序章 第十話:邂逅を告げる視線
――話は学園に戻り、教室内。
「さて。では次に、授業について簡単に説明しておく」
国府田マスターが大型ディスプレイの前に立ち、
ポインターを手に淡々と説明を始める。
「私はMSM (マルチスキルマスター)の称号保持者だ」
※教職員のマスター制度の最上位。
シングルスキル(一教科)、ダブルスキル(二教科)と段階が上がり、
MSMは全教科に加え、
カリキュラムコンシェルジュや各実技コンサルタント等に求められる
指導員スキルまで有する国家資格取得者である。
現在、その称号は全国で五名しかおらず、
いかに優秀かつ有能であるか計り知れない。
「効率重視のこの学園には、一教科の専任はいない。
教師、コーチ、インストラクター、全て私がこなす。
そのつもりでいるように」
みことは、どれほどの存在に楯突いてしまったのか、
今になってはっきりと理解し、震える。
(ま、参りましたわ……噂で聞いたことはありましたが、
まさか担任になるなんて……)ガクブル……
「さて諸君、ここからが肝心な話だ」
教室の空気がぴりりと張り詰める。
「量子コンピューターが時代遅れとなりすでに三年。
新時代の中枢を担うのは――
高粒子集束演算中枢:
『Tachyon Burst Core:(タキオン・バースト・コア:通称TBC)』
TBCの恩恵を受け進化したASI『極叡智核体』
それらの情報を伝達する専用ネットワークシステム
『Synapse Photon Link:(シナプス・フォトン・リンク)』」
大型ディスプレイに大きな三角形が映し出される。
「これら三つの構成要素が組み合わさり、
“特異点次元三角構造”
“SDT” 『Singularity Dimension Triangle』
シンギュラリティー・ディメンション・トライアングル
と総称され、新たな高次元の社会基盤が形成される」
国府田の迫力ある声に、生徒たちは思わず息を呑む。
「社会システムはSDTの導入により、
世界はかつてない“即応性”“調整力”“予知力”を手に入れ、
迷わず・争わず・立ち止まることがなくなった。
そしてそれは、さらに加速し続けていくであろう。
それを踏まえ、今年度より学園から貴様たちに渡すものがある」
大型ディスプレイの画像が切り替わり、
小型端末のようなものが映し出される。
「現物は来週早々届く予定だ。
SDTとの完全リンク機能とバックアップを備える次世代携帯アクセサー(※)
その中でも、研究機関用に設計・開発された特別機種――
SDT第二世代『XXCIA』(ゼクシア)」
※説明しよう――
かつて人々は、「スマホ」なる携帯端末を、OSとアプリで操作していた。
だが時代は変わり――
OSも、アプリも、いらない。
ただ、AIに“アクセス”するだけ。
その結果――「スマホ」は「アクセサー(※造語。語源は“access”)」
略して『アクセ』と呼ばれるようになったのである。
「この機種は一般販売はされず、“ある特定の政府機関”にのみ配布される代物だ。
――喜べ!私の権限で、この“未来”そのものを貴様たちにだけ貸し出してやる」
生徒一同「おぉぉぉ……」パチパチ……
「マスター!」生徒の一人が手を上げる。
「発言を許す」
「今使ってる“アクセ”はどうしたらいいんですか?」
「併用してかまわない。……というより、諸君らの“アクセ”は既に旧世代になる。
『XXCIA』を使い始めたら、自然とこちらだけになると思うがな。
授業や個人修練はこちらを率先して使用していくように。
情報処理、戦術・戦略の予測演算等、これ以上なく持って来いなのでな。
貸出条件として、校外への持ち出しは基本的に不可、期間は一年間だ。
よって! 全員、月内にある程度の機能をマスターし、
個人別で経過報告をあげてもらう!」
口元に不敵な笑みを浮かべ、国府田は言い放つ。
「フフッ……貴様たちは、最新特殊機を無料で使用できるモルモットだ」ニヤリ
生徒一同の顔が引きつる……。
――この後も国府田マスターによる授業に関する詳細事項の説明が続き、
やがて一通りの授業が終わった。
「午後からは、各部活や個人修練のオリエンテーションに入る。
先輩たちが手ぐすね引いて待っているから楽しみにしておけ。
……それでは、学級委員長」
「起立……礼!」
みことの声が教室に響く。これが彼女の初仕事だった。
「ふぅ……結構盛りだくさんでしたわね。リンは午後からどうなさいますの?」
「うむ……行きたい所があるのじゃ…………はッ!!!」
リンはみことに顔を向けた瞬間、窓の外の何かに気づき驚いた表情を見せた。
(?……え、何ですの?その驚いた表情は?
な、なんて愛らしい……ん?外に何か……)
みことはリンの視線の先を追って窓の外を見た。
春の日差しの中、ひっそりと佇む“猫”が一匹、じっとこちらを見つめていた。
「黒猫?」
(あら可愛らしい、迷って入り込んでしまったのかしら?)
透き通ったエメラルドグリーンの瞳が、
まるで全てを見抜くかのように輝いている。
その瞳はただの猫とは思えぬ、何かを見透かすような深さがあった。
「あわわわわ……わ〜〜ッ!」
みことが黒猫に目を奪われている後ろで、
リンは慌てたように突然立ち上がり、
奇声を上げたと思いきや、両手で追い払おうとする仕草をしだした。
「リン!? ……はっ! もしや猫が苦手なのでして?
ここはわたくしに任せなさい!」
思いがけぬ奇声に振り返ったみことは、とっさに状況を把握する。
リンの敵は己の敵!……と言わんばかりに勢いよく窓を開け、
半身を捩じり出し、黒猫を手で追い払おうとした。
「み、みこと! ち、違うのじゃ〜」
リンはみことの制服を引っ張り、止めるよう促した。
「え? ……苦手ではありませんの? でしたら……
しかし、何ですのこの黒猫、き、気のせいかしら……
なにかこちらを挑発してませんこと?」
黒猫は全く動じる様子もなく、横目でこちらを眺めながら優雅に毛繕いし始めた。
「随分と肚の座った黒猫ですこと……。
で? リンは行きたい所があると仰っていましたけれど」
みことが振り返ると、リンは瞳の焦点が定まらず……
ぼーっとして意識をなくしたかのように佇んでいる。
「………」
「はっ!!! リン! リン!」
みことはリンの両肩を激しく揺さぶる。
「い、痛いのじゃ、みこと……大丈夫なのじゃ」
リンの意識が戻り、安堵するみこと。
「も、もうもう! 心配しましたわ! 大丈夫ですの?
体調が優れないのであれば、保健室に行きませんと」
(こ、これは! わたくしがリンをお姫様抱っこして……)
……みことは妄想にも長けている。
「大丈夫、何でもないのじゃ。それより……ん?」
リンが窓の外を気にすると、先ほどまでの黒猫の姿はなく、
どこかへ行ってしまったようだった。
どことなくリンが安堵している様子を、みことは見逃さない。
「あら? どこかに行ってしまいましたわね。
それで、行きたい所とはどちらになりますの?」
「……かるた部、じゃ」
リンのその一言に、今まで感じたことのない“強い意志”をみことは察知した。
自身とリンの運命を大きく変えていく――そんな予感めいたものを感じた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
次回――「微笑と違和感のランチタイム」
序章も終盤に近いですが、
リンとみことのお話はもう少し続きます。
毎週、火・金曜日、19:00頃に投稿していきます。




