼だけど、その頃にアンドロイドなんて凄くありません?」



しきりにスゴイスゴイを連発するエイミーに祖母は話す。



「そうね。

今でこそ、どこの家にも普通にメイドとしているけれど最初にアンドロイドを造ったのは彼なのよ。」



「す、スゴイ方だったのですわね・・。

ねぇお祖母様。

そのキャシーっていうアンドロイドはどういう女姓でしたの?」



エイミーの質問にシェリルは、まるで遠くを見るような眼差しで答える。


「そうね。

年齢はあの頃の私よりもいくつか落ち着いていて大人に感じたわね。


髪と瞳はブラウン。

顔は私に似せて造ったとアルバートは言ってたけれど、キャシーはいつも無表情だったから分からなかったわ。


それよりもキャシーが現れてから、あの屋敷もアルバート自身も大きく変わってしまった。


前から通っていた家政婦を断って、替わりに彼女が家事の切り盛りをするようになったの。


家中がピカピカになったし、食事だってキチンと採るようになったみたい。

何よりもアルバート自身が・・・。


黒縁の眼鏡はそのままだったけど、毎日髭を剃るようになったし、ボサボサだった髪だって整えるようにもなったわ。


でも私には、真っ白な白衣を着て微笑むアルバートが何故か遠いひとのように思えて悲しかった。


お仕事も助手が出来てからは急に忙しくなったみたいで、いつ会いに行ってもキャシーが取り次いでくれなきゃ会えなくなったわ。


キャシーはいつも言うの『私は、博士の為を一番に考えて行動しています。それが私の使命なのですから。』


そう言われると何も言えないわよね。」



「でも。」とエイミーは話しかける。


「でも、お祖母様は彼とは婚約してらしたのでしょ?

もっと堂々とされてれば良かったんじゃなくて?」



「その内、狭い田舎ですもの。

彼とキャシーとの事が噂に挙がるようになったわ。

あの頃はまだ、アンドロイドなんて誰にも理解出来なかったし、アルバート自身周りの人間達に説明もしなかったから二人は夫婦同然で、私がアルバートに捨てられたと言う事になってしまっていたの。」



「そ、そんな・・。

お祖母様。ちゃんと話し合いはされましたの?」


エイミーの問いかけに、「ええ。彼に詰め寄ったわ。


でも、彼は、

『今更キャシーをどうにかする事なんか出来ないし、するつもりもないよ。

彼女は言わば僕の子供も同然なんだ。


その内、第2、第3のアンドロイドが出来てくれば周りも解るさ。


しばらくの辛抱だろ。


可愛いシェリル。


もう少し待ってくれないか。』


そう言われて私は彼の屋敷を去るしかなかった。

そしてその時、玄関で私を待っていたキャシーに言われたわ。


アルバートは私には普通にしていたけど、本当はすごく悩んでいて研究も進んでないんですって。

だから暫くの間研究に没頭させてあげて欲しいと、頭を下げられたの。」


「だから?お祖母様そのまま暫くお会いにならなかったの?」



その問いにシェリルは黙って頷いた。



「・・信じられない。

だってお祖母様、お家の方も怒ってらしたんでしょ?」



「ふふ。そうね。

父などはアルバートの事を酷く詰ったわね。

もともと父は反対だったから。


王都の男爵家に嫁いだ自分の妹の所に、しばらく行っていろと言われたわ。


叔母には子供が出来なかったから可愛がってもらっていたのよ。


むかしは家にもよく泊まりに行ったし、その時にはお供でパーティーにも連れて行ってもらったわねぇ。



でも私はどうしても18歳の誕生日にはアルバートに傍にいてもらいたかったの。


前から18歳になったら正式にプロポーズしてくれるって約束してくれてたから。


私は待ちたいと願ってたのよ。



それなのに・・



あの日。


私の誕生日まで後2週間という日だった。



急に父が母に命じて私を王都にやるための荷造りを始めたの。


うんと言わない私にじれてしまったんでしょうね。



そこで派手に言い争いになった私はすぐにアルバートの所へと走っていったの。



とにかく彼の顔が声が聞きたくて。

そして・・彼の屋敷まで来たら田舎では珍しい、自動車が一台留まっていたわ。


不思議に思ったけれど、切羽詰まっていた私はそのまま構わず中に入ったの。


玄関の呼び鈴を押してもキャシーも誰も出てきてはくれなかったけど、耳を澄ますと奥の応接室から何人もの声が聞こえた。



私はおずおずと応接室まで行くと、アルバートごめんなさい。と言いながらドアを開けたの。



そこには、三人の人達がいたわ。



アルバートとキャシーが向かい合ってて、それを一人の男の人がニコニコしながら見守ってて。



三人の前にあるテーブルにはキラキラ光る石のついた指輪が沢山広げて並べてあった。



そして。

アルバートがキャシーの指にキラキラ光る指輪をはめようとしている所だった。



弾かれたようにこっちを振り向いたアルバートの驚いた顔、いつものようになにごともないように落ち着いたキャシーの顔。



不思議だったのは自分自身がちっとも驚いていない事だわ。


やっぱりそうだったのかと納得している自分が可笑しかった。



アルバートは立ち上がると、こちらに近づいて来ながら私を宥めようと話しかけたけど、それより先に私は元来た道を走って家まで戻ると、その日のうちに叔母の家へと旅立ったの。


彼には叔母の家から一通だけ手紙を出したわ。


何か弁解をしたいのなら、私の誕生日までに叔母の家まで来るようにと。

もし来ないのであれば、あなたとはもう終わり。

婚約も解消すると。」



「お祖母様、それで?

彼は来たんですの?」



シェリルは首を横に振った。



エイミーは大きく溜め息を吐くとソッと華奢な祖母の体を抱きしめた。



「お祖母様。」



何も言葉の出ない孫の背中を優しく撫でながらシェリルは呟いた。



「あの時、私はどうすれば良かったのかしらね。多分。どうにもならなかったんでしょうけど。


だからね、私はあなたには今の恋を大事にしてもらいたいのよ。

エイミー。

あなただって、エドガーの横に知らない女性が寄り添っていたら嫌でしょ?」



その言葉を聞いた途端にエイミーは叫んだ。


「そんなの絶対に嫌ですわ。」



思わず抱擁を解いて叫んでしまった事に気付いて真っ赤になったエイミーに、祖母は優しく話しかける。


「そうよエイミー。

それでいいのよ。

そうやって恋は掴んでいかなくちゃ。

大丈夫。あなたには出来るわ。」


と言うと花の様に微笑んだ。



読んで頂いて本当にありがとうございました!


もしよかったら感想なり、アドバイスがあれば

是非教えて下さい。


よろしくお願いします。

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