Fabulousなやつら
「しかし…〝危機処理監理官〟だなんて、あんたもモノ好きだよな」ヤスが冷笑する。「おれみたいな死刑囚どもに付き合って月面くんだりまで来て、こんな吸血アメーバ野郎の相手かよ」目の前の、巨大な濃緑色の粘体の塊を見上げる。
「おれは志願してこの仕事に就いた」銃をぶっ放し前方を見すえたままそう言った時、おれの左脚部に粘体が射出した棘状の物体が刺さり、おれはうめき、ひざまずいた。
最初は農業への平和的利用だった。分子生物学者と細菌学者が、月面基地内で農作物を有機的に栽培できる温床を作ろうと棘足アメーバ亜目の一種の遺伝子を操作し、農業用巨大特殊有機苗床〝メガメーバ〟を開発したのが始まりだった。しかし〝メガ〟というだけあり彼らは増殖スピードも驚異的に早く、一度基地を埋め尽くすほどに巨大化してしまうと手がつけられなくなり、人間までをも呑み込み始める。特に人間血液中の抗原CとEが身体の養分ともなるらしく、人を絞り潰して血液を吸い込む様は〝バンパイアメーバ〟とも恐れられた。ちょっとした栄養供給バランスの崩壊が彼らの爆発的増殖にもつながり、取り扱いが非常に難しかった。
〝静かの海〟の第四月面基地が暴走メガメーバに襲われているとの報を受け、厚労省の特殊危機処理監理官であるおれは、これまた政府がかき集めた死刑囚から成る志願者たち"決死隊〟と合流し、メガメーバ猖獗地点にエア・フロートで降りたった。
数日中に活動は終息するだろうというおれたちの見立ては甘く、無人の居住区の食料庫に入っていた腐敗食品のカビを取り込むと、メガメーバは再度急激な巨大化を行い、何十本もの仮足を射出してきた。そこでの戦闘は酸鼻を極め、十人いた決死隊員はおれたちを残し潰滅した。もはや手に負えない大きさだ。その勢い凄まじく、手負いのおれたちはブラスターを打ち込みながら、基地の地下シェルターへと後退する。
「硫酸が、あまり効かなくなってる。耐性ができてるんだ」チタン製の分厚い二重扉を閉めながら、ヤスは言う。「抑えるのに手一杯で、攻撃どこじゃねえ」
間一髪、メガメーバの濃緑色の触手が室内に侵入する寸前で扉が完全に閉まった。
シェルターに入ったは良いもののメガメーバに包囲されるだけで、手も足も出ない。政府軍も、付着したミクロのアメーバ分裂体を地球に持ち込むことを恐れ、実際近づけない。決死の覚悟で志願して来たおれたちが何とかしなければ、お手上げなのだ。
「まいったな…完全に閉じ込められた」出血が止まらぬ左脚を押さえおれは苦笑した。
「あーあ、これまでか」硫酸ブラスターを放り出し、座り込むヤス。目に光るものがある。「ムショにいる時はおれなんていつ死んだっていいって思ってたけど、こうして地球のために闘ってみると、やっぱ生きててよかった、って思ったわ」
おれは怪我した左脚を押さえながら、ヤスをじっと見つめていた。出血が多いせいか、視界がかすんできている。ボロ布で脚を縛るが、血の勢いは止まらない。
「けどあんたも、本当にご苦労なこった。こんなロクでもない辺境まで来て、おれたち死刑囚がきちんと活動し、逃げ出さないか見張らなくちゃいけないなんてな」
「ああ。けど、おれだってこうした危険な任務に付き合って命が危険に晒される替わりに、普段は政府の公的支給金で遊んで暮らしてられるんだ。お互い様だよ」
「ホントにバカだな。…けど最後に会ったのがあんたで、良かったわ。なんかこう、まっとうな人間として、死ねそうな気がするし」ヤスは照れ臭そうに笑った。
「本当に、そう思うか?」おれは再度、確かめるようにヤスの目を見据えた。
「当たり前だろ。死ぬまぎわに嘘つく人間なんて、いる訳ねえだろ」
「分かった」暫く考えた後、おれは目を閉じ、深く息を吐いた。「おれが行くよ」
「ハ!? 何バカなこと言ってんだ? もう助かる訳ねえってのに」
「おれが何故、ここに派遣されたか? 理由はこれだ」おれは床に溜まる自分の血だまりを指さし、空の注射器を出した。「おれの血液は、常人にはない『―d―(バー・ディー・バー)』型だ。今、常人の血液を注射した。間もなく強力な抗C・抗E抗体ができる。その血液を取り込めば、奴の細胞質は凝集・溶解して死滅する」
キョトンとするヤスを尻目に、おれは息を荒げてドアにいざり寄り、微笑んだ。
「つまりおれの血液でメガメーバは急速に消滅、お前は無事帰還できるってこと」
「行くな!」すがるヤスを足蹴にしドアを開けた瞬間、おれは濃緑の粘体に包まれた。
2011年5月11日に完成した作品です。