序章 第七話:マスター降臨
教室に入ると、すでに何人かの生徒たちが席についていた。
先ほどの騒動とは正反対の静まり返った空間で、
リンとみことも自分たちの席へ腰を下ろす。
生徒たちはまだ慣れていないのか、話し声は聞こえず緊張した空気が漂っていた。
ほどなくして、「カツカツカツ」とヒールの音が響き、
ガラリと教室の扉が開く。
入ってきたのは、身長が高めでスラリとしたシルエットの女性だった。
セミロングの黒髪をきっちりとまとめ、深いネイビーのスーツを着こなしている。
口元に薄い笑みを浮かべながらも、その目には一切の隙がなかった。
何やら小脇に抱えた大きめの箱を、無言のまま教卓の上に置く。
「初めまして……今日から一年A組の担任を務めることになった、
“国府田めぐる”だ。よろしく」
静かだが、よく通る声が教室の隅々まで響き渡り、空気がピリリと引き締まる。
「趣味はコーヒーと映画鑑賞。好きなものは秩序。嫌いなものは無断欠席。
それと……余計な詮索も嫌いだ」
一拍置いて国府田は教卓の前へ歩き出し、付け加えた。
「私のことは“国府田マスター”、もしくは“マスター”と呼ぶように。
以上。……はい、拍手」
一瞬、生徒たちの頭に『?』が浮かぶが、
ぎこちないながらもパラパラと拍手が起こる。
国府田は満足げに頷くと、教卓の上の箱をポンと叩いた。
「さて。早速だが、席替えをする」
「……え?」
「今?」
生徒たちはざわつき始め、動揺が走る。
「今は五十音順の仮席だ。こういうことは早いうちに済ませておく。
……それに、これは私の趣味でもある!」
生徒たちの心の声が重なる――
(さっき言ってた趣味に入ってなかったよな……?)
国府田は箱の中から一冊の生徒手帳をひょいと取り出し、薄い笑みを浮かべる。
「この中には、諸君らの生徒手帳が入っている。
一人ずつ引いていくので、廊下側の前の席から後ろに向けて順番に決まるというわけだ。
完全ランダム。公平だろう?」ニヤリ……
「え? な、なんて超アナログな……」
「なんちゅう非効率……」
「決めてきてないのかよ」
生徒たちがドン引きする空気の中、国府田が鋭い声を張り上げる。
「三秒以内に口を閉じろッ!! 一! 二!」
一喝された生徒たちの雑音はピタリと静まり、教室内の空気が凍り付いた。
「先ほど“好きなものは秩序”……そう言ったばかりのはずだが?
諸君! なぜ、このような非効率なことをするのかわかるか?」
国府田は仁王立ちのまま腕を組み、目を閉じて語り始める。
「全ての業界において、“効率化”“高速化”“柔軟な修正能力”が求められる。
過去の技術や習慣に囚われていたら、途端に取り残されていく。
だがしかしッ! 自らの運命を切り開くのは、“そうした能力”だけか?」
国府田はそう言い放つと、つかさず最前列の生徒の机を両手でバーンと叩く。
「否! 研鑽を極めた魂こそが、己の運命を切り開いていくのだ!!」ドヤ!
教室に響く音と共に、生徒たちは思わず息を呑む。
だが、その心の中にはみな共通の疑問が残った。
(……これ、席決めの話だよな……?)
その時、みことが手を挙げて発言した。
「……あの〜仰っている意味がよくわかりませんが……
自らの運命を切り開く、というのであれば、
せめて自身の手で引かせていただきませんと……」
控えめに発言するみことに国府田は顔を赤らめ、
目を見開きながら鋭く指さし叫ぶ。
「おだまりッ!!!
世の中には“理不尽”という、自身の力では超えることができない“壁”があるのだ!」
なぜか急に哀愁を漂わせた国府田は、
遠い目をしながら教室の中央へ一歩ずつ進み始めた。
「そう……あれは私が未熟だった頃のこと。
男女4人でくじ引きをし、最後までハズレを引いて……イラッ。
何一つ命令できずに……イラッ。
挙句の果てに……お持ち帰りされていくのを見せつけられ!……イラッ!
強者であるはずの私が! この私が――ッ!!
なぜ一人、取り残されなければならんのだ~~ッ!!」
両手を広げ、天を仰ぎ、無常を叫ぶ国府田。
生徒たちはポカンと口を開けて見つめていた。
――つまりこれは、合コンで王様ゲームに負け続け、
お持ち帰りを目の当たりにし、
プライドを引き裂かれ、ショックを隠しきれない……
ある意味ピュアな三十五歳、婚期を気にする、ぎりアラサー教師の姿だった。
『拗らせている』――生徒たちは、皆気づいていた。
「オッホン! うだうだ言ってないでやるぞ!
諸君らの“運”を試してやる……フフッ」
なぜか嬉しそうに、抽選箱から一人ずつ生徒手帳を引いていく国府田であった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
いきなり席決め抽選会を始める、クセつよマスターの降臨――
これもまた、運命の出会い……。
毎週、火・金曜日、19:00頃に投稿していきます。




