第一章 第二話:未熟なり
「おはよう、揃ってるな」
父は縁側に胡座をかき、三人を見据える。
空気がピンと張り詰め、庭に朝の冷気が漂う。
「それでは、朝稽古を始める。睦の型から!――始め!」
「はいッ!!!」
三人はさっきまでの“きょうだい”がじゃれ合う空気から一転、
それぞれが鋭い目つきに変わり、一心に居合刀を振るっていった。
父は鋭い眼光で“弟子たち”の修行を見据える。
(……定宸は、まだまだ体が出来ていない。
小学5年生にしては刀を扱えている方だが……今は体幹を鍛える時期だ。
……詩織は、努力の才そのもの。
燈に憧れ、良い刺激を受けている。
彼女にとって、今の環境が今後の糧となり、
どんな困難も切り抜けていけるようになるだろう。
……そして……燈。思ったより“遅かった”な……。)
定宗は、ただ三人の動きを見つめ続け、稽古は続いた。
――約一時間の稽古の後、父が静かに告げる。
「やめッ!!!」
父が終了を告げ、三人は居合刀を鞘に納め、正座し、父に向かって一礼。
「ありがとうございました!!!」
静まり返った庭に、朝陽が差し込んでいた。
呼気はまだ少しだけ白く、肌寒い空気の中で三人の汗がうっすらと光る。
父のまなざしは、どこか静かな怒気と緊張を帯びていた。
「うむ……燈」
「えッ?……」
――少々意外だった。
いつもは妹や弟への指導か、「早く朝飯を済ませるように」と言うところを、
自分に話すことがあるというのは、ここ数年、記憶にないことだ。
何か言うことがあれば、稽古と朝食が終わった後、
裏で内密に話してくれていた。
燈は“神楽坂一真流”の師範代である。
年長者だからではなく、
純粋に剣技が優れているからだが、
下の二人に変な誤解や、心配を掛けさせない、
という父なりの配慮があった。
当然、燈は父のそのような機微を感じていた。
少々戸惑いながら、返事をする燈。
「!?…、な、何?何か間違ってた?」
父は閉じた眼を開け、鋭い視線を燈に当てる。
「“太刀筋”に迷いがある。何かあったか?」
(やッば~いッ!……、見透かされたー!)
かなり動揺してしまい、取り繕おうとする燈。
脇にいた二人は、父が燈に対し、
めずらしく“居合術”に関して指摘したことに、
不安を隠せず、姉の顔を見つめる。
「姉ちゃん……」
「お姉ちゃん、大丈夫?」
顔が引きつり、目が泳ぐ、燈。
「な、なな何で?そ、そう見えるかなー……」
……基本、ウソをつけません。
父は少々あきれ顔になり、
娘、いや弟子に“喝”を入れるため、声を張る。
「一真一儘!!!」
その一喝は、朝の澄んだ空気を震えさせ、
圧倒的な気迫が三人に襲いかかった。
詩織と定宸には少々刺激が強く、
同年代の子どもであれば、
泣いていたであろうほどの圧であったが、
二人は何とか堪えて見せた。
一方、燈は一瞬「はッ!」とし、取り繕ったこともそうだが、
“邪念”を排さずに刀を振るったことを悔いる。
「……まったく、お前はすぐ顔に出る。
その動揺が、己の“太刀筋”に表れていることに気づかないとは――未熟なり」
“師”としての言葉が胸に突き刺さる……。
あまりに的を射った言葉に、苦笑いしかできない燈。
父はじっと眼を向け、
「何かあったのなら話せ。
話せないのなら、話せるまで稽古禁止だ」
父の厳格さは身に染みて理解している。
よりによって師範代たる自身の“太刀筋”が、
指摘を受けるとは考えもしなかった。
今すぐにでも話したいと思っている……最近の夢のことを。
しかし、空を掴むような感覚で、
具体的に話せる状態にないことも自身で感じていた。
(夢……? でも、あれは“ただの夢”じゃなかった気がする。
“知らない型”が、体に絡まって染みついてくるような感覚。
だけど……言葉でうまく表現できないよ……)
すでに詩織と定宸の二人は“ワナワナ”“ウルウル”と、
今にも泣きそうな表情でこちらを見ている。
父が下の二人を前に、この場で指摘したことには意味がある。
燈は師範代になるまでの間に、
いわゆる“スランプ”というものになったことがない。
もしかしたら、初めて味わうかもしれない“壁”。
そして、それは将来必ず、詩織や定宸にも等しく訪れる。
燈は、先に生まれた者の責務として、
下の二人は、待ち受ける“壁”がどういうものなのかを把握させるため。
定宗は、親として、師匠として、すべてを見届け、導く覚悟でいた。
「えッ……と~、あの……」
燈が言いにくそうに切り出そうとしたその時、
いきなり台所の方から叫び声が聞こえた。
「きゃ~!!!!パパー!!助けてー!!!」
定宗は焦ったように立ち上がり、
「朝の稽古はこれまで!早く朝飯をすませよ!」
と、言い残すと一目散に家の中へ駆けていった。
普段は泰然と威厳が満ちている父が、目を見開いて慌てている。
それは稽古場の“師”ではなく、“父”の顔に戻っていた。
燈は正座を解いて、詩織と定宸に謝る。
「しお、てい、何かごめんね、ちょっと考え事してたみたい。
ちゃんと立て直すから心配しないで!」
「ったく~これだから姉ちゃんは~(グスン……)、
しお姉!腹減ったから早く朝ごはん食べようぜ!」
「(うるっ)………、ほら!お姉ちゃんも行くよ!」
二人にとって燈は、剣術の目標であり、大好きな姉であった。
燈はそんな二人を温かい目で見つめ、
「しお!てい!……サンキュー! さぁ~朝ごはん食べるわよ~!」
二人にサムズアップしながら、
気を利かせた二人を差し置き、一目散にリビングへ向かう燈であった。
「ちょッ!燈姉ー!なんだよ!」
「お姉ちゃん……ときたら……ちゃんと着替えてからにしなさい!!
もう、絶対にアイスだけじゃ許さないんだからね!」
神楽坂家の朝は、いつも笑顔に満ちたドタバタである。
厳しさも、涙も、時に怒鳴り声もあるけれど――
それでも、ここには“家族”がある。
そんな一日が、今日もまた始まる。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
次回――「ママは何でもお見通し?」
……ある意味、燈より光り輝いてる?
毎週、火・金曜日の19時に投稿していきます。




