第一章 第三話:ママは何でもお見通し?
どこの家庭でもよくある朝の光景。
神楽坂家の母、神楽坂心遥は、
いつもと変わらず、朝食とお弁当の支度をしている。
困ったことに圧力鍋の蓋が開かなくなってしまっていた。
数分、格闘するもビクともしない……。
「あら~……困ったわ~。どうしましょ~。
うん!そうね!ここはパパの出番ね!
朝稽古中だけど、ちょっと呼びに行っちゃおうかしら?」
キッチンから庭へ行こうとした時、
突然、威厳のある声が轟いた。
「一真一儘!!!」
聞き覚えのある声だが、今まで自宅では一度たりとも聞いたことのない“一喝”。
「……え?」
心遥は動揺を隠せず、足を止めて身震いしてしまう。
(パ……パパが!パパが怒った!?落ち着いて……落ち着くのよ……。
あ~ん……きっと燈だわ!燈がお寝坊したのね~。
そうよ!そうに決まってるわ!でもパパも怒りすぎなんだから!
燈!待ってて、ママがパパに“めッ”してあげるんだから!)
自身にあらぬ自己暗示をかけた心遥は、
ふたたびキッチンに戻り、定宗の気を燈から逸らすために、大声で叫んだ!
「きゃ~!!!!パパー!!助けてー!!!」
そして、すぐさまキッチンの隅にしゃがみ込んだ。
(ふふッ……燈を叱ったバツなんだから、そんな怒っちゃダメなんだからね♪)
すぐに定宗がキッチンに駆け寄ってきた。
「心遥!大丈夫か!……何があった?」
心遥は不気味な笑みを浮かべながら立ち上がり、椅子を指さし、座るよう促す。
「ふふッ……ふふふ~ん!パパぁ?そこへ、なおりなさい」
心遥の悪癖とも言える行動を察知した定宗は、ただちに状況を見切った。
「まったく……お前というやつは……だがすまん、少々驚かせたみたいだな。
あぁ~燈は悪くないぞ。心配することは何もない。
少々、“気の迷い”を感じてな。
一喝して、祓ってやったまでのことだ」
心遥は、仁王立ち&ジト目で、定宗を詰める体勢を取っていたが、
その言葉を聞いて首をかしげる。
「あらぁ……ん~?燈のお寝坊さんで怒ったんじゃないの?」
深くため息をつく定宗。
「はぁ~……あくまで指導でのことだ。
最近、燈の“太刀筋”に迷いが出てきていてな。
何かあったんだろうが、捨ておくわけにもいかんのでな」
心遥はキョトンとした顔をして聞いていたが、
やっと腑に落ちたような表情を浮かべた。
「あらあら~ママったら勘違いしちゃった♡
も~パパがいきなりあんな声を出すから~。
ふふッ……でも何か思い出しちゃった。
あんな大声で叫んだのを聞いたのは、付き合って間もなかった頃かしら~
ママを助けてくれた時だったわよねぇ~」
体をくねくねさせ、のろけ話に突入しそうになった時、
着替え終わった三人がリビングに入ってきた。
「母ちゃん~腹減った~」
「ちょっと定宸!ちゃんと手を洗ったの?お姉ちゃんも!」
「母さ~ん!お腹ペコペコだよ~」
……やはり一番しっかりしているのは詩織だ。
「はいはい、今準備してるから、ちょっと待ってね」
心遥は話を切り上げ、食事をテーブルに置いていくが、
何か忘れていたことに気づく。
「あら!いッけな~い!そういえば圧力鍋の蓋が開かないから、
パパに開けてもらおうとしてたのよ~」
心遥が圧力鍋を定宗に渡そうとしたところ、定宸が割って入った。
「なになに~これ開けんの?俺にやらせて!」
そう言うと、圧力鍋を抱え込み、力ずくで開けようと試みる。
「ダメだ~全然開かねぇじゃん、これ!」
「ふッふ~ん!あまいぞ少年よ!お姉さまにまかせなさい!」
今度は燈が挑戦し始める。
「あッちゃ~ダメだこれ、ビクともしないんですけど。
もしかして母さん!この中に入ってるの、朝食のおかずじゃないでしょうね?」
「ピンポ~ン♪この中には~ママ特製の肉じゃがが入ってま~す!
だ・か・ら~頑張ってあけてね!」
心遥はニッコニコである……なぜだ?
「姉ちゃんなんだよ~」
「しょうがないじゃない!」
定宸と燈、“幼い”二人がガヤっているのに対して、
さすがの詩織は傍観ティータイム。
「どれ、貸してみなさい」
今度は定宗が挑戦し始める。
「……ふむ、こうか?」……キュッ!
いとも簡単に開けてのけた。
「うわ~父ちゃんすげー!さすが姉ちゃんとは違うな!早く飯にしようよ」
「な、何よ~……何かすごい敗北感が……」
定宗は、圧力鍋をテーブルの中央に置き、蓋を回し取り外した。
「おや?」
みんなで中をのぞき込む……
燈、定宸「――え~ッ!」
中身は空っぽだった。
心遥は首をかしげる。
「あら~空っぽ?……ん?」
「か、母ちゃん!なんも入ってないじゃん!め、飯はどうすんのさー!」
「ちょッ!母さん!どういうことよー!」
相変わらず、幼い二人のガヤ。
詩織は、まだまだ傍観ティータイム中。
心遥は両手をパチンと叩き、思い出した。
「そうだ~昨日の夜、タッパに移して冷蔵庫に入れたんだったわ~
今出すから、ちょっと待っててね~♪」
「はッはッはッ!心遥らしい!ちゃんと準備はしていたんだな。
“お母さん”……いつもありがとう」
いきなり定宗からの“感謝”の告白!
――その一瞬、三きょうだいの時が止まった。
心遥は顔を真っ赤にして、体をくねらせる。
「きゃ~!いきなりパパからの“愛”の告白だなんて~♡
もう……子供たちの前なのよ~……めッ、なんだから♪」
「そこッ!デレないッ!!!」
ティータイム中の詩織が勢いよく立ち上がり、
血相を変えて母への激しいツッコミ!
「あーはいはい、お熱いのはもういいから、定宸!お皿に盛るの手伝うわよー」
燈は呆れた表情で、腰を上げる。
「え~何で俺もやんだよ~」
定宸も渋りながら、朝食の支度を手伝うのであった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
次回――「やっぱりママはお見通し?」
お、お見通し?かぁ……。
毎週、火・金曜日の19時に投稿していきます。




