プロローグ
…………………
「…ちゃん、お兄ちゃん!遅刻しちゃうよ!」
「んぁ…」
寝ぼけ眼で時計を見る。
短針が8、長針が3を指している。
つまり、8時15分。
「まずい!何でこんな時間に!」
ふと部屋を見渡すと、点けっぱなしのテレビとPS3。
俺が居るのは、ベッドではなく、座布団の上。
…大方理解できた。
昨夜、徹ゲーをしていたところ、急に眠くなり、そのままパタリ。
…………
「遅刻だぁぁぁぁぁぁ!ちょ、未来!着替えるから出ろ!」
慌てる未来を押し出し、力強くドアをしめる。
急いで干してあるカッターシャツを奪り、ネクタイを通す。
こういう時に限って、なかなか輪っかが作れない。
普段なら絶対10秒以内にやってるのに!
…いや、15秒?
ええい!そんなことはどうでもいいのだよワトソン君!
無駄な思考が一番時間を食うんだよ!
え?急がば回れ?
うっせぇ!どこを回れって言うんだよ!
部屋?
回れねぇよ!
くっそ!こんなネクタイ、どうにでもなれぇぇ!
-3分後-
「お兄ちゃん…キュートなアクセサリーだね…」
「気休めは止せ妹よ。これの何処がキュートだってんだ」
「ほら…団子ってところが現代っ子っぽくていいじゃん…あ、チャイナか」
「それは団子ヘアだろぉぉぉ!俺のは首からぶらさがってんの!見てみ!?これ!」
「…激しく鬱陶しいよお兄ちゃん…」
「す、すまん。熱くなりすぎた…」
「どんだけ不器用なの…貸して」
「おぅ!?」
グイッとタイを思い切り引っ張られて首が締まる。
このネクタイ。団子結びになってるくせに、何で滑るんだよ!腹立つ!
「……これで良しと」
「すまん…。でもお前、もう遅刻確定だぜ?」
「あ…」
「いやぁ、とんだ災難だったな。でも俺はこんな良い妹を持てて幸せだな…あ?」
「うっさいバカ兄貴!お前ェのせいで遅刻だろうが!単位落ちたらどうすんだよ!あ?言ってみ?コラ」
「……不甲斐ない兄で申し訳ござらん。この件については切腹するしか…」
「だぁぁぁ!うっせぇ!死ね!死ね!消え失せろ!二度と現れんな!」
ドガッ!ドガッ!
腹、顔面、肩、尻。
色んな所に蹴りが入る。
はぁ、ヒールじゃなくてよかったぁ…。
どうやらウチの妹、不都合があると黒くなるみたいです。
いや、オーラが。
目元じゃなくて。
目元が黒くなるのは、俺。
殴られたアザだったり、恐怖に伴う寝不足だったり。
いかんせんダメ男です。
☆
「うぉう、凄ぇな、お前の顔」
「いろいろあってな…。恐妻ならぬ恐妹だよ」
こちらは親友Aこと森永結衣。
女のくせに、男言葉で話す、色気とはかけ離れた人間である。
「今もの凄く失礼なこと考えなかったか?」
「お、察しがいいねぇ。何?今調子いいの?」
「何がだよ!つか何?殴られたの?」
「そんな甘っちょろいもんじゃねぇ。首締められて恐喝、蹴り入れられて今に至るって所かな…」
「壮絶な…戦い?」
「一方的な。背水の陣でも敵わねぇよ」
「大変だな…」
「お前はバイト続いてんの?」
こいつ確か…ロー○ンでバイトしてたような気がするんだが…
その前がPI○ZA H○Tの配達員で、ST○RBA○KS CO○FEEの従業員……
「からっきしだよ。この前、客がエッチ本買ってて、防衛本能で殴っちゃって…」
「お前、コンビニで働くな。今後一切。路上ライブでもやって駄賃集めてろ」
「いや…それがさ、全然集まらねぇんだよ」
「何!もうやっちゃったカンジ!?」
「ギターケース前に置いてんだけど、コレ投げ込んでくれる奴少ねぇんだよ」
コレだよコレとか言いながら人差し指と親指で丸をつくっている。
へぇ、何それ、仏様の真似?
「それも100円とか500円でさぁ。千円くらいくれって話なんだよ。ギターの整備費の方が高くついちまって、大赤字だ」
「で、辞めたのか」
「察しの通り」
「長続きしねぇな。ギターにハマったり…そうだ、お前、一回だけ会社立ち上げようとしたよな?」
「懐かしいな。あの頃ははっちゃけたもんだ」
「いや、半年前な…」
「外資系の会社を立ち上げようとして、家の口座から全額下ろしたときにゃ、酷く怒られたからな。懲りたよ」
「金を下ろしたお前が悪い」
「一時のテンションに身を任せると大変なことになるぜ!」
「わー、すごいせつとくりよくー」
「……日本銀行に勤めてみたい。あと、ヨーグルト食べたい。BIOチャレンジしたい」
「脈絡無いにも程があるよー。日銀はわかるけどヨーグルトはわからーん」
「もうすぐ進路希望提出かぁ。鶏冠井は何って書くんだ?」
「一応、進学。高卒で就職はキツいかなって」
「利口だねぇ。あたしは一生バイト&パート&ニート生活でいいよ」
「泥沼生活キタ!いいのそれで!?人生棒に振るよ!?」
「だってあたしが大学進学なんて考えられるか?この高校入れたのだって奇跡の中の奇跡なんだから」
……確かにそうだ。
結衣の中学校の頃の成績はオール3。
んでもってテストの平均点は250点。
また奇跡が起きない限り、大学校進学は到底無理だろう。
神様もそこまで暇じゃないだろうし。
「そうだな。諦めろ。お前の人生はそれでいいんだ。お前らしく生きれば、それで」
「あたしがニートだと言いたいのか?」
「そういう意味じゃないんだが……」
「ならいいけど…。鶏冠井はどこの大学に?」
「決めてない。地元でもいいし」
「ふぅん。じゃ、飯食ってくるから。じゃな」
「俺も飯食うかな…」