序章 第五話:導かれるかほり
翌朝――初登校の興奮も冷めやらぬまま、
リンとみことはそれぞれの専用車で学園へと向かっていた。
既に両家に連絡が入っており、到着時間も合わせている。
みことは車を降りるその所作に至るまで、完璧なお嬢様だが、
リンを見た瞬間に、何かのスイッチが入ってしまう。
昨晩はその余韻で少し寝不足だったが、
人前ではその素振りを一切見せない――それがお嬢様の矜持だ。
「ごきげんよう!リン」
こんな至高な日々が続くのだろうと、噛みしめながら挨拶するみこと。
「おはようなのじゃ、みこと。今日もよろしく頼む」
リンは昨日と何も変わらず、淡々とした調子で応じると、
必殺の上目遣いを繰り出しながら、何も言わず、みことに向けて手を差し出す。
それは外出時、ばあやと当たり前のように手を繋いできたからなのだろう。
リンの中では、外に出る時には手を繋ぐことは“当たり前”として刻まれている。
既に“推しスイッチ”がONであるみことは、
一瞬にして顔を赤く染め、微かに震えながらも、その小さな手を握る。
(!?……な、何も言わず手を握れってかー!と…尊てぇ~っ!!!
これが毎朝続くだとっ!?ぐほッぉぉ……)
免疫がつくにはもう少し時間がかかりそうだ。
「それではいってらっしゃいませ」
ばあやと、みことの側仕えが、優雅にお辞儀しながら二人を送り出す。
――今日からは、全校生徒での通学になるので、
大勢の生徒が校舎へ向かっており、活気に満ちている。
その中で城蘭の制服こそ着ているが、
小学生と見間違うくらいの愛くるしい美少女と、
その隣に並ぶ気品あふれるお嬢様。
美少女姉妹のような二人が手を繋ぎ登校している姿は、
注目されないはずはなく、
街中でスターが発見された時の民衆リアクションが如く、
どよめきと歓声が上がった。
今後これが、城蘭学園の朝の通例行事になるだろう。
程なくして、みことが幸せを胸いっぱいにかみしめていると、
後ろから何やら騒がしい叫び声が近づいてきた。
「おらおらー! そこー! 道を開けろー! ぶち当たってもしらねぇーぞ!!」
「こーらー! 待てぇーっ! 今日こそは許さないんだからーッ!!」
校門からドタバタと駆けてくる二人の姿に、
周りの生徒は笑顔で声援を送っていた。
「おぉ、来た来た!」
「あいつらまたやってるよ~」
「はは!捕まんなよ~」 ガヤガヤ……
先頭を走るのは赤髪の女子らしき人物。
高身長でがっしりとした体格に、ボサボサの短髪、
ジャージパンツの上にスカートという奇抜な組み合わせからして、
女子なのだろう……。
その後を追うのは橙髪の女子。
セミロングのハーフアップで、スラリとした元気美人という印象。
明らかに上級生らしい二人が、リンとみことに迫ってくる。
「おらーッ! どけーッ!!」
「な、何ですの?……はっ!リンを守らなくては!!」
みことは咄嗟にリンを抱き寄せ、全身で庇う。
「おっ!?……ぉぉぉぉー……なんと!」
リンはされるがまま、みことの腕の中に納まる。
赤髪の女子が横を駆け抜けた直後、
橙髪の女子が追いつき、
こちらを心配したのか、一旦止まって声を掛けてきた。
「ごめんねー! 大丈夫だった?」
リンとみことの肩に手が触れたかと思うと、
「こんのーッ! 危ないでしょうがーッ!!
絶対にお灸を据えてやるんだからーッ!!」
と叫びながら、再び走り出して校内へ消えていった。
みことはリンを抱いたまま、遠ざかる二人の背を睨む。
(今度……ゼェゼェ……今度またリンに迫ってきてみなさい、
一発! ぶちかまして差し上げますわ!!!)
せっかくの幸せいっぱいで、夢見心地だったリンとの手つなぎ登校が、
一瞬で打ち砕かれたことにより、
みことの裏人格――本人いわく“ABYSS OF METAL”(※中二ネーム)が、
今にも顕現しかけた。
だが――
庇って抱きしめていた心地よくあたたかなリンの感触が、
その“深淵”を、かろうじて引き戻した。
(はッ!!!このやわらかくて赤ちゃん?のような、
無垢で甘~い香り……あぁ、いっそこのまま時が止まってしまえば……
い、いけませんわ!わたくしは誇り高き葵生家の娘……
取り乱すことなど許されませんッ!)
正気に戻ったみことはしゃがみ込み、リンに怪我がないか確認する。
「リン、お怪我はありませんでした?全く……何なんですの!」
みことの心配をよそに、リンはぼんやりと何かを感じ取るように空を見上げ、
目を瞑っていた……。
「……ここちよい……かほり……した」
「リン?大丈夫ですの……?」
その“言葉”と雰囲気に、みことは微かな違和感を覚える。
……遠き記憶は、やがて交わる刻を待つ。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
「この日の朝」、もう少しだけ覚えておいてくださいね。
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