序章 第八話:お嬢、燃ゆ……
「全員起立ッ!!!
名前が呼ばれた順に、生徒手帳を受け取り、席に着け!」
国府田はえらく楽しそうに、
抽選箱から生徒手帳を拾い上げ、生徒の名前を読み上げていく。
名前が呼ばれるたびに、生徒たちは順番に座席を埋めていき、
教室内は少しずつ落ち着きを取り戻していった。
「せっかく前と後ろだったのに、離れてしまいますわ」
みことはリンの手を握りしめ、悔しそうに呟く。
「う、うむむ……な、なぜ変えねばならんのじゃ?」
立ち上がるたびに手を繋ぐ……
もはや姉妹以上の絆が形成されつつある二人。(みことの妄想)
――席が半分埋まってきたころ、「彩音リン!」と呼ばれる。
「あ、はいなのじゃ!」
ぴょこんと手を上げ、生徒手帳を受け取り、リンは一番後ろの席へと向かう。
「あぁ……リ~ン! わたくしを置いて行ってしまわれるのですね……シクシク」
まるで今生の別れのように、
離した手のぬくもりを愛おしく惜しむように見送るみこと。
一方、席に着いたリンは、何かを確認するかのように、
周りをきょろきょろ見回していた。
相変わらずニヤニヤしながら、生徒手帳を引いては読み上げる国府田。
そして――遂にみことの番が来る。
「次……葵生みこと!」
「はい!」
窓際の一番前である。
リンと離れたみことは、再びお嬢様スイッチが入る。
気品あふれる所作で着席し、両手を膝の上に乗せ、可憐な佇まいで周りを見回す。
隣になった男子が照れくさそうに話しかけてきた。
「俺! 鈴木太郎ってんだ~ よ、よろしくな!」
と挨拶される。
「ごきげんよう。鈴木さんとおっしゃるのですね。
こちらこそよろしくお願いいたしますわ」
輝きを放つお嬢様オーラ全開の挨拶に、鈴木君は顔が真っ赤になり、
まともに顔を合わせられなくなる。
「は、はい……こちらこそ」と、なぜか敬語になるほどテンパってしまった。
(おっしゃ~! 俺の学園生活、最高になる予感しかしねぇ~!)
人生最大の幸せを噛みしめる鈴木君。
「よし! これで全員席が決まったな!」
両手を腰に当て、ドヤ顔している国府田。
「この一年は席替えを行わないので、そのつもりで」
(楽しそうだし、もっとやればいいのに……)
と、生徒たちの心の声が教室にこだまする。
生徒の顔を順に見渡した国府田の視線が、ある生徒に注がれた。
「彩音!」
そう呼ばれると、みことは慌ててリンの方へ振り向いた。
(え? ……何かしたのかしら?
わたくしが側にいて差し上げられなかったから……)
お嬢様から、なんちゃって姉仕様に急変身。
リンは国府田の張りのある通った声に反応するも、
至って冷静に返事をした。
「ん? なんじゃ?」
「貴様の背丈では、こちらとのコミュニケーションに支障をきたし、
ディスプレイも見えないだろう。鈴木太郎! 席を変われ!」
「はぁー? えッ!? えぇ!」
動揺する鈴木君に、国府田は鋭い視線を向ける。
「五秒待ってやる。さっさと後ろに行け」
(理不尽! これが! 理不尽というやつか!
お、俺の最高の学園生活が……く、崩れていく……)
鈴木君は涙目になりながら慌てて席を立ち、後方へと移動する。
「彩音! お前は最前列に来い! 葵生の隣だ!
それと、その訳のわからん言葉遣いはやめろ!」
「う……うむ、わかった……の、じゃ……」
圧倒的な存在感を放っている者から受ける上意下達――
リンは生まれて初めての経験であったため、
訳も分からず、おどおどしながら席を立つ。
みことは一瞬、何が起こったのか飲み込めていなかったが、
国府田が命令口調で、リンに対し何かを言い放ったことは理解できていた。
どこかおびえながらも、健気に席を移動し始めるリンの姿を見たみことは、
隠れていた“深淵”が……漏れ出てきた。
(お~のれ~国府田ぁ~!
貴様ごとき輩がわたくしの愛おしいリンに向かって、暴言を吐いただと――! )
みことは、後ろの机に自身のイスを『ガーン!』と激しくぶつけながら、
勢いよく立ち上がった。
一瞬にして緊張が走る教室内の空気――
生徒一同、変容したみことのただならぬ気配に動揺し始める。
「国府田マスター! お時間をいただいてもよろしいでしょうかッ!!!」
みことの迫力ある声が教室に鳴り響く。
ある生徒曰く、起立したみことの背後に蒼い炎のオーラが見えた……そうな。
国府田は全く意に介さずに、平然と応じた。
「……ほう、なんだ?何か言いたいことでもあるのか?
授業初日ということで少しくらいは聞いてやってもいいぞ。
……ひょっとして、彩音が隣では嫌なのか?」
(ッ!?……リンの……隣が、嫌ですって!?)
国府田のその言葉を聞いて、
自身の内なる何かが確実に変化して行くことに気がつく。
(……抑えろ、わたくし……いま、扉が……開きかけていきますわ……)
次の瞬間、内なる叫びが臨界点に達する。
みことの裏人格“ABYSS OF METAL”の解放!(※本人いわく、中二ネーム)
――この時のみことは、激情の奥に潜む怒りと冷静さを“言葉の刃”へと転化し、
異様な領域に突入していた。
ある生徒曰く、蒼い炎だけではなく、邪龍の幻影も現れた! ……そうな。
「国府田マスター! 彩音さんの口調を注意なさるのであれば、
マスターご自身の生徒を蔑むようなその命令口調も、
慎んでいただけないでしょうか!」
生徒一同……青ざめる。
(ヤベー……葵生みこと、怒らすとヤベー……)ざわざわ……
「ふんっ! 笑止!このマスターと一生徒の貴様が、同等に向き合えるとでも?」
みことの異様さには気づいているはずだが、冷静に対処し、
一顧だにせず平然と反論する国府田。
「いいえ、違いますわ! この城蘭学園の誇りある生徒の一員として、
マスターとともに、さらなる高みを目指していく過程において、
上だ下だなどという下卑た感情など、些末な事ではありませんこと?」
猛然と立ち向かうみことの姿をみて、
その場にいる全員が、心の中で静かに白旗を揚げた。
国府田は動じる様子など微塵も見せず、
むしろ興味深そうにみことの様子を眺める。
「……ふ~ん」
(こいつが“例のもう一人”か……少しは歯ごたえがありそうだが……)
「貴様は今日から学級委員長だ。
その減らず口、どこまで本物か見極めてやる」
ニヤリとする国府田。
みことにとってその返答は想定外であり、はっと我に返る。
「が、学級委員長ですの!?」
しまった……と後悔するも遅い。
あまりの不意打ちに、漏れ出ていた深淵も一気に消え去っていった。
この状況で反論する術はなく、
己の未熟さを噛みしめながら受け入れるしかなかった。
「……承知いたしました。葵生みこと、学級委員長を務めさせていただきますわ」
(ぐっ~~し・く・じっ・た!
怒りにまかせるなんて……わたくしもまだまだですわ~)
冷静さを取り戻し、ふと目線を下げると、隣にはすでにリンがちょこんと座って、
みことを不思議がりながら見上げていた。
そのつぶらな瞳が視界に入ると、今にも抱きしめたくなる欲望が湧き上がるが、
何とか抑え込み、身悶えしてしまう。
……みことは色々と忙しい性格なのである。
「学級委員長! なに突っ立っている! はやく座れ!」
国府田の怒声に、みことは再び我に返り着席した。
楯突く生徒を軽くいなし、
何事もなかったかのように生徒全員の顔を眺め、愉悦の笑みを浮かべる国府田。
(……まっ、私にかかればこんなもの造作もないことだ。
“奴”には一つ貸しにしといてやる。さて、次のタスクは……)
しかしその目には、どこか不穏な気配が宿っていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
次回――「誠意の対価」
熱い展開が……
毎週、火・金曜日、19:00頃に投稿していきます。




